ロミと妖精たちの物語234 Ⅴ-32 死と乙女㉒ | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

部屋の中は暗闇となったものの、ロミは心眼を使い、周囲の様子はよく見えていた。

 

灰色のモノトーンの陰影が、部屋に置かれた物の配置と、人の姿を映し出している。マリアはドラゴンボウルを胸の中に閉じてしまったため、目は見えていないようだが、エンパシーを使って周りの気配を感じ取っている。マドレーヌも妖精の姿に戻り、気配で周囲を窺っている。

 

完全な闇の中で、いつの間にかシモーヌ伯母さんの気配が消えていた。

 

すると、フィニアンの椅子に置かれていた一寸法師のケージ人形が、しゃきりと起き上がった。そして立ち上がると、音もたてずに飛び上がり、正面の壁に掛けられたロミと家族の写真に向かって飛翔した。

 

すかさず、ロミの思念は合図を送り、マリアがドラゴンボウルを開くと、マドレーヌは戦闘妖精に変身し、間一髪、左手で額縁から写真を外し右手でケージ人形を掴んだ。

 

瞬く間に、ドラゴンボウルは明かりを灯し、姿を現したシモーヌ伯母さんは人形を受け取ると、額縁の中にそれを貼りつけた。

 

するとそこに、再びケージ・エジマのレリーフが現れた。

「まったく手のかかる子ね」

シモーヌ伯母さんはそう言って、ケージのレリーフを優しく撫でた。

 

「さあ、話してご覧なさいケージ」

 

「ありがとうママ、大聖堂のカタコンブまで来てくれたんだね。マドレーヌ、いつも笑顔の優しい姉さん、あなたがロミの傍にいてくれて、僕はとてもうれしい」

 

「僕はもう死んでいるけれど、まあ、今生きていたとても、もう90を過ぎたお爺さんになっていると思うけどね、僕は28才で肉体を失った、そして妹のために、来るべき女神のために、僕は記憶装置として残されたんだ」

 

そしてケージ・エジマは語りだした。

 

秋の風がパリの街を包み、星の広場に枯れ葉が舞い散る夕暮れ時、僕はモンマルトルの丘で若い女の人が描いている絵を見ていた。周りの画家たちは画材をしまって帰る支度をしているというのに、その人は黙々と筆を滑らしていた。

 

 

 

 

その人が描いている絵は、パリのどこにもない風景だった。

 

碧い青い光の海原に、黒と白の2元色からなる生き物の塊りが浮かび上がり、その上に裸の少女が乗っている、その絵を見ている僕には、絵を描いている女の人の気持ちが分からなかった。ここで絵を描いている人は、たいてい街角や並木道の景色や、観光客の似顔絵を描いているのに、女の人の絵は、裸の少女を乗せた大きな生き物のいる碧い海の風景だった。

 

7才になったばかりの僕は、その絵が意味するものが分からなかった。

だがじっと見つめていると、その黒い生き物はクジラであることが分かった。

そして、背中に乗っている少女が僕を見ていることに気づいた。

 

絵を描いていた女の人はいなくなり、周囲の人々も、そしてモンマルトルの丘も、もう僕には見えなくなり、その少女の碧く透き通った瞳しか、僕には見えなくなっていた。

 

夕闇の落ちた丘の上、クジラの上にいる少女と僕だけが、パリの空の下に残されていた。

 

 

次項Ⅴ-33に続く