ロミと妖精たちの物語289 Ⅴー87 生と死の狭間に⑨ | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

標高1,500メートルの八ヶ岳高原、2032年のハロウインの夜、頭上には満天の星空が広がり、この惑星に引き寄せられた小さな天体が流れ星となって、頭上の天河を切り裂くように幾筋もの青い光が線を描いてゆく。

 

だがそれもつかの間の幻、見る者の願いを、或いはその思いを唱える暇(いとま)も与えず、それは星座の途切れた深い闇の中に消えて行く。

 

見上げていたケージローは、マリアに手を握られていることに気が付いた。

 

そして自分を見上げている彼女の青い瞳にも、更に二人とも、同じデザインの青と白の色違いのトーガを身に着けていることにも気が付いて、彼は首を傾げて戸惑いながら我に返った。

 

「マリア、僕らは何をしているのだろう」

 

マリアはエンパシー・パワーを心のイド(奥底)にしまい込み、彼が自分に向き合ってくれるのを待っていた。握った手を離すことも無く、白い頬は紅く染まり、唇は固く結んだまま、彼女はケージローの顔を見上げていた。

 

ケージローはこれまでの記憶、自分の記憶が所々で曖昧になることを気にしていたが、あの日ベルリンでメグミに出会ってから、そして聖少女マリアのか細い身体を抱きあげたあの瞬間から、自分の中にもう一人の存在、或いは離れた意識が内にいるのを感じていた。

 

いつも明るく前向きに生きて行こうとする自分と、心の奥底に秘めた欲望と、人間は表と裏があり、自分もそれに負けてしまいそうなときもある。

 

だが、それがどういうことなのかを突き詰めることはしなかった、医学の道に進む留学生として異性に対する感情を抑えなければと、無意識のうちに自分に言い聞かせていたのだ。

 

 

マリアは身体を子犬のように震わせている、だがザ・ワンのトーガを着ている二人に高原の寒気も及ぶはずもなく、今は聖少女ではなくひとりの成人女性として彼を見つめている。

 

彼女は女と男の関係を進めることに緊張し、或いは不安に怯えて震えているのだろうか。

 

満天の星明かりに輝くマリアのブロンドの髪が風に揺らめく。

 

彼は自分が二重の人間でもあるように、マリアとメグミは二人でありながら一人なのではないかと疑念を抱いていた。

 

二年以上姿を現さない超人的な能力を持つメグミ、そのことをマリアに訊ねることもなく今を迎えてしまい、彼は黙って自分を見つめているマリアの中にもメグミの幻影を見ていた。

 

少し離れた場所で見守っていた巫女少女ミドリは、自分自身も緊張していることを深く感じながらも、初心な二人の様子に微笑みながら自分がそこに火をつけようと画策し、巫女少女は小鬼に変身した。

 

トーガの中で、そっと乳房の間から勾玉を取り出して二人に近づくと、勾玉に口づけをして、神州信濃の神々に祈りを捧げながら、彼の首筋にその秘宝をそっと当てがった。

 

いつの間にか夜霧が立ち込めて星空は見えなくなり、父が貸し切りにしていたホテル別館への遊歩道の灯りが誘うように三人を導いた。

 

貴賓室に入り、ミドリは二人の身体を浄め、ロウソクの灯りに包まれた寝台へと導いた。

 

彼の目の前には豊満な肉体のメグミが無防備にその裸身を開いている、だがそれは、彼の中に隠れているもう一つの意識の欲望に過ぎないと思い、彼はその存在を確かめようと目を閉じると、自分自身の本能の在りかとマリアの本当の姿を探し求めた。

 

するとメグミは彼の中からもう一人の彼を探り出し、その男の手を取って寝台を離れた。

 

幻影の男女が消えると、そこに残されたマリアの青い瞳を見つめた、するとまた今度は小鬼の少女が現れて、マリアの手を掴み、彼女を何処かへ連れて行こうと誘(いざな)い始める。

 

マリアは寝台を離れ、遠い何処かへ行ってしまうのだろうか。

 

――待ってマリア、行かないで欲しい。

 

小鬼に手を引かれたマリアは彼の声に振り返る、別れの悲しみに涙を浮かべながら。

か細い裸身は、そこで捻じれるようにして留まり、もう一方の手を彼の方に差し向けた。

 

その瞬間を逃さず、彼は精いっぱいに身を伸ばし、腕を伸ばしてマリアの手を掴んだ。

すると小鬼はニヤリとしてマリアの手を離し、メグミが消えた空間に腕と脚を差し入れた。

 

残されたのはマリアとケージロー、この世で一番大切な人を見つけ出し、彼女はこれまでの緊張を解くことができ、彼に向けてあらためて愛と癒しの、全てのエンパシーを開放した。

 

グランデンブルグ門の前でマリアを救出し、彼女が快復するまで治療診断したことを。

 

そして、もう一人の自分がマリアの祈りのもとに、メグミと共にTSウイルスと戦った日々を。

 

全てが走馬灯のように甦り、今あらためて、互いを求め合い、愛し合うことが出来るのだ。

 

二人は、思念の内に互いの全てを理解し合い、身も心も一つに重なり呼吸を合わせ、愛の小舟を流れ星のように漕ぎだして、宏大無辺の宇宙空間へと乗り出し二人は飛翔した。

 

 

 


でもそれはただ一度だけの契り、聖少女マリアの永遠の愛の契りのため。

 

 

次項Ⅴ-88に続く