ノートルダム大聖堂の地底に隠されていた、暗闇のカタコンブ、そこからパリの空へと拡がった、ケージ・エジマが変身したドラゴンの解放オペレーションは尻切れトンボに終わった。
そこには、愛と癒しのエンパシーを求める悲しき人々、レ・ミゼラブルの魂は存在していなかった。そしてロミのもう一人の従姉、メグミの存在を示すものを見つけることも出来なかった。
凱旋門広場の片隅にある、メゾン・ド・エトワールに戻ると、シモーヌ伯母さんは言った。
「あれはロミと母マリアの写真を返すために企んだ、ケージの幻想だったのではないかしら」
そして部屋の壁に掛けられた母子像の絵の横に、ドラゴンから取り戻した写真を並べてみた。
「見てごらんなさい、ケージが描いた絵は余りにも淋し気だけれど、もとになったフィニアンが映した写真の方はロミのお母さまマリアが、少しだけれど微笑んでいるようにも見えるわ」
「そうよママ、写真から模写する時、きっとケージの心象が表現されてしまったのよ」
マドレーヌの言葉に、その通りだと思い、ロミも静かに肯いた。
「でも、あのケージはアンドロイドだったのでしょ」
「そうね、それも曖昧な記憶ばかりの、生きているようで、死んでいるようなロボットだった」
再び伯母さんに連れられて、ロミと妖精たちは屋根裏のフィニアンの部屋に上がった。
「伯母さま、写真はあの額縁に飾りましょう」
ロミは、今朝ほどケージがレリーフとなって現れた、今はもう空(から)の額縁を見て言った。
そしてマリアが持ち帰った一寸法師の人形は、窓際に置かれたフィニアンの椅子を内側に向けてそこに座らせた。ちょうど額縁に飾られた写真と、椅子に置かれた人形の間に、レプラコーンの金貨の壺があり、それを中心に写真と人形が向き合うかたちとなった。
「それではロミ、金貨を壺の中に戻しましょうね」
伯母さんはそう言って、壺の重いメタルの蓋を持ち上げた。
窓から差し込む外光で、部屋の中は明るかったが、壺の中までは光は届かず、ロミが覗いたレプラコーンの壺の中は真っ暗だった。しっかりと握っていた金貨は、ロミの手に温められていて、手のひらを広げると窓からの外光を反射して、金貨はキラキラと輝いている。
ロミは、マリアとマドレーヌの眼を見た。
ロミの思念を感じ取り、マリアはドラゴンボウルを手のひらに載せ、マドレーヌはそのドラゴンボウルのエンパシーを受けて、再び戦闘妖精に変身すると、ロミの左腕を握った。
そしてシモーヌ伯母さんは、ロミを促すように、微笑みながら大きく頷いた。
「じゃあみんな、金貨を戻すわね」
ロミは金貨を握り直し、右手をゆっくりと壺の中に差し入れた。
するとロミの手に、電気を走らせたような、鋭い振動が走った。
その刹那、ロミは金貨を離してしまい、瞬時に心眼を開き、腕を伸ばして中を探った。
そしてロミのその手を握りしめてきた手を、黄金色に輝く心眼を使って見定めようとしたが、そこに有るのは積まれた金貨と自分の手だけだった。ロミは自分の手を握りしめている、見えない手に向かって愛と癒しのエンパシーを発した。
だが、見えない手はますます力を込めてロミの手を握りしめてきた。そして壺の中に引きずり込もうとしているのか、その力にロミは暗黒の中に引きずり込まれないように脚を踏ん張った。戦闘妖精マドレーヌはロミの腕をしっかりと握り、マリアはドラゴンボウルのパワーを全開にして、ボウルから発する虹色の渦巻きは、瞬く間にフィニアンの部屋を光の洪水にした。
ロミの身体を背後から抱きながら、マドレーヌは壺の中に右腕を差し込み、ロミと一緒にその見えない手を押さえ込んだ。すると、突然その手は離れ、ロミとマドレーヌは背後に倒れ込み、開いた壺の入り口には、すかさずシモーヌ伯母さんが魔法のパラソルを差し入れた。
そのままパラソルは壺の中に引きずり込まれそうになったが、見えない手はパラソルのハンドルを握り、傘が開くと、花柄ピンクのパラソルは、壺の入り口で蓋をするように止まった。
「マリアさん、ドラゴンボウルを胸にしまって」
伯母さんの言葉に、ロミは同意の思念をマリアに送った。
「そしてマドレーヌ、鎧戸を閉めるのよ」
伯母さんの指示のもと、屋根裏部屋から光が消えて、そこは暗黒の世界へと変わった。
次項Ⅴ-32に続く
2018年ダークサイドの新曲「エレベーターガール」行先は地獄なのか、それとも?
