ロミと妖精たちの物語153 Ⅳ-39 聖なる山の頂きに⑬ | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

ロミと妖精たちは、マチュ・ピチュの頂にある太陽の神殿から、フィニアンが操る見えない馬車に乗り、紅い月の下にあるワイナ・ピチュの山頂を超え、北辺断崖の中腹にある月の神殿の前に降り立った。

 

東の空から昇り始めていたはずの冬至の光を放つ太陽は見えなくなり、そこに再び闇が訪れ、ロミと妖精たちと、インカの英雄ユパンキが立っている断崖に浮かぶ岩だなの庭は、紅い月の薄明が映し出す、影を持たない幻想的な世界となっていた。

 

ロミは紅い薄明の中で、周囲の山々と足もとに広がる断崖の渓谷を見渡し、さらに谷底に流れるウルバンバ川を見下ろした。

 

そして、目の前の断崖壁面に穿たれ、彫りこまれた石組みの神殿の入り口を確かめると、あらためて頭上に浮かぶ紅い月を見上げた。

 

「ユパンキさん、ここから紅い月が見えるのは、よくあることなのかしら」

「いえ、これほど紅く染まった月は、わたしも初めて見ます」

 

「それも満月ということは、太陽は地球の裏側にいるはずなのに、たった今見たばかりのあの太陽はいったい何だったのかしら、ユパンキさん、今日は西暦何年なの?」

「わたしには、あなたの仰る意味がよく分かりません」

 

ユパンキの戸惑う姿に、ロミはアンドロメダの鋭い心眼を開いて、ユパンキの眼を見つめた。

 

「ロミ様、その恐ろしい眼光はお止めください」ユパンキは跪いて頭(こうべ)を垂れた。

「やっぱり、あなたはドラゴンなのね」

ユパンキは震えながら面(おもて)を上げた。

「確かに今のわたしは人間ではありません。だが、わたしは神を信じ、神の言葉に従います」

 

アンドロメダは思念の翼を広げ、心眼から青い光を放ちながらユパンキの身体を包んだ。

 

――そうなのか、では正体を現しなさい、そしてあなたが望む神の御業(みわざ)とは、どのような事なのか、ユパンキよ、申してみよ。

 

――はい、申し上げますので、どうかわが身をお放しください。

 

ロミ・アンドロメダの大きな翼の中から抜け出して、ユパンキは岩棚に立ち上がり、両手を合わせて呪文を唱えると、その背中に羽毛の無いつるりとした灰色の翼を広げた。そして空中に浮かび上がり、翼を羽ばたきながらゆっくりと、ワイナ・ピチュの頂に向かって飛翔した。

 

ロミ・アンドロメダは左右にいるマリアとファンションの手を取り、飛翔するドラゴンの後を追い、ワイナ・ピチュの山頂の見張り台に降り立った。

 

そして今はドラゴンとなったユパンキとともに、紅い薄明の帳(とばり)に包まれたマチュ・ピチュ、古代インカの天空都市を見下ろした。

 

眼下に見えるマチュ・ピチュは元の遺跡の姿に戻り、先ほどまでロミたち三人を拝んでいたインカ帝国の人々の代わりに、今は無数の鬼火が揺らめいている。

ロミはアンドロメダの眼光を閉じ、琥珀色の瞳を開いた。

 

「ユパンキさん、鬼火となったあの人たちは、いつから此処にいるの?」

 

――ロミ様、あの者たちはほんの一部にしか過ぎません。

 

ユパンキは翼を開き、更なる高みへと飛び上がった。

ロミは再びアンドロメダの姿に変わり、ドラゴンの後を追った。

 

ワイナ・ピチュの遥か高みに停まると、ドラゴンは遠方を指し示した。

――あの南西に見えるのは、チョケキラオの鬼火の群れです。

――そして南東に見える灯りはインカの都クスコ、ご覧ください都を囲むように鬼火が群れております。あそこには、聖なる泉や円形劇場、そして聖なるピラミッドが有ったのです。

 

「ピラミッド?」

 

――そうです、ザ・ワンの神の使者が空飛ぶ舟を使って建造していたものです。

――その舟にマリア、幼いあなたが乗っていたことを、わたしは憶えております。

――わたしは王の代理としてザ・ワンの神の神殿造りを指揮しておりました。

――だが、あの恐ろしいコンキスタドールによって、ピラミッドは完成することなく破壊されてしまいました。

 

ドラゴン・ユパンキは、ゆっくりと翼を羽ばたかせながら空中に止まり、ロミと妖精たちを見た。

 

――月の神殿に現れる女神を見届ける前に、あのインカの魂たちを救ってください。

――最後の皇帝がチョケキラオの麓の密林で惨殺されると、わたしたちの神も居なくなってしまいました。

 

――それから、コンキスタドールの暴力の前に命を絶った者たち、彼らは新しい神にひれ伏すことが出来ずにいたのです。

 

――あれから500年、哀しき魂たちはあなたを待ち続けていたのです。

 

「月の神殿に新しい女神が現れるのは、いつになるの?」

 

――それは冬至の光の時刻と聞いております。

 

「では、まだ2ヶ月先の事ね、今がニューヨークを離れた時間のままであれば。だけど、この哀しき魂の人たちを、このままにしておくことは出来ないわ」

 

「マリア、あなたはこの広い地域の人々を導ける?とても大変なことだけど、いいかしら」

ロミは手を繋いでいるマリアに訊ねた。

 

「ロミ、ユパンキさんの話が本当なら、私にも責任があると思うわ、やってみましょう」

 

「ありがとうマリア」

「そしてファンション、あなたなら精霊たちにもお願い出来るわね?」

 

「もちろんよロミ、見てごらんなさい、あんなに流れ星が集まっている」

 

上空に浮かぶ紅い月を囲むように、幾筋もの光の帯が流れていた。

 

ロミが思念の翼を広げてフェアリー・シップを呼び出すと、彼女はマチュピチュの太陽の神殿から音も無く飛来し、4人の足元を支えてくれた。

 

マリアは、目を閉じて両手を合わせ、ザ・ワンの神の祈りを唱えてドラゴンボウルを現した。

 

そしてファンションは、ロミの思念のエンパシーに合わせ、インカの精霊たちに祈った。

 

 

次項Ⅳ-40に続く