信 頼 | ぼたんのひとりごと

ぼたんのひとりごと

マイケル・ジャクソンについて語る

僕の人生の中でも、この頃は重要な時期でした。というのもダイアナは絵画がとても好きで、絵の良さがわかるようになりなさいと勧めてくれたのです。彼女は時間をさいて、この僕に絵のことを教えてくれました。僕らは毎日のように二人だけで外にでかけては、エンピツや絵の具を買ったものでした。デッサンや絵を描いていないときは美術館に行きました。彼女からミケランジェロや、ドガといった偉大なる芸術家の作品を紹介されて、その時から僕のアートに対する一生の興味が始まったのです。彼女は本当にたくさんのことを教えてくれました。それはとっても新鮮で刺激的でした。寝ても覚めても音楽ばかり、明けても暮れてもリハーサルばかり、それまでの僕の生活とはまるで違ったものでした。




マイケルのダイアナへ対しての信頼は、子供のときからしっかりと根付いていたものなのでしょう。そして成人してもその信頼は揺るがないもの。実の親子でもそこまでの信頼がずっと続くかというと、そうでもない。自分が子供の目線から親を見ていたときから、成長して親の背丈と同じ、追い越すように成長してきたときは、親を一人の人間、大人、として客観的に見るようになる人も多い。





僕らの未来は、不確かなこともいっぱいありました。僕らの音楽、家庭内での力関係、僕らの望みといった仕事上の、そして個人的な数多くの変化を経ている最中だったのです。こういった一連の動きを経験するうちに、僕は、人生を、前よりも真剣に考えるようになってきました。特に同世代の人たちと自分のことについてです。僕はいつだって多くの責任を背負い込んでいたのですが、突然、皆が僕に何かを求めているように感じ始めたのです。



僕は、自分自身に責任を持たねばならず、人に与えられるほどのものはありません。僕は、自分自身の能力を見極め、人々が僕に求めているものは何か、誰にすべてを捧げるか、をはっきりさせなくてはならなくなったのです。また自分の周囲には警戒しなければならない人がいることを知るのもつらいことでした。僕の頭の中では、神が一番上にいて、母と父と兄弟姉妹が、神に続きます。


神の次に、両親、兄弟姉妹、、、これは難しいことでしょうね。マイケルが父母兄弟姉妹と会わなくなった、拒絶したということは余程の理由があったのでしょう。


なぜか僕は愛する家族や周囲の人に『 ノー 』と言えません。何かを頼まれると、自分の手に負えないかも知れないと思っても、引き受けてしまうのです。僕は大変なストレスを背負い、感情的になることがよくありました。ストレスとは恐ろしいものです。自分の感情を長時間にわたって抑えるなんてできません。



ノーと言えない、マイケルはそのことを”パッチズ”という曲にたとえて書いています。ちょうど吉岡さんが訳詞を載せてくださっています。


これらを読むと、マイケルがなぜ、ネバーランドへ引っ越したかがわかるような気がしました。自分を捧げるものは、けっして家族ではなく、と、人々が自分に求めているものを見極めたのかもしれません。




ダイアナは、そんなマイケルの背景や将来を見通していたのかもしれません。そしてマイケルを育てた。人への信頼というのは、時間の長さでは決してなく、それが父母兄弟姉妹、血縁関係だけで、はぐくまれるだけではない、ということは、私たちの周りにもよくあること、シャイなマイケルのダイアナへの信頼は、この映像をみただけでも、とても伝わってきます。


最初30秒ごろと8分ごろ、そして最後のほうにもシャイなマイケルがとても嬉しそうに熱い眼差し、信頼した人へのマイケルの眼差し、この人、ダイアナだけにむける眼差し、、、羨ましい。




you tube の埋め込みコードを”HTML表示”にして貼ったのですが、下書きには映像が出るものの保存が出来ません。禁止タグとなり記事が保存できないようです。調べてみます。何度も更新して申しあけありません。


申し訳ありませんが、you tubeのアドレスを貼ります。

http://youtu.be/PI0QxQgnhko




青字、赤字は、マイケルの自伝より引用