ロミと妖精たちの物語217 ⅴ-15 死と乙女⑤ | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

 

巴里の空の下、ロミと妖精たちが描き出す天使の飛翔を見上げていたフィニアンは、彼女たちがシャンゼリゼ通りの反対側に伸びるグランド・アルメ通りと、その北側の細い通りとの間に見える古い建物に向かって下りて行くのを確かめると、彼はトネリコの杖をクルリと回し、その建物の屋根の上に移動した。

 

そして、一糸まとわぬ姿のまま朝の空を飛んでいた宇宙少女マリアのために、白いトーガを広げて待ち受けた。

 

5階建ての古いビルの屋根の上に天使たちが舞い降りると、その背中に生えていた翼は消えて、ロミはフィニアンからトーガを受け取り、朝日を浴びて眩しいマリアの金色の髪の上から、宇宙少女の清らかな身体を護るように、そっと優しく純白のトーガを被せてあげた。

 

そして屋根の上に突き出た天窓が開き、マドレーヌのお母さんが笑顔で迎えてくれた。

「まあまあ、なんて可愛らしい天使たちでしょう、さあ、ここから中に入ってちょうだい」

 

「シモーヌ姉さん、ごきげん麗しいようですな」

フィニアンは、シモーヌの手にキスをした。

 

「フィニアン、あなた相変わらずね、今日もきれいなお嬢様のエスコートかしら」

「いいえ、神の思し召しに従っているだけです」

 

シモーヌ伯母さんは両手を広げてロミの肩を包んだ。

「まあ、小娘かと思えば、なんと大きな御心の聖女なの、キスしていいかしら?」

ロミは黙って微笑み、伯母さんの腕に抱かれて頬を向けた。

 

そしてマリアを見ると、シモーヌ伯母さんは目を丸くした。

「まあ神の国から本物の天使が降りてきたのかしら?」

嬉しそうに微笑むと、マリアを優しく抱き寄せて、白く柔らかなその頬に、そっとキスをした。

 

天窓から朝の光が差し込み、天使の階段が広間に下り続き、その階段をロミたちは降りた。

 

ロココ調の家具と調度品で設えられた部屋に入り、ロミは何となく落ち着かなかった。

日本のお祖母ちゃんに育てられた彼女にとって、花の都パリの女子力の強い部屋の趣(おもむき)が居心地を悪く思わせているのかしら、と戸惑いながらロミは周囲を見渡してみた。

 

そして、部屋を覆う花園を思わせるような壁紙に架けられた、二枚の肖像画に眼を止めた。

 

一枚はあの方、十字架に磔にされた神の使者とマグダラのマリアだった。マリアの姿はシモーヌ伯母さんの若い頃の姿なのだろうか、暗い背景の中、彼女は十字架の足元で片膝をつき、両手を握り合わせて神の使者を見上げ、哀し気な表情を浮かべて祈りを捧げている。

 

そしてもう一枚の絵には、二人の女性が描かれていた。

 

一人は黄金色のトーガを、もう一人は白いトーガを着ている、そして二人とも、それぞれに赤ちゃんを胸に抱いている。

 

白いトーガの女性は大柄で豊満な身体に、笑顔でほんの少し白い歯を見せている。だが、黄金色のトーガの女性は小さくやせ細り、口元に微かな笑みを見せているものの、その青い瞳は、たとえば死神を見たときのように、その死神には腕の中に守る赤子に目を向けて欲しくない、それが痩せた母の悲しみのように見えた。

 

その絵に描かれた哀しげな笑みを見せる女性の細い腕と、胸に抱かれた赤ちゃんの姿を見て、何故かロミは胸が熱くなり、そして心が苦しくなるのを覚えた。

 

哀しくも互いを守り合うような母子の前にいるのは、果たして死神なのだろうか、抱かれている赤子も死神を見ているのだろうか、そしてそのおぞましい死神は、母と子のどちらを誘惑しようとしているのだろうか。

 

宇宙少女マリアはロミの身体を支えるようにそっと白い腕を伸ばし、ロミの身を包んだ。

その後ろでフィニアンは腕を組み、人差し指を口に当て、黙ったまま二人を見守っていた。

 

 

次項Ⅴ-16につづく