「ロミ、どうしてユマは、あの宇宙船を男性だと分かったのだろう」
フィニアンはいつの間にか席を離れ、思念が交錯しないようにロミの耳元で訊ねた。
「待ってフィニアン、いま彼女に聞いてみるわ」
――ロミ、その質問に答える時間は無いわ。
――どうしたのユマ。
――彼は言ったの、「オレの行く手を邪魔するな、小娘!」ってね。
――まあ乱暴な言葉遣いね。
――なんですってミス・ユマ、彼はそんな失礼なことを言ったのですか。
(フィニアンはユマが侮辱されたと思い込み、紳士らしく毅然とした思念の言葉を掛けた)
――今のは半分ジョークです、実はもっとひどい話を聞かされましたけど。
――ロミ、とりあえず巨大隕石から離れましょう――詳しい説明は後でします。
ロミはそれでも、巨大隕石の中に隠れている人工頭脳に対し、彼の孤独を癒すことが出来るようにと、今一度、思念の翼を広げ黄金色の心眼を開いた。長い旅をしてきた彼の冷え切った心を温めてほしいと願い、ロミは人工頭脳に向かって愛と癒しのエンパシーを送った。
フェアリーシップは巨大隕石から離れ、豆粒ほどの大きさに見えるほどの距離を取ってから、あらためて銀河ワームの中に入った。
――ファンション、彼の進路に影響を与えると、この先よくないことが起こりそうな気がします、精霊の皆さんにワームホールの入り口を塞いでおくようにお願いしてください。
――ユマ、彼に何かひどいことを言われて傷ついたの?
――心配してくれてありがとうファンション、私は大丈夫よ。一人ぼっちの彼と違って私には、あなた達が、ロミと妖精たちが一緒にいてくれるのですからね。
万里生は入り口が閉じられたことを確認すると、前方に渦巻くワームホールを見据え、思念のトリムを全開にしてフェアリーシップを地球への軌道に乗せた。
わずか数分の間で暗黒トンネルを通り抜けると、モニター画面は超光速の白い闇に覆われて、やがて青い惑星が視界に入りってきた。フェアリーシップ・ユマは重力や磁場などの抵抗を受けることなく減速されてゆき、ワームホールに護られたまま大気圏に突入した。
船体は高熱に包まれることも無く、ゆっくりと地球を周回してニューヨーク上空へと帰って来た。まるで遊覧飛行をしてきたかのように、小型宇宙船フェアリーシップは何の衝撃も受けることなく、ふんわりと、静かにマックスアパートの屋上に着陸した。
ロミは頭部を覆っていたトリムメットを外して自由になると、後部座席のファンションの座席ベルトを外し、二人は両手を握り合わせ、白鬼の精霊たちを乗せて宇宙に戻ろうとする銀河ワームに向けて、愛と癒しと感謝のエンパシーを送った。
――ありがとう精霊の皆さん、そして偉大なる銀河ワームさん、深く感謝いたします。
長身のミルクマンが助手席のトリムメットを携帯用に外そうとすると、ユマの声が聞こえた。
――もうトリムメットは必要ありません、そのまま天井に格納してください。
――万里生の席もね。
ミルクマンが全てを格納し終えると、こんどは操縦席と助手席の間に天井から銀色のポールが下りてきた。それは伸縮自在棒のように伸びて床まで届くと、操縦席と助手席の肘の高さの位置に丸く膨らみはじめ、それは銀色の球体となって現れた。そしてその銀色の球体は上下二つに分かれて、1フィート程の空間を開けて停止した。
――さあマリア、もういいわよ、出ていらっしゃい。
ユマが誘(いざな)うようにその名前を呼ぶと、愛の妖精ファンションの乳房の間から、おやゆび姫となっていたマリアは宙に飛び出し、クルリと回転しながらロミたちの前に躍り出た。
それまでマリアを胸に抱いて守っていたファンションは、驚いてその大きな瞳を見開き、慌てて純白のトーガをミルクマンのバッグから取り出して、空中に広がるマリアのブロンドの髪の上からヒラリと被せ、マリアの白く柔らかな、眩しいほどに美しい裸身を包むことが出来た。
ロミは、5フィート3インチの愛らしい姿に戻ったマリアを抱きしめた。
「マリア、もう大丈夫なの?」
「うん、ロミ、ファンションありがとう」
――マリア、そのまま助手席に座って。
ユマの指示に従い、マリアは助手席に座った。
――ドラゴンボウルを出して、ひじ掛けの前に現れたトレーに置いてみて。
マリアの手からドラゴンボウルは離れ、銀色のトレーに置かれると、上下に分かれた球体トレーの中間にそれは浮かび上がった。
――万里生、ドラゴンボウルに思念を集中して。
――マリア、あなたも一緒にエンパシーで包むのよ。
ドラゴンボウルの中心に明かりが灯った。その明かりは渦を巻くようにして前方のスクリーンに届くと、今見てきたばかりの巨大隕石を映し出した。
始めは上空から隕石を映し、次には後部を、そして正面から隕石の姿を捉えることができた。ユマは二人に向かって取り扱い説明書を読み上げるように、一つひとつの操作方法を解き明かしていった。
そして万里生の提案で、スキャナーを操作して、隕石の内部の宇宙船を映し出し、さらにマリアのエンパシーを使って船の内部にまで入り込むことが出来た。
船内には幾つもの層が有り、各層には正方形に区切られた部屋もたくさん見受けられた。
万里生の思念はその部屋の一つに向かい、拡大していこうとした。
――はい、今はここまでよ。
万里生は小さく息を吐いて、緊張を解いた。
――では、こんどは元に戻すように操作してください、ゆっくりでいいのよ。
万里生とマリアは再び思念を集中して、一つひとつの手順を踏み、巨大隕石から離れた。
――よくできました、二人とも素晴らしいわ。
――さて次はファンションさん。
「えっ、私も何かできるのかしら」
――そうです、あなたでなければ出来ないことを。
「まあ、うれしいわ、どうぞ何なりとお命じになって」
――ではお願いします、まずドラゴンボウルに手をかざしてください。
ファンションが言われた通りに手をかざすと、スクリーンの手前に光の渦が回り始めた。それは床から立ち上がり、小さな竜巻のように虹色の光が天井に向かって渦を巻いていた。
――ファンションさん、私の実体はどんな姿がいいかしら、誰かイメージして頂けないかしら。
「そうねユマ――ユマ、そうだわ、月の神殿を守っていたあの人、巫女のあの人がいいわ」
すると虹色の竜巻の中に、長身のメティスソ美女、巫女のユマがその姿を現した。
ファンション得意の取り替えっこの術を呆気に取られて見守っていたロミは、急いで両手をすり合わせ、ユマの裸身を包むトーガをつくり出した。ファンションはそれを受け取り、またしても天女の羽衣のように空中に広げ、自分より1フィート以上背の高い美女の身体を包んだ。
「さあ、ロミと妖精一座の皆さん、部屋に帰って作戦会議よ」
堂々と語るユマの姿に、愛の妖精は目を輝かせた。
「まあユマ、とっても素敵よ」
二人のやり取りに、ロミとマリア、そして妖精一座のみんなは笑顔を取り戻して階段を下りた。
次項Ⅳ-62に続く