峻険な山々に囲まれたウルバンバ渓谷に、太陽の光が眩しく差し込む午後になって、ロミは深い眠りから目を覚ました。
胸に手をやると、あまり大きくない、むしろ控えめといっていい、自分の乳房を寝床にして眠っているはずの、おやゆび姫のマリアはそこにいなかった。そして左の腕に、抱いて添い寝していたはずのファンションの姿も、ベッドの上にはいなかった。
ロミは胸の下着をつけると、BABYMETALのビッグTシャツを頭から被り、洗面所へ向かい、朝の支度を整えるとベランダから庭に下りた。
露天の温泉浴場に歩いてゆくと、岩の陰からフィニアンが浴場を覗いていた。
「フィニアン、何をしているの?」
ロミの言葉にフィニアンは驚いて振り返り、人差し指をたてて唇にあてた。
フィニアンの頭の上から浴場を見てみると、マリアとファンションが裸のままで、岩の割れ目から流れ落ちる滝水に打たれていた。
「あなた、女の子の裸をのぞき見していたの?」
「違いますよロミ、周りをよく見てごらんなさい」
フィニアンに言われて、浴場の周りを囲っている石積みと樹木の間をよく見てみると、ロミは息をひそめた。そこには野生動物たちが、マリアとファンションの無防備な姿を見つめていた。
「ロミ、あれはピューマと猿たち、それにあの木の下からワニも顔を出している、滝の上には大きな蛇もいますよ」
フィニアンが声を潜めて言うと、ロミも小声で応えた。
「どうしよう、大きな声を出したら襲い掛かってくるかもしれない、あら、コンドルが下りてきた」
マリアとファンションは、ジャングルの猛獣たちを気にする様子も無く、滝の落ち込む岩の上からおりて、楽しそうにお喋りをしながら温泉に歩を進めると、ファンションは周りの動物たちを見渡し、彼らに向かって何事か声を掛けた。
すると動物たちはみんな一斉にピクリとして、ファンションの声に反応した、
そしてファンションが歌い始めると、ピューマは腰を落とし前足の上に顔をのせ、サルたちも肩を寄せ合い、ワニもヌートリアもコンドルまでもがうっとりと目を閉じて歌声に聞き入り始めた。
ファンションは歌いながらマリアの手を取り、二人は軽やかなステップを踏みはじめ、突然マリアの姿が見えなくなると、ファンションは胸に手を当てた。
そして次のシーンでは、歌い続けるファンションの豊かな胸からおやゆび姫が飛び出して、小さな身体がくるりと宙を舞い、ブロンドの髪をふわりと広げて、もとの真っ白なマリアの裸身が地上に舞い降りた。
――素敵ね、マリアのことを唄ったのかしら。
――そうですな、長い間氷の塔に閉じ込められていた彼女の心を。
――で、あの男の子は誰なのかしら。
歌い終わると、ファンションとマリアは太陽の光を全身に浴び、眩しいほどに輝く、そのしなやかな裸身をひるがえし、頭から温泉に飛び込んだ。
そして動物たちは、まるで夢から覚めたように、何事も無かったかのように、そっと囲いの外へと離れて行った。
「あら、なあにあれ、お湯の中に万里生がいるわ」
「ロミ、落ちついて、よく見てください」
「えっ?」
「ほらみんな、ちゃんと水着を着ています」
「あら、ほんとうね――でもあんな小さな水着、それも白いからまるで裸に見えたわ」
ロミはプンプン怒りながら、岩の隙間からみんなのいる浴場の方に出ようと身体を捻った。
だが前にいたフィニアンの身体が邪魔をして、抜け出すことができなかった。
「ロミ、無茶はおやめください、私の肩が」
「なに?どうしたの、フィニアン何処を触っているの」
「いや、その、ロミあなたの腕がわたしの首を」
ロミが着ているビッグTシャツの裾が捲れ上がり、フィニアンの首が絡まってしまった。
「あっ、苦しいロミ、お待ちください」
二人の騒ぎにマリアたちは気づき、お湯から上がって来た。
「フィニアン、邪魔しないで、何をしているの」
岩の隙間からロミの顔が飛び出した。
お湯から上がった3人が、ビックリした顔で二人を見ていると、ロミの肩が岩の隙間から出て、ビッグTの片側が破けて、そこからフィニアンの顔が飛び出した。そしてフィニアンがシャツの中で身体を捻ると、ロミの身体は隙間から抜け、続いて破けたTシャツとフィニアンが飛び出し、二人は転がり、ロミは下着姿で仰向けになり、その上に破けたTシャツに頭と上半身を覆われたフィニアンが抱きついていた。
ロミは、3人の姿に気が付くと、フィニアンの身体の下から手を振った。
「あら、みんな元気?水遊びに入れてもらおうと思って来たのよ、みんな素敵な水着ね」
そして、ロミの身体の上に抱き付いていたフィニアンは、身体を振りながらようやくビッグTシャツから顔を出すと、ロミに跨ったままゼエゼエと荒い息をしながら言った。
「やあ、皆さん、ロミ姉さまが泳ぎたいと仰るので、ご案内してきました」
フィニアンは、ふら付きながらも立ち上がり、ロミの手を取り引き起した。
「ちょっと、準備運動が過ぎましたかな」
マリアがクスクス笑いながらロミの手を取った。
「砂だらけよロミ、一緒にお湯につかりましょう」
ファンションも反対の腕を取ると言った。
「その前に砂を洗い流さないといけないわ」
二人に連れられて、石段を上がりロミは冷たい滝に打たれた。
万里生はフィニアンを慰めるように言葉をかけた。
「ロミ姉さんて、少し変わっているでしょ」
「うん、まあそうだね、いつも振り回されているよ」
フィニアンは、それでも笑顔がこぼれて、滝に打たれるロミを見ていた。
「フィニアンさん、僕たちは出発の準備をはじめましょうか」
万里生は、まだ太陽のいるインカの山々を見上げて言った。
「あの、聖なる山の頂きに向かって行くんですね」
次項Ⅳ-44に続く
