田中伸弥の「共喰い」を読んだ! | とんとん・にっき

田中伸弥の「共喰い」を読んだ!

とんとん・にっき-aku2


田中慎弥の芥川賞受賞作「共喰い」(集英社:2012年1月30日第1刷発行)を読みました。発売前からアマゾンに予約していたので、届いたのが1月28日 、その日のうちに読み終わりました。「共喰い」の装画は、野見山暁治の「誰もいない」(1995年)です。


田中慎弥の略歴は、以下の通り。1972年山口県生まれ。山口県立下関中央工業高校卒業。2005年「冷たい水の羊」で第37回新潮新人賞受賞。2008年「蛹」により第34回川端康成文学賞を受賞、同年に「蛹」を収録した作品集「切れた鎖」で第21回三島由紀夫賞受賞。他の著書に「図書準備室」「神様のいない日本シリーズ」「犬と鴉」がある。「共喰い」で第146回(平成23年度下半期)芥川龍之介賞を受賞。


「共喰い」は、わずか70ページに満たない短篇作品です。昭和63年の7月、17歳の誕生日を迎えた篠垣遠馬はその日の授業が終わってから、自宅には戻らず、一つ年上で別の高校に通う会田千種の家に直行した。といっても2人とも、川辺と呼ばれる同じ地域に住んでいて、家は歩いて3分も離れていない。と始まります。


千種の両親は早ければ6時前に帰ってくる。誕生日記念のセックスはいつも通りの慌ただしいものだった。お互いにとって初めてのセックスは、夏休み前の遠馬の誕生日まで取っておこうという約束を当然破り、今日が何度目かもうわからなくなっていた。「しよる間は思いよらんけど、終わってみたら、親父と俺、やっぱりおんなじなんやなあって。とにかくやるのが好きなだけなんやなあって」と言うと、千種は「馬あ君は殴ったりせんわあね」と言う。遠馬は「殴ってから気がついても遅いやろうがっちゃ」と答えます。


幅が10メートルほどの川、潮が引いて川底が見える。川は満ちてくる海と混じり合い、夏場は激しいにおいが来る。川沿いの魚屋には黒い前かけ姿の母親の仁子さんが魚をおろしている。川を挟んで魚屋の斜め向かいの、アパートの角には、薄い服を着た40くらいの女が、地面に直接腰を下ろして、男を待っているように見える。親父の女です。


遠馬の産みの母親は仁子さんで、いま父の円と遠馬と一緒に住んでいるのは、琴子さんという人です。60近い魚屋の仁子さんの右腕の手首から先は、戦争中、空襲に遭って失った。魚屋に住み込んで働き、そのまま居着いてしまった。10歳も年下の円とは、夏祭りがきっかけでつき合うようになり、結婚した。だが、円は女に関していろいろある男であること、セックスの時、殴りつけることを知ります。


遠馬が生まれて1年も経つとまた殴り始めたので、籍は抜かずに篠垣の家を出て、前の店主から譲り受けた魚屋で一人暮らしを始めた。息子を連れてゆかなかった理由は、「あんたはあの男の種じゃけえね」という簡単なものだった。その時仁子さんは遠馬の弟か妹を腹に入れていたが、生まなかった。「あの男の子どもはあんた一人で十分じゃけえ、病院で引っ掻き出してもろうたんよ」と言った。


海に近い飲み屋街の店に勤めている琴子さんは、1年ほど前に篠垣の家に住むようになった。美人ではないが胸と尻が大きく、35という年の割には肌が若かった。飲み屋が好きな父が通い詰めて口説いた。琴子さんの頬や目の周りには時々痣ができた。なんで別れんの、親父が怖いけえ?と訊くと、うちの体がええんで、殴ったらもっとようなるんて、と笑った。琴子さんが来てからも、父は外へ出かけ、アパートの角に座り込む女とは続いています。


朝の5時、1階からの気配で目を覚ますと、父が帰ってきていた。階段の上から豆電球のともっている座敷を覗く。見るのは初めてではない。大きくて厚みのある琴子さんに小柄な父が埋め込まれ、その肉のかたまりが、止まることなく動いている。父は呻きを短く漏らし、琴子さんは吐息を大きく吹き上げる。やがて父は琴子さんの髪を掴み、反対の手で頬を張り、両手を首にかけて絞め上げます。


川が女の割れ目だと言ったのは父だった。「なんが割れ目か。川なんかどうでもええ。こういうところで生きとるうちは何やっても駄目やけ。どんだけ頑張って生きとっても、最終的にはなんもかんも川に吸い取られる気ィする」と言うと、千種は「ちょっと、勘違いせんでよ。馬あ君は川やないで、うちの中にちゃんと入ってくれるやんけ」と言う。「ほやけどそれ、親父とおんなじちゅうことやろ。やることしか能がない。こんな川の傍やけ、そういう楽しみしかないんじゃっちゃ」と遠馬はつぶやきます。


夏休みに入って初めて鰻釣りに行きます。魚を捌いた後の骨や皮を仁子さんが直接川に捨てるので、魚屋の前に鰻が集まります。遠馬は最近になって、下水が流れ込む川で釣った鰻を父が食べるのを、不潔で危ないことだと思うようになります。仁子さんは、右腕の先に布巾を巻きつけ、その上から義手をつけています。鰻を捌くときは、滑らないように剥出しになったステンレスの爪で押さえつけます。ちょっと見には痛々しい一種の機械と呼べそうなこの右手は、病院で勧められた手に似せた義手では仕事に不都合だと、父が小さな町工場に頼んで作らせたものでした。


