ロミと妖精たちの物語3 第1章「砂漠の海の戦い」③(スフィンクス) | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

 

地上は今まさに太陽が沈もうとし、夕陽の残光はオレと聖少女の姿を、まだ熱気に包まれている紅い砂漠に二つの長い影として描いていた。その影の遥か向こうの地平線に夜の帳が広がろうとしている。

 
聖少女?どうしてこの娘が聖少女なのだ。
 
オレは今日初めてこの娘に出会った。
 
なのになぜ、聖少女という言葉が浮かんだのだろう。この娘は確かに美しい、決してミケランジェロの彫刻のような、八頭身の均整のとれた美術的な容姿ではないが、大きく澄み切った瞳、幼なづくりの小さな顔には妙に成熟したようなふっくらとした唇、そして完璧といってもいいようなかたち良い両の耳。
 
無駄の無い強靭そうな筋肉が包む肩から腕、しっかりと大地を踏みしめるその足腰は、まるで芸術の神がこしらえたような曲線を描き、なんとも言えぬ美しさを見せている。
 
――おい待てよ、どうかしている、小娘相手にオレは何を考えているのだ。
 
「どこへ行くの」
聖少女は、まっすぐオレを見て言った。
 
しかし、その透き通るように美しい瞳に見つめられると、何故か緊張してしまい、なかなか言葉が出てこない。琥珀色に澄み切ったその瞳は、まるでそのまま宇宙の深淵にまで続いているような、何もかも見透かされているような気がして、オレは思わず目をそらした。
 
「ねえ痛いわ、手を放してちょうだい」
オレはハッとして我に返り、その柔らかな手を放した。
 
「失礼、ちょっと慌てていたもので」
視線を合わせないように、彼女の抱えている随分着古したような皮のジャケットを見ながらオレは言った。彼女は大事そうに両手でそれを抱えなおした。
 
「ああこれね、大切な人の預かり物なの」
彼女はジャケットをそっと抱きしめながら言った。
 
「とにかく、行かなくてはいけないのね」
再びそのジャケットを羽おると、砂漠の遥か遠方を見つめた。
 
夕日は落ち、次第に夜の帳は地平線から上空に拡がり、歩を進めるごとに闇は深くなってゆく。空は果てしない宇宙空間となり、我々の、いや聖少女の頭上に無数の星々が輝きだした。北極星からアンドロメダ、琴座、はくちょう座を経て遥か南西の地平まで、幾千の恒星たちが天の川となって、聖少女の進むべき道を指し示している。
 
上空に月は無く、深い闇の中を頭上の天の川だけを頼りに、黙って我々は進んだ。聞こえるのは二人の足音だけ、踏みしめた砂が、鳴き砂のようにキュッキュッと乾いた音をたて、そのまま静まり返った砂漠に吸い込まれてゆく。
 
「まって、何か近づいてくるわ」
 
オレは足を止め、注意深く周囲を見渡した。
「何も見えないし、何も聞こえないよ」
 
聖少女はオレの言葉を無視して、両手を握りしめ遥か前方の闇を見続けてた。
やがて何か得体の知れない不気味な気配が、こちらに向かって来るのがオレにも感じることができた。オレは剣を抜き、聖少女を庇うようにして身構えた。
 
その気配は次第に速度を増してこちらに近づいてくる、四本の足で軽快に飛びはねる姿が夜目にもはっきりと映り、やがてそれは現実のものとなって我々の前に現れた。
 
それは途方もなく大きな生き物、いや、人間の顔を持つ巨大なライオンだった。
闇の中で爛々と光る二つの目が睨みつけ、砂漠中に響き渡るような声が、まるで雷鳴のように我々の頭上に轟いた。
 
『汝ら、この砂漠が我スフィンクスの領地と知っての通行か!』
 
オレは聖少女をかばい、腰を落として剣を構えた。
しかし聖少女は怯むこともなく、巨大な怪物に向かって堂々と応えた。
 
「私はカシオペア女王の末裔、ロミ・アンドロメダである」
視線は巨人を真っすぐ捉え、怜悧な光線を放っている。
 
心なしか背が高くなり、顔も大人の、まるで本物の女王の威厳を備えている。
「これを見よ、わが祖先ペルセウスが捕えしメデューサの首なるぞ」
 
女王はオレのズタ袋を奪うと、巨人に向かって高々と差し出した。
「石に帰られたく無くば、早々に立ち去るがよい」
 
ズタ袋はまるで、ほんとうにメデューサの首(髪の毛が生きた蛇の怪物)が入っているかのように、ゴソゴソと蠢いている。差し出されたズタ袋とアンドロメダの眼光線に怯んだスフィンクスは、おろおろとして周囲を窺い、見る見るうちに小さく縮み、やがてライオン程の大きさになり、そのまま砂の上に屈みこんでしまった。
 
 
 
 
 
 
今や正真正銘のロミ・アンドロメダ女王は、人間の顔を持つライオン(スフィンクス)に近づき、その美しい指先でスフィンクスの頭を優しく撫でた。
 
そしてロミの微笑みに包まれると、スフィンクスは子猫のように仰向けになり、女王の愛撫に身をまかせた。いわゆるゴロニャン状態にされ、悦びの余り小さな雄たけびを上げた。そして起き上がると、女王に非礼を詫びた。
 
『いやはや、ロミ様とは知らず大変失礼いたしました、どうかお許しください。ここはわたしの支配している砂漠です。面倒なことが起こりましたら、何時でもこの笛をお鳴らしください。一族のものが砂漠の精霊が、きっとロミ様をお助けいたします』
そう言って銀の横笛を差し出すと、尾を振りながらゆっくりと、闇の中へ消えていった。
 
砂漠はもとの森閑とした闇に戻った。
 
そしてスフィンクスを見送った女王の後ろ姿を、天の川の放つ無数の輝きに浮き上がる、ロミ・アンドロメダの姿をオレは見つめた。
 
なんと威厳に満ちた、堂々とした女王の姿か、眩しいほどの美しさ。オレは剣を納めひざまずき、その神々しい姿を憧憬の眼差しで見上げた。
 
地上の闇を薄く溶かすように、天上を覆い尽くす銀河の流れはさらに光り輝き、女王アンドロメダの姿を薄闇の中に浮かび上がらせた。
 
そして、ゆっくりと振り向いた女王に向かって、オレは静かに頭を垂れた。
 
「ねえ、なんだかとっても疲れたわ」
えっ、オレはびっくりして顔を上げた。
 
見るとそこにはもう女王の姿は無く、元の愛すべき聖少女ロミが立っていた。
「ねえ、あなた、前にどこかで会ったかしら」
 
古ぼけた皮のジャケットを着て、ポニーテールに結んだ柔らかな髪、素足に皮のサンダルを履いて、夜目にも透き通った瞳がオレをじっと見ていた。
 
ニッと笑ったふっくらとした唇の間から、白い前歯が2本ちょっと前に出ているのは、その美しさが冷たくならないようにという神の配慮か。
 
オレは曖昧に揺れ動く心を悟られぬように、ゆっくりと立ち上がった。
「ロミ様、次のオアシスまでもう少しです、さあ参りましょう」
 
オレは平静を装って聖少女の前に立ち、砂漠に広がる闇に向かって歩を進めた。この1日に起こった出来事と、自分の中に芽生えた思いの気恥かしさに照れながら、天空に広がる光の河を仰ぎ見ながら。
 
――オレはここで、いったい何をしようとしているのだろうか
――そもそもオレは誰だ?
 
 
次項につづく