千葉美術館で「江戸浮世絵巻」展を観た! | とんとん・にっき

千葉美術館で「江戸浮世絵巻」展を観た!



千葉市美術館で「パウル・クレー 東洋への夢」展にチケットを買った時に、「同時開催・江戸浮世絵巻」展も観られますよと受付の人に言われました。半ば失望して「クレー」展を観終わった後、下の階へ下りて受付でいただいた「江戸浮世絵巻」展の「出品リスト」を見ると、なんの愛想もないA3版の紙に3ページにわたってビッシリと160もの作品が書いてありました。「クレー」展の付録のようで、なんに期待もしないで観たのですが、その思いは浅はかでした。千葉市美術館の浮世絵コレクションはつとに有名ですが、「江戸浮世絵巻」展と、たださりげなく「クレー」展と同時開催だったので、いやはやこれほどまでとは思いませんでした。


厳密にはただの「浮世絵」ではなく、「錦絵」あり、「墨摺絵」あり、「色紙判摺物」あり、「絹本着色」あり、「絵本」あり、「屏風」あり、全体的にはタイトルにあるように「江戸浮世絵巻物」、総じてその「通史」のように思われました。出展された160点、菱川師宣から始まり、歌川国芳まで、ざっと30数名の作者、リストから数えるのが面倒になるくらいの人数です。全部丹念に観ると、相当な時間がかかります。浮世絵好きの僕には、大変満足できる展覧会でした。北斎の富嶽三十六景「凱風快晴」や「神奈川沖浪裏」、広重の東海道五拾三次之内「庄野」や「蒲原」も出ていましたが、これらの見慣れた名作も、全体からみるとほとんどかすむような感じでした。従って、北斎や広重はここでは取り上げません。


もちろん、最初に出てくるのは菱川師宣、横大判墨摺筆彩の「衝立のかげ」や「酒呑童子 褒賞」でした。素朴な印象を受ける、浮世絵の初期の人だなと感じました。また後期と思われる掛け軸にされている作品、「角田川図」や「天人彩蓮図」は、さらっとした筆づかいで一気に描き上げた見事なものでした。圧巻は六曲一双の「隅田川・上野風俗図屏風」でした。この屏風は、師宣の数少ない屏風絵で、早期の画風を示す作品。何度も大幅な改装を経て、当初の姿が損なわれていると言われています。しかも、春の景色と秋の景色が混じっているものです。春と秋の別々のものを一つにしたとの指摘もあります。が、しかし、並べて観ると圧巻です。








今回僕が着目したのは、「退廃的と評された」と会場に書いてあった渓斎英泉でした。実は僕は最初、気がつかなかったのですが、一緒に観に行った家人に言われて驚きました。大判錦絵3枚続の「姿海老屋楼上之図」と「仮宅の遊女」、片方が「藍摺」だったのでこれは珍しいと思ってみていたのですが、なんと背景は違っていますが同じ錦絵でした。背景が改変された理由は、吉原が全焼した大火に起因しているという。そのため吉原の営業は隅田川べりの仮宅へ移ったので、背景が隅田川の風景になったというわけです。


藍色は「ぺろりん藍」と呼ばれた発色のよい舶来のもので、その当時大流行したそうです。また渓斎英泉の「初夏の雨」と「秋葉常夜灯」は、浮世絵の最大のテーマである「美人画」で、共に三人の美女を配置しています。これに来電国立民族学博物館の「舟宿雪の景」を加えて「三枚続」か、あるいは「初夏の雨」を「夏」、「秋葉常夜灯」を「秋」、「舟宿雪の景」を冬とみれば、未確認の「春?」を加えて「四枚続」の可能性もあるという。この話は、夢があり面白い。








次、「美人画」の名手、喜多川歌麿、美人の上半身を初めて描き始めた人だそうで、例えば「楼上二美人」、「青楼七小町 玉屋内花紫」、あるいは「江戸高名美人木挽町新やしき小伊勢屋おちゑ」、「当時三美人 豊本豊ひな 難波屋きた 高しまひさ」など、どれをとってもレベルの高い安定した絵を描いています。が、それだけではなく、もっと幅広い対象を描いていたので驚きました。それは「潮干のつと」「百千鳥狂歌合」などは、とても歌麿が描いたとは思えませんでした。北斎も幅広い対象を描いていたことで知られていますが、歌麿も同様に凄いと思いました。そうそう忘れていました、この記事の最初と最後の画像、「納涼美人図」と「朝顔を持つ美人」は喜多川歌麿です。







竹林の中でタケノコ狩りを楽しんでいる6人の美人とそれを手伝う禿を描いた歌川豊国の大判錦絵3枚続の「豊広豊国両面十二候 五月」も、素晴らしい。俗世を離れて竹林に住んだという中国の隠士「竹林七賢」の故事になぞらえたものだそうです。鍬を持って手伝う少年は竹林七賢に仕える唐子の姿を置き換えたもの。竹林を透かした向こうに見える屋敷も美しい。美人画ではその他、大判錦絵3枚続の歌川国貞の「神無月顔見せの光景」と、勝川春潮の「日本堤遊歩」をあげておきます。







鈴木春信にもたくさんいいものがありました。数えてみると、18枚も出ていました。そのなかで、秋の夕を詠んだ藤原定家、寂蓮、西行の三首の名歌「三夕」を、3枚続の見立絵とした「見立三夕 西行」、「見立三夕 定家」、そして「三十六歌仙」のシリーズ、つまり36枚の内の一図である「三十六歌仙 紀友則」と、「三十六歌仙 藤原仲文」をあげておきます。





