イングランドの王女メアリーとミス・ロバーツたちがクイーンズハウスのダイニングルームに戻ると、タワーグリーンの広場を見下ろす窓辺には、ロミの黒いドレスが残されていた。
やはりロミは、あのままテレポートされてどこか遠くへ行ってしまったのだろうか。
ミス・ロバーツは、おやゆび姫マリアを乳房の上で眠らせたまま、フレッドに尋ねた。
「フレッド、ロミがテレポートされる行先について、何か心当たりは有るのかしら」
「いいえ、わたしには見当も付きません、しかしミドリさんなら何か分かるかもしれませんね」
大学時代の恩師に聞かれて応えることができず、横に並んでいてくれた真梨花に言った。
「真梨花、君からミドリさんに聞いてもらえないかな」
「ええ、もちろんいいわ、でも日本を離れてからは、ミドリさんからの思念は受け取れるけど、私から発信したことは無いのよ、大丈夫かしら」
真梨花は少し不安そうに言ったあと、窓辺に立ち、東に向かって思念を試みた。両手を合わせ、眼を閉じて思いを集中し、ミドリに向かって思念を発してみたが、1万kmも離れた日本まで、思念はなかなか届くことが出来ず、メアリーとフレッドも後方に立ち、真梨花の思念にパワーを与えようとエンパシーを送ってみたが、真梨花の思念は届くことが出来なかった。
するとメアリーが、落胆している真梨花を庇うように言った。
「では最後の手段を使わせていただくわ、ミドりさんにお話しを聞くときに使う方法があるの」
メアリーは携帯電話を取り出し、連絡ボタンを押してミドりに信号を送った。
「私はいつもこれで、ミドりさんから思念を送っていただいてお話をしているのです。今は、ミドりさんから思念が送られてくるのを待ちましょう」
王女メアリーの言葉に一同は肯いた。
その時だった、ドアが開いて、オーツ大佐と共にフィニアンがダイニングルームに入ってきた。
オーツ大佐に手を引かれて部屋に入ってきたフィニアンは、王女の前に倒れ落ちた。
「まあ、スライゴーのフィニアンさんね、いったいどうしたというのです」メアリーが訊ねた。
オーツ大佐は、床に倒れたフィニアンを片手で軽々と引き起こしながら言った。
「王女様、大変なことが起こりました。フィニアン、事の次第を王女様に説明したまえ」
フィニアンは小さな身体を更に小さく縮めて、メアリー王女を見上げた。
「はい、ロミ様に言われて、保護しておりました4人の娘たちが、タワーヒルの迎賓館からいなくなってしまったのです」
気障でお洒落な気取り屋のフィニアンにしては珍しく、オロオロとして答えた。
「4人の娘というのは、マリアの従弟たちと一緒にいた、あのテロリストたちのことですね、フィニアン、あの子たちが何者か分かったのですか?」
「いやそれが、あまりに汚い格好だったので、尋問を始める前に汚れていた服を脱がせて、きれいにシャワーで洗ってあげていたら」
「まあ、あなた女の子たちの身体を洗ったの?」
元教師の駐英大使、ミス・ロバーツが呆れて言った。
「あっいや違います、わたしの娘たちアンとカレンが洗ってあげたのですよ、わたしはシャワールームの外で、窓の向こうの皆さんのご活躍を見守っていたのです」
フィニアンは妖精の女王ガートルードの指示で、ロミたちをサポートするため、愛娘カレンと共に超音速機アタッカーに便乗してロンドンに来ていた。
そして、ロンドンの大学で勉強している次女のアンと合流して、旧知のオーツ大佐の許可を得て、タワーヒルの丘からロミたちの様子を見守っていたときに、彼は7人のテロリストを発見したのだと言った。
そして、宇宙人の3人を捉え、テロリストの少女たちを目覚めさせたロミから言われ、4人を保護したのだが、フィニアンの質問に4人は何も覚えていないと応えたので、まずは浮浪者のような格好の少女たちに着替えをさせるため、娘のアンとカレンに付き添ってもらい、少女たちはシャワーを浴びていたのだという。
「わたしはゲストハウスの窓から、ロンドン塔の様子を見守っていました。塔の上から王女様たちが下りはじめたのを見て、ああ今回も無事に霊魂たちの解放が終わったのだなと思ったその時でした、シャワールームから小さな悲鳴が聞こえたのです」
