ロミと妖精たちの物語232 Ⅴ-30 死と乙女⑳ | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

 

得体のしれない怪しいものが、おやゆび姫マリアの背後に迫って来た。

 

マリアは、自身の身体とともに小さく縮んだドラゴンボウルを左手で乳房の間に押し包み、右手で精霊たちのエンパシーを招き寄せると、宝石のように輝くボウルを空中に浮かばせた。

 

ロミと共に活躍した銀河の辺境で、ワームホールに居座る悪鬼ドラゴンから救出したタートル星人からお礼にと贈られた、秘宝ドラゴンボウルをしっかりと守れることを確かめると、背後に迫る物の怪のことは無視することにした。

 

何も身に着けていない裸身のおやゆび姫マリアは、壁に掛けられている額縁を見上げると、その優美な白い腕を上げた。

 

両膝をピタリと揃え、踵(かかと)を浮かせて背を伸ばし、右手を上に伸ばして、ロミとトーマス、そして二人の母親たちが映っている写真から、レプラコーンの金貨を素早く剥がした。

 

そして、振り返るとそこには、マリアと同じく一寸法師サイズのエジマの姿が在った。

エジマの眼は空洞のように、見る者にとってその存在は意味を持たないようにも見えた。

 

「あなたはロミの従兄のケージさんね」

マリアはロミのように、人を和ませるような曖昧な表現を持っていなかった。

 

目の前にいる裸のおやゆび姫に、エジマはどう反応してよいのか、判断出来ずにいるようだ。

反応の鈍いエジマにたいし、マリアはドライに回答を求めた。

 

「あなた、私が何も着ていないこと、分かってるのかしら?」

エジマは、よく分からないといった反応で、上から下までマリアの全身を見た。

 

だが、マリアの柔らかな裸身を見てもその表情は、何も興味を抱いてはいないように見えた。

 

マリアはほんの少し首を傾げると、肘を左右に広げて、バレリーナのように、そのかたち良い脚を横に開き、膝を曲げると伸ばしている脚を軸にしてターンをした。

 

その仕草はまるで、水泡から生まれ出たばかりのアフロディーテのように、長いブロンドの髪をフワリと広げ、一寸法師ケージの前でその優美な裸身を見せた。

 

「変ね、あなたは私が裸で踊って見せても、ぜんぜんびっくりないのね」

 

マリアはドラゴンボウルを自分の乳房の間にしまうと、それまで渦巻いていた虹色の光は、どこか別の空間に吸い込まれてしまったように、深い闇がマリアの白い裸身を隠してしまった。

 

地底のカタコンブから飛び出した、パリの空に浮かぶドラゴンの制御室は暗闇に戻った。

 

沈黙が拡がる暗闇の中で、マリアは言葉を続けた。

「あなたが望むものは何?」

一寸法師のエジマは、それでも反応を示すことも無く、その空間は沈黙が支配していった。

 

外は、先ほどまでの土砂降りの雨や、大粒の雹(ひょう)の嵐はどこへ行ったのか、ノートルダム大聖堂の上空は、穏やかな天候にもどっているようだ。

 

――マリア、もういいわよ、表に出ていらっしゃいな。

 

ロミの思念の声が聞こえると、マリアはもう一度、乳房の間からドラゴンボウルを手のひらに載せ、暗闇の空間に明かりを灯し、先ほど取り戻した金貨をドラゴンボウルに貼りつけた。

 

――ロミ、この中にいるのはエジマさんのロボットだけみたい、それも壊れているみたいなの、それに、フィニアンさんは見つからなかった。

 

――いいのよマリア、フィニアンは自分で何とかするから。

 

マリアは再びエレベーターに乗って上階の入り口に戻ると、ドラゴンボウルを胸にしまい、そこから表に飛び出し、クルリと回転しながら元の大きさに戻り、大聖堂の屋上に降り立った。

 

先ほどまで荒れていた天気は夏の日差しを取り戻し、凶暴な姿で火炎を噴き上げていたケージ・エジマのドラゴンも、もうそこには居なかった。

 

ロミが、広げて待っていてくれた白いトーガに袖を通して、身づくろいを済ませると、マリアはロミとマドレーヌの頬に柔らかなキスをして、ドラゴンからの帰還の無事を告げた。そして、ドラゴンボウルに貼りつけておいたレプラコーンの金貨をロミの手に渡した。

 

「それから、これも持ってきたわ」

そう言って、ドラゴンの体内から持ち出してきた、壁にかかっていたあの写真を渡した。

 

A4サイズの写真を手に持ち、ロミは二組の母子の姿を確認し、赤ん坊の自分を抱いている、母マリアの哀愁に包まれた表情を見つめて、思わず瞳を潤ませてしまった。

 

すると、まだ戦闘妖精の姿にあるマドレーヌが、いたわるようにロミの身体を優しく包んだ。

 

「それから、これね」

マリアは、ドラゴンボウルに貼り付いている、もう一つの物をロミに見せた。

「まあ、何、このお人形さん」

それはドラゴンの体内にいた、一寸法師のケージ・エジマだった。

 

ロミは、マリアの手のひらに乗っている人形を、まじまじと観察してから、それまで静かに見守ってくれていたシモーヌ伯母さんに顔を向けた。

 

「伯母さま、フィニアンが撮った写真は見つかったけれど、ケージのドラゴンはどこへ消えたのでしょう。それに、ドラゴンに付きものの悲しき魂、あの鬼火たちも現れなかったわ。これはいったいどういう事なのかしら?何かお分かりの事があれば、仰って下さいな」

 

ロミに言われてシモーヌ伯母さんは、少し困ったような表情を見せていたが。しばらく考えに耽った後、肘に掛けていた日傘を手に持ち替えると、その美しい目を大きく見開き、花柄ピンクのジャンプ傘を空に向かってパッと開いて笑顔を見せて、ロミと妖精たちに言った。

 

「まったくね、理解しがたいことばかりだわ。それで、どうかしらロミ、そのコインをレプラコーンの壺に戻してあげてはいかがかしら、一寸法師のお人形を一緒に連れて」

 

ロミもマリアも、そして妖精に戻ったマドレーヌも、互いに顔を見合わせ頷いた。

「そうですね伯母さま、では伯母さまのお家に戻りましょう」

 

「では皆さん、私のスカートにお摑まりなさい」

そう言うと、花柄ピンクの日傘の先端を、凱旋門に向かって差し上げた。

 

すると、セーヌ川の上流から一陣の風が吹きつけ、ロミと妖精たちをぶら下げてシモーヌ伯母さんはパリの空に浮かびあがり、優しい風に吹かれてシャンゼリゼの上空を飛んで行った。

 

 

次項Ⅴ-31に続く