出ました、最後はこれです、歌川国芳の「相馬の古内裏」、動きのあるシーンの描写と大胆な構図に国芳らしさが出ていて、人気の作品です。解剖学的にもかなり正確である生々しい骸骨が御簾を破って大きく半身を乗り出しています。同じような構図での国芳の作品は、例えば「宮本武蔵と巨鯨」や「鬼若丸大緋鯉」が思い出されます。



下は、言わずと知れた「美人画」、窪俊満の代表作である「砧打ち図」と、前にあげた喜多川歌麿の「朝顔を持つ美人」です。窪俊満は僕は初めて知った浮世絵師です。北尾重政らに学び、狂歌や戯作など多方面に活躍した博学多才の人だったという。歌麿の「朝顔を持つ美人」は、華やかな色彩は敢えて用いず、大部分を墨で描き出し、顔に白く塗られた胡粉と、幼児の顔と朝顔にわずかに藍色を加えただけの、「紅嫌い」とも言われた手法だそうです。通常の浮世絵とはまた違った落ち着いた雰囲気です。



司馬江漢や宋紫石の作品は額に入ったり、軸になったりしていました。実は僕が初めて聞く浮世絵師が、かなりの数、いました。例えば、杉村治兵衛、宮川長春、宮川長亀、懐月堂安度、松野親信、磯田湖龍齋、水野蘆朝、西村重長、抱亭五清、魚屋北渓、等々です。まだまだ知らないことが多すぎる、浮世絵は奥が深い。


ポスターもない、チラシもない、「パウル・クレー 東洋への夢」展の添え物のような「同時開催・江戸浮世絵巻」展、160点もの「浮世絵巻」、いや堪能しました。大満足です。さすがは「浮世絵の千葉市美術館」と言われるだけのことはあります。しかし今回の「江戸浮世絵巻」展、あるのはA3版3ページの「出品リスト」だけです。もちろん「図録」もありません。せっかく観たのですから、何とかしたい。帰りにミュージアムショップを覗いてみると、岡山県立美術館が編集・発行した「千葉市美術館所蔵 浮世絵の美展」の図録がありました。手のとって見てみると、160点のうちざっと1/3は出展された作品が載っているんじゃないかと計算し、すかさず購入しました。帰ってから数えてみたら60点ほどが載っていました。解説もしっかりありました。そんなわけで、上の記事がなんとか書けたという次第です。


岡山県立美術館の図録には、鍬形蕙斎(北尾政美)がかなり大きく取り上げられていました。「浮世絵師にして津山藩御用絵師」。今回の「江戸浮世絵巻」展では北尾政美の名で、中判錦絵の「汐汲」と、横小奉書全紙判錦絵の「浮絵仮名手本忠臣蔵 十段目」が出ていました。北斎の対抗馬で、「北斎漫画」は蕙斎の「略画式」の影響を受けているという。岡山出身だから大きく取り上げたのか?その辺のことは僕はわかりませんが。


前にどこかへ書きましたが、2003年夏、今から5年前ですが、「大原美術館所蔵名品展」を観に千葉市美術館へ観に行き、次の日、隈研吾が設計した栃木県の「馬頭広重美術館」(現在は那珂川町馬頭広重美術館)の「建築」を観に行ったところ、なんとそこで開催されていたのが「千葉市美術館所蔵浮世絵名品展」でした。もちろん、千葉市美術館の存在は、大谷幸夫の設計で建てられたことで知っていましたが、浮世絵の所蔵品が多い美術館であることは「馬頭広重美術館」で知ったというわけです。そんな偶然もありました。



千葉市美術館の誇る浮世絵コレクションの版画、版本、肉筆画を駆使して浮世絵の流れをたどります。過去にそれぞれ特別展・企画展(カッコ内は展覧会の開催年)を開催した菱川師宣(2000年)、鈴木春信(2002年)、鳥居清長(2007年)、喜多川歌麿(1995年)、歌川広重(2006年)、歌川国芳(1996年)らの競演をお楽しみください。(以上、千葉市美術館ホームページより)


千葉市美術館(中央区)所蔵の浮世絵コレクションから版画、版本、肉筆画など160点を展示する展覧会「江戸浮世絵巻」が、同館7階展示室で開催されている。21日まで。同館が誇る名品の数々を紹介しながら、過去の浮世絵展を振り返る企画。コレクションのきっかけとなった房総出身の浮世絵の始祖、菱川師宣をはじめ、200点余りを所蔵する渓斎英泉、「富嶽三十六景」で有名な葛飾北斎や「東海道五拾三次」の歌川広重など、名だたる浮世絵師の作品が並ぶ。美人画で有名な喜多川歌麿の作品からは、戦前に重要美術品として指定された「納涼美人図」も登場。(以上、千葉日報より)


「千葉市美術館」ホームページ


過去の関連記事:
千葉市美術館で「パウル・クレー 東洋への夢」展を観た!
千葉市美術館で「大和し美し 川端康成と安田靫彦」展を観た!

千葉市美術館で「芳年・芳幾の錦絵新聞」展を観る!

千葉市美術館で「日本の版画1941-1950」を観た!



とんとん・にっき-tibabi3 「千葉市美術館所蔵・浮世絵の美展」

図録

2008年7月18日発行

編集・発行:岡山県立美術館