ロミは思念の翼を閉じて、太陽系銀河へと還るワームホールのパイプの中を滑り、彼女の意識がニューヨーク郊外のウエストチェスターの部屋に戻ると、フィニアンが言った。
「ロミ様、これは厄介なことになりそうですな」
ロミは怪訝な表情で応えた。
「どうしてフィニアン、彼は本来いるべき場所へもどれたのでしょう、何が厄介なの」
「いいですかロミ様、あなたが見た夢の中では、南極大陸の山で、神の使者にあの男が吹き飛ばされていたのでしたね」
「となりのベッドでうなされていた彼の夢と、同時にあなたも同じ夢を見ていた。どうも、今見せて頂いた、トーマスそっくりな人とシーオーク妖精ファンションは、いくら神の使者の息子と天使といえども、ああも簡単に銀河を飛翔できるものなのでしょうか」
「実体とは思えません、あれはやっぱり幻影ではないかと」
「そうね、私たちはファンションの歌と踊りに惑わされて、大事なものを見過ごしていたのかもしれないわね、記憶を失ったスノーマンは、何か大事なことを伝えるためにここへ来たのに」
「さすがロミ様、理解が早い」
その時だった、1階の玄関ホールから、来客のインターホンが押された。
受像カメラをオンにすると、そこにトムの母親、マーガレットの姿が在った。
「まあお母さま、どうぞ直通エレベーターにお乗りください」
トムの母マーガレットは、ハンプトンコート宮殿のロイヤルスクールで教師として、キャサリン校長の手伝いをしていたはずだが、やはりトムの行方を心配してロミのもとへ来たのだろうか。
「お母さま、よくいらしてくださいました」
ロミは、優しくて美しい、トムの母親の来訪を歓迎した。
「ロミ、突然お邪魔してごめんなさい。マリアもお元気そうね、お会いできてうれしいわ」
3か月ぶりの再会に、3人はいたわるように抱きしめ合った。
「そしてフィニアンさん、ロイヤルスクールではいろいろお世話になりました」
マーガレットは優雅に手を伸ばし、見とれているフィニアンの手を握った。
「お母さま、やっぱりトーマスのことでいらっしゃったのですか」
マーガレットは母親の顔になり、ロミに話した。
「昨日あの人から、トムが南極大陸で苦労しているらしいという思念が届いたの」
「まあ、あの方から連絡があったのですか」
「ええでも、はっきりとしたメッセージではありませんでしたが、私は確かめる必要があると思い、それで昨夜のうちにロンドンを発ち、あなたのところに来たのです」
ロミは昨日からの出来事と、今朝の夢の内容を説明した。
「お母さま、トムにそっくりな来訪者が、南極大陸のヴィンソン・マウントで、トムが神の使者を前にして山登りの荒行のようなことをしているビジョンを見せられたのです」
そして、山頂に近づくと、トムは風に吹き飛ばされそうになったことも話した。
ロミの話を聞き終わると、母マーガレットは言った。
「それが、本当にトーマスなのかどうかは分かりませんが、あの大陸で何かが起こっているのは間違いないと思います、もしかしたら、それはロミとマリア、あなたたちに救いを求めている人が、いるのではないかしら」
「トムが南極大陸に行ったことを、お母さまはご存知だったのですか」
「いいえ、あの人のメッセージが届くまでは、彼が何処で何をしているのか、私はまったく知らされておりませんでした」
「トムは、私たちに何も言わずに、一人で何かと戦おうとしていたのかしら」
ロミは、夢の中の出来事から思いを馳せて言った。
そしてマリアは、楽しみを見つけた子供のように目を輝かせて言った。
「ロミ、やっぱり私たちは、南極大陸へ行かなくてはいけないわね」
「でももう南極は秋、そうとう寒い季節よマリア、氷の塔を使わせてもらってもいいかしら」
「もちろんよロミ、私に断りなんか無用よ、さっそくマリオに連絡して、おじ様にアタッカーのスケジュールを押さえてもらいましょう」
「お母さま、また寒い所へ行くことになりますが、一緒に来ていただけますか?」
「もちろんよロミ、あなたがいてくれれば心強いわ、ぜひお願いします」
「ロミ様、そうと決まれば、わたしも準備をして参ります」
フィニアンはもう一度、女神のように美しいマーガレットの手をとり、その手にキスをすると、にっこりと微笑みステッキをくるりと回し空気の中に溶け込んで何処かへ行ってしまった。
ロミは、南極大陸の何処かに居るはずの、トーマスに向かって思念を送った。
――トム、私もあなたの所へ行くわ、お母さまと一緒にね。
次項Ⅳ-15に続く
