博士の言葉にうなずいたものの、ロミはガートルードの失踪について再度トニーに確かめた。
「トニー、ガーティーはどうしてあなたの前から消えてしまったのかしら。あなたたちの間に諍いや問題が無いとしたら、やっぱり誰かに誘拐されたというのがほんとうだと思うの、いったい誰がそんなことをするのかしら、何か心あたりは有る?」
トニーは今朝と同じく、まったく心当たりは無いと答えた。ロミはありのままのことを聞こうとして、二人の愛のシーンを想像してしまい、少し頬を紅く染めて質問を続けた。
「あなたは今朝、この庭でガーティーと愛し合っていたのよね」
トニーも皆が居る前での説明に、少しだけ気まずそうに答えた。
「そうです、庭一面の雪で太陽の光があまりにも眩しくて、わたしは目を閉じてしまったのです。そしてその瞬間に、わたしの腕の中から彼女は消えていなくなりました」
「その時、何か変わったことは無かった?」
ロミの言葉に、トニーはしばらく記憶を辿ってみた。
「変わった事と言えば、小鳥の群れが彼女を包んでいたことでしょうか」
「小鳥の群れ?、それはどんな小鳥」
「とても小さく、まるで綿を丸めたような、そうだ尻尾の長い小鳥でしたとても可愛くて綺麗な」
トニーの説明に、ロミは納得がいったように皆に言った。
「冬の寒い時期に群れを作って飛ぶ可愛い小鳥といえば、日本で言うエナガだと思うわ」
真梨花が、高知の家の庭にも冬になるとたくさん山から下りて来て、とても綺麗だと言った。
「そうね、エナガは雪の妖精とも呼ばれている美しい小鳥だわ。但し、ニューヨークには居ないはず、このあたりにはエナガ、英語ではロングテールと呼ばれているのだけれど、アメリカに住んでいるのは尻尾が少し短い亜種で、トニーが見たエナガはたぶんアイルランドのロングテールだと思うわ」
「やっぱりミドリの言うとおり、ガーティーはアイルランドに行ったのね、だからアイルランドの妖精や精霊たちが騒いでいるのだわ、いったい誰が誘拐したのかしら」
そう言ってロミは一同を見渡したあと、博士に向かって提案した。
「パパ、ミドリからの伝言は手分けして調査をするように、ということだったけれど、きっとミドリはこの事までは知らかったのだと思うの。私たちはまず、アイルランドへ行ってガーティーを探しだす方が先だと思うの。南極大陸の調査については、その後でも構わないと私は思うのだけれど、どうかしら」
「うむ、そうだね、南極大陸の亡霊については100年200年を遡る話だ、無理に急ぐことはないだろう、トニー、君はどう思うかね」博士はトニーに尋ねた。
「はい、わたしもロミの言うとおりだと思います」
トニーはガートルードに会えると思うと、少しほっとしたような表情で、提案に同意した。
「パパそしてみんな、私は今からミドリと話をしてみるわ、今夜は満月だしちょうど今頃、日本とここの中間くらいに満月は居ると思うの、うまく私の力が戻っていれば日本までエンパシーが届くと思うわ、まずはミドリに思念を送ってみるわ」
ロミは暖炉の前に移動し、燃え盛る炎に向かって正座をした。
トニーと真梨花もその後に続き、ロミの背後に座り蓮華座を組み、目を閉じた。
博士はどうしたものかと戸惑ったが、ジェーンが同じように座り正座をしたのを見て、とりあえずその隣に座って胡坐をかいてみた。そして、博士も目を閉じた。
ロミは腹式呼吸をしながら、心の中で闇の空間をつくった。
ゆっくりと呼吸をしてその空間を上下に伸ばし、左右に広げ、一呼吸ごとにその領域を拡げていった。そして闇の空間のイメージの上方に遠い満月を捉えると、閉じた瞼の中で黄金色に輝く心眼を開いた。
黄金色に輝く心眼は満月を引き寄せ、祈るとともに膨らみ、それは明るく輝く紅月となった。
ロミは、巨大になった輝く紅月に向かって、弓を引くイメージで光の矢を放った。
放たれた光の矢は、瞬時に紅に輝く満月を貫いてゆき、弧を描いて日本の上空に降り、イズモの森の社の奥の院に届いた。
光の矢を受け取ったミドリは同じく、深淵を見透すほどの鋭い心眼を開いて応えた。
――ロミ、よくやりました、お帰りなさい。
――ありがとうミドリ。
――今の会話はすべて、真梨花を通して私にも聞こえました、ロミの言うとおりだと思います。そしてロミのエンパシーは今、とても強く感じられています。今朝の南極大陸での悲しき魂との触れ合いは、きっとあなたの神様も、そのことを歓迎していたのかも知れません。ガーティーを救出したら、次は彼らを解放してあげましょうね
ロミはミドリの言葉に勇気づけられたと思い、感謝のエンパシーで応えた。
――明日、準備が整い次第ガーティーに会いに行きたいわ、ミドリ。
――そうしなさい、マリオを通じてロバーツさんにはもうお願いしてあります。トニー、真梨花、あなたたちも一緒に基地へ行ってください、超音速機アタッカーを使えることになっています。
――スライゴーの空港はローカル空港で滑走路は短いですが、アタッカーは着陸できるそうです。ニューヨークから1時間程度で到着するそうですから、きっと明日中には答えが見つかると思います。到着したらロミ、またエンパシーを送ってください、新しい情報があればお伝えします。
――それから、スライゴーの空港でフレッドが出迎えると思います。彼は休暇で先祖の墓のあるアラン島にいました。今日のうちにスライゴーに入っているはずです。
――それから真梨花、あなたもこの会話が聞こえていると思います。
――ええミドリさん、私にもよく聞こえています。
――あなたはマリオの再生のときに、教授や七人の超能力者から受けた思念によって、精霊の力を伝えることが出来るようになりました。
――今日のテレポートもあなただから出来たこと、ロミとトニーと行動するのは、あなたのその力、精霊のエンパシーを集める力、これは妖精の女王ガートルード、ガーティーと同種の能力ではないかと思います。今回のことではガーティーをあてにすることは出来ません、だから、ロミにとってあなたの力が必要なのです。
――はい、ミドリさん私も頑張ります。
――それから、博士とジェーン、お二人は研究所でしっかりと見守っていてください。あなたたちはロミの父であり、トニーと真梨花の姉妹なのですから。私はこのイズモから皆さんの支援をさせていただきます。
――ロミ、ガーティーを守ってね、そしてトニーを助けてあげてね。
――ミドリ、ありがとう、私たち頑張るわ。
――そうよ、その調子でお願いね、では、おやすみなさい。
ミドリとの思念の会話が終わると、博士は大きく息を吸い込み姿勢を崩した。
「驚いた、今の声、わたしにも聞こえたよ。なんと、こうやって君たちは会話をしていたのか、ジェーン君は大丈夫かね」
「ええ、大丈夫よ。博士、こう言う時はあなたいつも言うじゃない、たまげた!って」
ジェーンの一言で、リビングの一同はようやく緊張が解けた。
「さあ、みんな明日はアイルランドよ、頑張りましょうね」
ロミは声に出してトニー、真梨花、ジェーン、そして父博士を笑顔のエンパシーで癒した。
次項 Ⅱ-10につづく


