千葉市美術館で「パウル・クレー 東洋への夢」展を観た!
テーマ:ゲ~ジュツ見てある記
午前中に千葉県庁で用事を済ませて、向かった先は歩いてすぐそばにある千葉市美術館、なにも調べないで行ったので、なにをやっているのかまったくわからない、ちょうど「パウル・クレー 東洋への夢」展が開催されていました。一通り見終わってから、「あれっ、今日は月曜日だった!」とやっと気がつきました。月曜日でも平気で行ってしまうという無神経さもさることながら、美術館が月曜日でもやっていたとは驚きました。もちろん、六本木にある国立新美術館やサントリー美術館が火曜日休館で、月曜日に開館しているのは知っていましたが、チラシを見直したら、良心的というか、千葉市美術館の休館日は第1月曜日だけでした。事前になにも調べないで行ってしまうというお粗末でした。
「パウル・クレー 東洋への夢」、このタイトルだけではどういうつながりなのか、まったく見当が付きません。パウル・クレー(1879-1940)が、現代絵画の中でどのような位置にある人なのか、僕はほとんど何も知りません。グロピウスに呼ばれて、カンディンスキーと同時期に「バウハウス」に参加し、その絵画造形についての思索の成果は、バウハウス叢書の一冊として刊行された「教育的スケッチブック」(1925年)と、バウハウスでの講義ノートなどをまとめて、彼の死後編纂された「造形思考」(1956年)があるのは知っていますが、読んだことはありません。今までなぜか「クレー展」なるものを観たこともありません。
たぶん、僕の中ではクレーは「理論家」で「抽象画家」といった先入観があったのかも知れません。理論も抽象画も僕は今まで好きではありませんでした。最近、渋谷の文化村でピカソと抱き合わせで「20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代」展を、その前には「ピカソとモディリアーニの時代」展の中でクレーの作品が取り上げられていて、その作品を続けて観る機会がありました。特に「ピカソとクレー」展では、クレーの作品が27点も出されていて、ピカソをしのいでクレー展の様相を呈していました。そのなかでチラシにも使われていた「リズミカルな森のラクダ」(1920年)は、カラフルで動きがあり、美しく楽しくもあり、僕の抽象画の見方を一変させた一枚でした。
さて、今回の「パウル・クレー 東洋への夢」展、クレーは1905年から08年頃に浮世絵をモデルにした作画上の試みをしていた、ということに端を発しています。初期ののクレーは線描による造形を探求していて、北斎漫画など浮世絵を手本としていたのではないかということ、また漢詩の世界に惹かれ、その書架には中国文化の書籍が並んでいたという。クレーと日本や中国文化とのつながりに焦点を当てた展覧会ですが、ひいき目にみれば「そうかもしれない」と思わせるものもありますが、総じてその強引さにはちょっと違和感を持ちました。
当時は東洋趣味や異国情緒は「ジャポニズム」としておおいにもてはやされたもの、ましてやゴッホを持ち出すまでもなく、浮世絵との関連は多くの人の指摘するところでもあります。川上音二郎一座の舞台を観て、貞奴と日本の演劇から強い印象をえたというのもいかがなものか。展示されていたものもラフなデッサンがほとんどで、四角四面で楽しくない、専門家の研究発表会のごとき展覧会でした。強いてあげれば、「中国風の絵」(1923年)と「別れ」(1938年)でしょうか、「そう言われればそうかもしれない」と思わせるものは。ポスターやチラシにもなっている「蛾の踊り」は別の意味で、つまり抽象画として素晴らしいものでした。
以下、千葉市美術館のホームページより
1902年、22歳のクレーは、旅先のフィレンツェでヨーロッパ公演中であった川上音二郎一座の舞台を観て、主演の貞奴と日本の演劇から強い印象を受けました。おそらくこの体験がクレーにとって「日本」と直接的に触れた最初の機会と推測されます。そして続く1905年~08年頃には、浮世絵をモデルにした作画上の試みを数点手掛けています。
クレーは個人コレクターや出版物を介して浮世絵を知る機会をもったようですが、最初期にはフランス印象派、後期印象派の影響を強く受けており、浮世絵の構図を援用したゴッホの作品などからも間接的に日本美術を学んだといわれています。線描による造形を探求していた初期のクレーにとって、北斎漫画の巧みなスケッチが格好の手本となったことは容易に想像されます。20世紀初頭のヨーロッパでは日本や中国の美術を紹介する書籍が相次いで出版されており、後年クレーの書架にも、妻リリーから贈られた中国美術書が並んでいたといいます。またクレーが、漢詩の世界に強く惹かれたことも広く知られています。
本展は、スイス、ベルンにあるパウル・クレー・センターの全面的な協力のもと、これまであまり注目されることのなかったクレーと日本・中国文化との接点に焦点をあてます。線描画家として頭角を現しつつあった初期作品の中に浮世絵からの直接的な影響を確かめるとともに、色彩画家として成熟した中期以降の作品に見られるアジア的なもの(カリグラフィー、省略、シンボルといった要素)にも注目し、パウル・クレーと東アジア文化を結ぶ糸を探り当てます。デッサンや水彩画などクレー自身の作品約95点に加えて、本展に出品されるクレー作品と関連する浮世絵版画も展示します。
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1 ■最終日にいってきました
メインは浮世絵の方だったので、さらりと流しました。
クレーもあの独特のスタイルに落ち着く前に色々悩んで試行錯誤していたなーと言うことがわかって良かったです。
ただ、無理やり日本の文化に結びつける解説は、牽強付会でだんだん不愉快になりましたよ。