川上弘美の「大きな鳥にさらわれないよう」を読んだ! | とんとん・にっき

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川上弘美の「大きな鳥にさらわれないよう」(講談社:2016年4月22日第1刷発行)を読みました。 川上弘美の小説はよく読んでいますが、最近読んだのは、2014年9月発行の「水声(すいせい)」以来ですから、約1年8か月ぶりのことです。


目次を見ると14項目が並んでいます。「形見」「水仙」「緑の庭」「踊る子供」・・・というふうに。一見別々の物語の短篇集と思いきや、どこかですべてつながっていて、全体で一つの小説になっている、という構成になっています。初出は、ほとんどが「群像」(2014年5月号から2016年1月号)に掲載されたもので、「形見」のみ「恋愛小説集日本作家編」(岸本佐知子編)に所収されたものです。


僕が興味を持ったのは、本の帯にある筒井康隆のコメントでした。「僅かな継承によって精緻に描かれてゆく人類未来史。ファンタジイでありながらシリアスで懐かしい物語たち。これは作者の壮大な核である。うちのめされました。」とあります。その下には「滅びゆく世界の、かすかな光を求めて――傑作長編小説!」とあります。筒井康隆が「うちのめされました」というからには、ぜひとも読んでみたい、そう思うようになりました。


講談社のホームページには、以下のようにあります。
遠く遙かな未来、滅亡の危機に瀕した人類は、「母」のもと小さなグループに分かれて暮らしていた。異なるグループの人間が交雑したときに、新しい遺伝子を持つ人間──いわば進化する可能性のある人間の誕生を願って。彼らは、進化を期待し、それによって種の存続を目指したのだった。しかし、それは、本当に人類が選びとった世界だったのだろうか?絶望的ながら、どこかなつかしく牧歌的な未来世界。かすかな光を希求する人間の行く末を暗示した川上弘美の「新しい神話」。


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2011年の東日本大震災以降、川上弘美の書く小説はあきらかに変化してきました。それまでは、ダメ男とダメ女の恋愛で、しかもそれが不調に終わる、という小説がほとんどでした。「神様2011」は、地震が起きてすぐに1998年の「神様」をもとに書き足したものでした。


今回の「大きな鳥にさらわれないよう」は、いままでとは全く異なった徹底ぶりです。早い話が「SF」もの、つまり「サイエンス・フィクション」です。それにミステリー小説のような要素も入れ込んでいます。しかも核にあたって最も影響を受けたのは「平成仮面ライダー」シリーズだというから、驚きです。


最も特徴的なのは、登場人物の名前です。「形見」の行子や千明はまだいい。「水仙」では私と髪の長い私。「緑の庭」ではリエンとホウ、そしてクワン。極めつきは「みずうみ」に出てくる数字だけの名前。15の8とか、兄たちは15の3、15の5、15の6、姉は15の4、15の7。他に22の3とか22の4、ヤコブとイアンもいました。


国が消滅した近未来、子供たちはクローン技術を用いて作られ、女たちは何十人もの子供を育てます。どの章も描かれる時代の集団も異なりますが、その集団にも「見守り」という監視者がいます。また「母」という庇護者がいます。読み進めるうちに、滅亡に瀕した人類が、いくつかの集団に分かれて再起を目指す大きな物語であることがわかってきます。


終わり近くの章「運命」は、大学で生物学を学んだ川上弘美の真骨頂です。情報処理能力が人間にごく近い人工知能を作る技術を可能にしたこと。人工知能の性能が人間の脳を越えてゆくのは必然と思われていたこと。しかし、人間がもつ保守性が人間以上の知能を持つ人工知能の開発をさまたげてきたこと。人間が恐れたのは、人工知能の能力が人間をはるかに超えてしまい、その結果人工知能が人間社会を支配する、という可能性です。すなわち「暴走した人工知能は人間を破滅させる」ことになるからです。


リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」を思い出しました。レプリカントたちは4年の寿命しか許されていません。与えられた寿命が過ぎれば、肉体は自動的に生物学的自己破壊が起こるように設計されていました。ブレードランナー=デッカードとレプリカント=レイチェルの恋を。そしてカズオ・イシグロの最近の著作、「忘れられた巨人」にも共通する何かがあるように思いました。


川上 弘美:
1958年生まれ。96年「蛇を踏む」で芥川賞、99年『神様』でドゥマゴ文学賞と紫式部文学賞、2000年『溺レる』で伊藤整文学賞と女流文学賞、01年『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞、07年『真鶴』で芸術選奨、15年『水声』で読売文学賞を受賞。ほかの作品に『風花』『どこから行っても遠い町』『神様2011』『七夜物語』『なめらかで熱くて甘苦しくて』『水声』などがある。


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朝日新聞:2016年5月29日

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