五十嵐太郎の「日本建築入門―近代と伝統」を読んだ! | とんとん・にっき

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五十嵐太郎の「日本建築入門―近代と伝統」(ちくま新書:2016年4月10日第1刷発行)を読みました。直接のきっかけは、まいちいさんのブログにこの本が紹介されていたからですが、もちろんこの本のことは知ってはいました。

日本建築入門@ちくま新書


五十嵐太郎は、若手の建築評論家で、最近では最も多く建築の著作を出している気鋭の論客です。が、しかし、僕はこの人のことはあまり好きではないので、読むのはほとんど避けていました。 2006年12月に「現代建築に関する16章」というのを読んでいますが、その本のどこかが気に入らなかったのでしょう。

「現代建築に関する16章」を読んだ!


「日本建築入門―近代と伝統」、五十嵐が「あとがき」で、「本書において通奏低音のように流れているのは、日本的なものをめぐって、帝冠様式なるものの台頭とそれへの抵抗というモチーフだろう」と書いてはいますが、いままでも嫌というほどこれら問題は議論しつくされてきたように、「いまさら」の感があります。ぼくらの年代では知っている事柄がほとんどですが、とはいえ、いままでの議論になった事柄を、よくぞここまで調べ上げたということについては、おおいに評価しています。


筑摩書房の「本の内容」には、以下のようにあります。

近代の日本建築には、「日本という国への意識」が脈々と流れている。つまり、日本の建築を見れば、「日本的なるものとは何か」というアイデンティティの問いと対峙することにもなる。オリンピック競技場、万博パヴィリオン、国会議事堂、皇居など、海外からも注目を集める国家規模のプロジェクトが計画されるたび、伊勢神宮、桂離宮などの伝統建築が再検討され、議論が重ねられてきた。本書では、建築史・建築批評の第一人者が日本のシンボリックな有名建築をとりあげ、それらの議論を詳細に追う。日本のナショナリズムとモダニズムの相克がいま蘇る!


目次

序論―なぜ建築と日本が結びつくのか
第1章 オリンピック
第2章 万博
第3章 屋根
第4章 メタボリズム
第5章 民衆
第6章 岡本太郎
第7章 原爆
第8章 戦争
第9章 皇居・宮殿
第10章 国会議事堂


五十嵐太郎:

1967年、パリ生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院修了。工学博士。中部大学工学部建築学科助教授を経て、東北大学大学院工学研究科准教授。専門、建築史・建築批評。主著に、『戦争と建築』(晶文社)、『見えない震災』(みすず書房、編著)、『過防備都市』『美しい都市・醜い都市』(中公新書ラクレ)、『読んで旅する世界の名建築』(光文社新書)、『ビルディングタイプの解剖学』(王国社、共著)、『現代建築に関する16章』(講談社現代新書)など多数がある。