遠馬は、2本の竿を持って表へ出、片方の竿には釣具屋で買った鰻用の針をつけ、もう片方は父の言ったとおり釘針にした。鈴が鳴ったので外へ出てみると、釘針の方で、鰻がここまでしっかりかかったのは初めてでした。「訊いてええ? 父さん、ここに泊まる時、やっぱり、殴るん?」と訊くと、「泊まるっちゅうことはのうなった。もう女やのうなっとる女、どうこうする気もないんじゃろういね。うちと違うて、琴子さんはやられよるんじゃろう」、そして「相手がちゃんと女じゃったら、あいつは。ああいうことせんと、男にならんそよ」と、仁子さんは言う。


家に帰り、風呂場で水を浴び、性器を握る。急激に硬くなり、千種と琴子さんが恐ろしい速度で入れ替わり、混じり合う。充満する血が編み目になって広がり、いきり立つところを押さえつけ、父に首を絞められる琴子さんが目の前に現れて、終わりだった。飛び散った灰白色の滴が溶けて、排水溝に集まり、川へ流れ込んでいきます。


「琴子さん、妊娠したんてよ」と仁子さんに言うと、「ほしたら琴子さんも暫くの間は、やられんですむわ」と言い、「琴子さんに小さいのができたら、あんたはどうするつもりかね。家から出て行け言われたら」と問い返されます。家に帰ると、琴子さんは「出てくことにしたんよ」と言う。「親父が一番ばかやけど、琴子さんと仁子さんもばかやなって、ずっと思いよった。女、殴るような男と、どうしてって。ほやけどばかやないよ。逃げる気になったんやんけ。親父、止めきらんかった俺の方が親父と同じくらいばかやった」。「どんだけいやなことあってもよ、馬あ君、自分と、自分の親のこと、ばかって言うの、ようないよ」と琴子さんは言います。


アパートの前まで来て始めて、本当に目指してきたのかどうかわからなくなった遠馬は、自分の意志で立ち止まります。女は「はい」と腰を上げ、遠馬の手を取り、鉄の階段を登っていきます。自分のしていることがますます信じられなくなります。女を裸にし、肉を掴むと、掌に白いものがつきます。父のお古だと思う。においは女の体から強く迫ってくる。肉だと思った途端に、性器が反応する。女は自分の方から腰を浮かせ、迎え入れる恰好を見せます。遠馬は右腕を振り上げると、女の頬へ平手を繰り返し打ち下ろします。女の髪を掴んで頭を激しくねじります。女の頭皮に爪を立てると腰がいっそう固く漲り、金槌で叩かれるように射精します。女が父のお古なら、自分自身は一番新しい父だと感じます。


千種とは、一度首を絞めたこともあって、ずっと会っていない。祭は2日に分かれていて、2日目ははじめから終わりまで、高校生以上の大人だけの、手足の動きが複雑な大人踊りになります。踊りは一度途切れて、花火が打ち上げられ、そのあと再開される踊りは真夜中まで続きます。父と仁子さんが知り合ったのもこの踊りの最中です。祭当日に向け、本番と同じ社の境内に小学生達が集まって、踊りの練習があります。遠馬は行くつもりはなかったが、子どもたちが踊りを教えてと呼びに来たので、社の石段を上がっていった。


社の真裏に出ると、千種が立っていました。「馬あ君、彼女、放っといたらいけんわあね」と、坊主頭の5年生が言って、社の表の方へ走ってゆきます。「お前、俺に何されたか覚えちょるやろうが」と言うと、「今度やったら殺す。それでええやろ」と千種は言います。「俺、絶対、またやるんぞ。あの親父の息子なんぞ」、そう言った声が父に似ている気がして怖くなります。アパートの女で知ってしまった以上、殴って、首を絞める。千種とセックスして殴らない自信が、おかしいほどありません。


下駄の音を響かせて父が戻ってきます。「のお遠馬、お前こないだ、アパートで、雨宿り、やったんじゃろが、わしは、言うちょくけえの、ちょっとも怒っちょりゃせんけえの。どんどんやったらええ。どうじゃった、ああ? 一回やってしもうから、やめよう思うても無理ぞ」と、父は言います。「まだなんも知らんやろ。琴子さん、もう戻ってこんぞ」と言ってから、父の顔を暫く見つめます。琴子さんが逃げたことを話したのは、何も知らない父に本当のことを、自分の口で言いたかったからだが、原の子どもと自分の意志だけで川辺から簡単に抜け出した琴子さんがうらやましかったからでもあると、後でわかります。


玄関の方に気配がして、子どもたちが飛び込んできます。誰ともなく泣き声で、「馬あ君、お社、お社」「馬あ君、お父さんが」「千種ちゃんが」「ごめえん。止められんかったんよお」と、子どもたちは言う。子どもたちの横をすり抜け、川のようになった道を、一歩一歩を重たく引き抜きながら、お社の境内へと走ります。ここからあと10ページ、思いもかけない展開が起こり、そして、驚くべき結末が控えています。


が、しかし、中上健次の描く父と息子の物語とも通い合う、なんとなく既視感がある作品です。父と女たちと暴力と生を描いた、言うなれば純文学の王道を走る物語です。朝日新聞によると、選考会では早々に決まったという。黒井千次選考委員は「テーマは珍しくないが、月並みにならず強烈に書けるのは、描く対象の選び方であり、やむを得ず出てきたものに力があった」と、高い評価だったという。


過去の関連記事:

芥川賞に円城塔さん・田中慎弥さん 直木賞に葉室麟さん