昨日一昨日の記事で、

未来の予知はできる、

ということを書きました。

 

予知とはその時点ではまだ起こってない

未来の事柄に対して予め知ることです。

 

では、自分が望まない事故や災難、といったことは

予知できるのでしょうか?

 

ある要素は予知できて、

ある要素は予知できない

というのが答えです。

 

想定外の事故や災難に見舞われたときの

「自分の様子」は予知できます。

でも、外部要因の予知は

現在一般的な個人の能力ではできません。

 

自分の様子が予知できる、ということの意味は

自分が望まない事故や災難、

いわゆる不幸、に遭遇したときの

自分のあり方は、今からでも

自分の意思で決められるということです。

 

望まないことに遭遇したとき、

あなたはどういう自分でありたいですか?

 

泣きわめいて、思い切り悲しみたいですか?

仕方ない、と諦めたいですか?

静かに受け入れたいですか?

苦しみたいですか?

 

どれも、自分が望むなら正解の態度です。

そして、その態度が望んでないことに遭遇したときの

自分の予知になります。

 

人生の中で望んでいることばかりが起こるわけではない、

ということは小学生だってわかります。

知っていることばかりが起こるわけでもありません。

 

 

予想外のことが起こった時

望んでいない出来事や

あるいは望んでいたのに叶わなかった状況に陥った時

どんな自分でいるのかを予知しておくことも

叶えたい未来にいる自分を同じくらい大切です。

 

それによって自分のあり方と同時に人生の軸が決まるからです。

 

どうせなら、苦しむのではなく

チャレンジとして捉えられる自分に

なっておきたいと思いませんか?

 

ありたい自分の姿を

自分が決められるということこそが

誰もが持っている「予知能力」

なんだと思います。

 

この予知能力をより人生プラスになるように

生かすには、不安や不幸は

一体どこからくるものなのを

知っておく必要もあります。

 

未来に対する不安は

「自分がどういう状態になっているかわからない」

から起こる感情です。

 

だったら、自分が物事に常にどういう態度でいるか、

ということを予め決めておくこと。

どういう態度でありたいかまで決められなくても、

「どんな態度でも自分は自分だ」

と、丸ごと受け入れる決意をするだけでも

次第に不安は薄らいできます。

 

不幸はどうでしょうか?

ものすごく達観した高い視点=メタ視点で物事を捉えると

この世に起こることは

ポジティブもネガティブもない

ということになります。

 

火山や地震といった地球の変動は

私たち人間にとっては

怖いし、危険なもの、というネガティブなものになりますが

地球にとってみたら

ある種生命活動の一環、という捉え方もできるのです。

 

天変地異や、事故は人間の本能的には

命を脅かすものなので「不幸」です。

でも、「不幸」という価値観は

地球や自然界には存在しません。

 

出来事を不幸だと決めるのは

人間の価値観や信念、認知なのです。

 

人間がせっせと不幸の芽を育て、

よく育ったとことろで、

自らその蔦の中に入っていき、

絡まって苦しい、苦しいといっているだけなのです。

 

このことに気がつくと「不安」だったり

「不幸」という概念が

自分のから薄れていきます。

 

時間はかかるかもしれませんが

日常の出来事を意識的にメタ視点かつ

常にニュートラルな視点で見る習慣を身につけておくと

感情に揺さぶられること、

怖いと思うこと

不幸や不安にとらわれること

がなくなります。

 

どうせなら、そんな未来の自分の姿を

予知しておきたくないですか?

 

こうなると、実は未来を知っておきたい

という欲望も薄れます。

 

これが今を生きる、ということにもつながってゆくのです。

 

*写真は2015年 ブータンの首都、ティンプーにて