フィニアンは踊るような仕草で、大げさに話を続けた。
「わたしは慌てて、ドアを開けて中に入りました。でも、そこには誰もいませんでした、温水シャワーの蒸気で曇ったシャワールームの中で、4人の少女も、わたしの娘たちも、いなくなってしまったのです」
いつものグリーンカラーの上下スーツも、ポマードで固めた赤い髪もずぶ濡れのまま、いたずら妖精フィニアンは両手を広げて天を、いや天井を見上げた。
オーツ大佐は、メアリー王女に現状を報告した。
「王女様、殿下並びにお二人の皇女様は、衛士に守られお部屋でお休みになられています。また、城内は衛兵がすべての出口を抑えています。21時以後、ロミ様と宇宙人の亡霊以外、出入りした者はおりません。また、場外のゲストハウスも衛士が厳重に守っており、人の出入りはありませんでした。城内の各建物についても、ヨーマンたちが隈なく調べております」
「では、4人の少女も2人の妖精も、テレポーテーションを使って何処かへ行ってしまったというのでしょうか。フィニアン、カレンとアンはそれが出来るのですか?」
「いいえ、娘たちは目くらましの妖術は使えますが、空間移動などは、とても出来ません」
「すると、記憶を失っているはずの少女たちが嘘を言っているのか、それとも、まだ見えない敵がどこかで操っているのでしょうか」
そう言って、王女メアリーはミス・ロバーツに近づき、その胸で眠っているおやゆび姫に、そっと、思念を使って声をかけた。
――お姫様マリア、聞こえていたら教えてちょうだい、探し人はどこにいるのかしら?
――ああメアリー、私なんだか身体がとても軽いわ、今、気分は爽快です。
マリアはミス・ロバーツの乳房の褥(しとね)から飛び出し、雪のように真っ白な裸身を翻しながら5フィート3インチの姿となって床に降り立った。真梨花が白いドレスを持ってマリアの8頭身の着衣を整え、フレッドは真っ赤なハイヒールをマリアのかたち良い足もとに置いた。
マリアは、ミス・ロバーツの乳房の褥で、束の間の休憩を取っただけなのに、まるで長い冬眠から目覚めた春の女神のように、瑞々しい美しさを取り戻していた。
メアリーは、5フィート3インチの小さな可愛いマリアを、こんどは優しく包むようにして抱いた。「マリア、どう落ち着いた?」
「ええ、メアリー、元気を取り戻しました」
そして、マリアはミス・ロバーツの頬にもキスをした。
「キャサリン、ありがとう、ロミ姉さんと一緒ね、とても寝心地が良かったわ」
そしてマリアは皆を食卓に座らせ、自分は下座の前に立ったままで、一人ひとりの顔を見て、これから起こる奇跡の備えを、その美しい笑顔で確かめていった。
マリアは、ブロンドの髪を揃えて頭の上にティアラを冠り、いつの間にか取り出した、ドラゴンボウルを両手に載せると、部屋の照明を暗くするように、オーツ大佐にお願いした。
「では皆さん、今日のすべてを見守っていてくれた、イズモの女王ミドリさんに繋ぎます」
マリアの手のひらに載るドラゴンボウル、トーマスの母マーガレットのワーム世界で出会った、タートル型宇宙人から贈られた秘宝は、闇の中で、ゆっくりと明かりを灯し始めた。
ボウルの中に、光の粒がキラキラと渦を巻き始めると、マリアはそれをクリスタルプレートの上に置いた。光は球体から広がり、部屋全体にキラキラとした光彩を放ち、まるでプラネタリウムのように幻想的な世界をつくりだした。
光彩を放つ球体の中心には、僅かな黒点が現れ、ミクロのブラックホールを作り出し、それはやがて明るみを取り戻してゆき、ミクロのホワイトホールとなって、中からエネルギーを放出し始め、見守るみんなの意識を集中させていった。そしてそこに、まるでホログラムのように、日本人形のような美しい女性の胸像が現れ始めた。
マリアは食卓の横に移動して、初めて出会うミドリの姿を見て驚いた。ロミと真梨花から聞いていたミドリは、貫禄十分な世界一の霊能者で、きっと怖いおばさんだと思っていたのに、そこに現れたのは、着物姿が美しい、まるで白百合のような可憐な少女だった。
次項Ⅲ-14へ続く
(2012年さくら学院屋外イベントSU-METALは中3生徒会長、YUI・MOAは中1)




