原風景 八幡橋(弾正橋)! | とんとん・にっき

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「140年目の夏」

東京・深川の富岡八幡宮近くに「八幡橋」という赤い橋がある。元は1878年、旧京橋区椛(もみじ)川に架けられた「弾正橋」で文明開化の象徴的な存在だった。1929年、ここに運ばれ、八幡堀を渡る端に転用され、現在の名に変わった。今はその堀も埋めたてられて陸橋となり、140年目の夏を迎えている。

交通 東京都江東区 東京メトロ東西線、都営大江戸線門前仲町より徒歩10分

朝日新聞:2017年7月26日


写真家・丸田祥三さんが、「朝日新聞」水曜の夕刊に、懐かしい風景写真『幻風景』を連載しています。その『幻風景』を纏めた本『東京幻風景』も発売になっています。上の切り抜き画像は、たまたま僕も見て気に入っていた「赤い鉄の橋」です。観に行ったこの橋を、ブログにアップしています。

重要文化財・旧弾正橋(八幡橋)を観た!


国指定重要文化財(建造物)

旧弾正橋(八幡橋)

富岡1-19~富岡2-7

昭和52年6月27日指定

八幡橋は、東京市で最初に架けられた鉄橋である。長さ15.2m、幅2m、単径間アーチ橋の形式をとる。アーチは鋳鉄製で5本の直材をつなぎ、その他の引張材は錬鉄製の鋳鉄混合の橋である。もとは、京橋区(中央区)の楓川に架けられていたものである。経緯については、「八幡橋新橋来歴」に詳しく記されている。この橋は明治11年(1878)、東京府の依頼により工部省赤羽製作所で製造された。はじめは弾正橋と称していたが、大正2年(1913)の市区改正により新しい弾正橋が架けられたため、元弾正橋と改称された。さらに、関東大震災後の帝都復興計画により廃橋となり、昭和4年(1929)、現在地に移設された。富岡八幡宮の東隣りであるため、名称も八幡橋と改められた。現存する鉄橋としては最古に属するものであり、また、菊の紋章のある橋としても有名である。鋳鉄橋から錬鉄橋に至る過渡期の鉄橋として、近代橋梁史上貴重なものであるとともに、独特な構造手法を用いて施行してあり、技術史の上でも価値の高い橋である。

江東区教育委員会


以下、撮影tonton

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菊の御紋が見えます。

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以下「日本の橋―その物語・意匠・技術―」より

五十畑弘著「日本の橋 その物語・意匠・技術」が届いた!


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八幡橋(弾正橋、重要文化財)

1878(明治11)年に工部省赤羽工作分局で制作されたポーストリングトラスの錬鉄橋。幅員を狭め、床版等を改造して移設された。


「八幡橋」(ウィキペディア)


genf 「東京原風景」

著者:丸田祥三

発行:2014年3月28日

発行所:実業之日本社


「ご近所絶景」を探しに行こう!
私たちのすぐ近くに潜む、「幻かと見まがう風景」。それは、いつも歩いている道かもしれませんし、電車に小一時間乗って出かけた先かもしれません。ふだん、それに気づいていなかったものでも「そういう目」で見れば、たちまち不思議な風景に変わります。本書に掲載されているのは、写真家・丸田祥三が見いだした、日常の別アングルです。「うちの近所にこんなものがあったのか! 」と驚く方も多いと思いでしょう。そうした風景を、都心のものから郊外のものまで地図とあわせて掲載しているので、カメラ好き、お散歩好きの方には東京周辺のよきガイドブックにもなります。本書で視点を鍛えたら、カメラを持って歩いてみましょう。きっと、あなただけの「ご近所絶景」に出会えるはずです。


hashi2 シリーズ・ニッポン再発見⑤

日本の橋―その物語・意匠・技術―

2016年12月20日 初版第1刷発行