イーユン・リーの「独りでいるより優しくて」を読んだ! | とんとん・にっき

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イーユン・リーの「独りでいるより優しくて」(河出書房新社:2015年7月30日初版発行)を読みました。

 

イーユン・リーの「理由のない場所」を読んだとき、以下のように書きました。

実は「理由のない場所」の前に、「独りでいるより優しくて」(河出書房新社:2015年7月30日初版発行)があるので、本来であればこちらを先に読むべきだったのに、購入してあるのになぜか、読まれずに過ぎてしまいました。なにをおいても、次はこれを読むべきですね。

 

ということで、順番が回ってきたわけですが、それがそう簡単ではない。出てくる場所や人や時代が、とんでもなく込み入っていて、そもそもない頭では簡単には理解できません。370ページほどの長編、一時はブログに書くのを放棄しようかと真剣に思いました。

 

本の帯には、以下のようにあります。

一人の女子大生が毒を飲んだ。

自殺か、他殺か、あるいは事故なのか。

事件に関わった当時高校生の三人の若者は、その後の長い人生を毒に少しずつ冒されるように壊されていく――

 

泊陽(ボーヤン)はこれまで、人は深い悲しみを知ると凡庸でなくなると思っていた。しかし火葬場の控室はよそと変わらないところだった。

 

イーユン・リーの「独りでいるより優しくて」は、被害者の女性を荼毘に付すところから始まります。

 

この本の「書評」は僕の手に負えないので、以下、篠原ゆりこの「訳者あとがき」に多くを負っています。

 

小説の核となるのは、ある毒混入事件です。1989年の晩秋、北京で若い女性が何者かに毒を盛られます。この女性・小艾(シャオアイ) は一命こそ取りとめるが、脳に深刻な後遺症を抱えて、以後21年も病院で過ごして生涯を閉じます。

 

彼女は毒を盛られたのか。それとも自殺か。毒は大学の化学研究室から盗まれたもの。事件に関わったと思われるのは、いずれも16歳の3人の高校生たち、泊陽(ボーヤン)という少年と、如玉(ルーユイ)と黙然(モーラン)という少女でした。この3人の誰かが犯人と思われるのですが、結局、事件は迷宮入りになります。それをきっかけに親しかった3人はばらばらになってしまいます。それから21年の月日が経ち、毒に脳や体を冒され再起不能となっていた小艾は、ついに亡くなります。

 

その頃、すでに30代後半になっていた3人は、それぞれ心に過去の重荷を抱え、孤独の中で誰とも心を深く通わすことができず、家庭を築くこともできなくなっています。

 

泊陽はビジネスで成功しながらも、あまり夢や情熱はないうえに空虚な人間関係しか築けず、如玉はアメリカに渡り、懸命に何かを取り組むことはせず、自分の世界に誰も踏み込ませようとしない。黙然もアメリカに移住し、労力のいらない仕事をやりながら、人と深く関わらず、家族を持たないことに決める。3人ともすでに離婚を経験しています。

 

特に黙然は、事件の前と後で人格が変わったと思えるほど、外界に対する態度が変わってしまう。事件があってから、彼女は他者との距離を置くことを癒しにしているようにさえ見える。しかし、それは「隔離状態」、まるで感染症の病にでもかかったようだ。独り身を選んだことは、決して冷淡になったことを意味しない。他人の世間話の受け皿になり、同僚と気さくに接し、ボランティア活動に参加し、元夫と毎年食事もしている。でも常に相手と一定の距離を置いている。そして淋しいときは架空の人々の心を覗き込む。

 

しかし本人にとってその心的状態の厳しさは、心のよりどころである元夫が死に直面するにあたって、限度を超えてしまう。そのとき、他者とできるだけ深い関係を持たないようにしていた彼女は、人生の一部を彼に捧げる決意をする。優しいはずだった独り身の暮らしだが、現実にはそれ以上の何かがあるはずであり、それはもっと大切なものだった。つまりリーが言うように、「他者との真のつながり――それが独りの状態より優しい」のである。こうして、題名の持つ意味が見えてくる。

 

泊陽たちの虚しい内面が、生ける屍のごとき小艾と表裏一体であるならば、彼女の死が3人にもたらす変化は、他者への優しさという漂白された道徳に還元できないはずです。彼らの心理は、最後まで希望と諦観のあいだを微妙に揺れ動いています。

 

未解決事件が与える疑心暗鬼の状態、人々が自身を隔離状態に置いて、生きるとはどういうことなのか、読者がさまざまな立場から思い描けるように、この作品は書かれているように思います。

 

インド系作家のサルマン・ラシュディは、以下のように言う。

イーユン・リーの文章はうわべは静謐のように見えるが、実は主人公たちの悲しみ、痛み、悲劇をたたえている。三人それぞれが過去の記憶によって、ある種の壊れた孤立状態に追い込まれる。リーの描く登場人物たちは荒涼とした美しさを帯びており、彼らの運命に、そして毒を盛られた女性をめぐる謎に、読者は感情を揺り動かされてしまう。それは三人全員の生き方を決定づけた、というより、歪ませたかもしれない犯罪だ。非常に優れた小説だ。

 

イーユン・リー :
1972年、北京生まれ。北京大学に入学し、生物学を専攻。卒業後の1996年にアメリカに留学し、アイオワ大学大学院で免疫学を研究していたが、進路を変更し同大学院の創作科に編入。子育てをしながら英語で執筆するようになる。2005年に短編集「千年の祈り」を刊行し、フランク・オコナー国際短編賞、PEN/ヘミングウェイ賞、ガーディアン新人賞などを受賞。続いて2009年、初の長編「さすらう者たち」を発表。2010年には「ニューヨーカー」誌上で、注目の若手作家「四十歳以下の二十人」の一人に選ばれ、また「天才賞」と呼ばれるマッカーサー・フェローシップの対象者にも選ばれた。同年、短編集「黄金の少年、エメラルドの少女」を刊行。さらに2011年に絵本The Story of Gilgamesh、2014年に「独りでいるより優しくて」、2017年には初のエッセイ集Dear Friend ,from My Life I Write to You in Your Lifeを刊行し、いずれも高い評価を受けた。現在、プリンストン大学で創作を教えながら、執筆を続けている。夫と二人の息子とともに、カリフォルニア州オークランドに暮らす。

篠森 ゆりこ :
翻訳家。訳書に、イーユン・リー「千年の祈り」「さすらう者たち」「黄金の少年、エメラルドの少女」「独りでいるより優しくて」、クリス・アンダーソン「ロングテール」、サム・ゴズリング「スヌープ!」など。

 

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