マイケルの自伝から
ダイアナのようなスーパースターがわざわざ時間をさいてまで、小さな子供に絵の手ほどきをしたり、芸術について教えてくれるなんて信じられないかもしれませんが、でも、彼女は本当にそうしてくれたんです。僕はそんな彼女が大好きだったのです。いや、僕は今でも彼女のことを愛しています。本当に彼女に夢中なのです。彼女は僕の母であり、恋人であり、そして姉であり、そうしたすべてが一緒になった驚くべき存在であったのです。
ダイアナと共演した”ウィズ”について
ダイアナの歌、演技、そして、演技は、それ以来ずっと僕の中に焼きついています。
テータム・オニールについては、彼女は僕の初恋の人だ、と書いています。その後に”ダイアナは別として。”と結んでいます。
テータム・オニールが、テーブルの下でマイケルの手を握ったとき、”僕にはとても重大なことでした。””なんといっても最高だった。”
さて、マイケルはダイアナ・ロスにこのような感情はあったのでしょうか?ダイアナの手に触れるどころではなくて、マイケルがダイアナを後ろから抱きしめている写真も掲載されていますが、はたしてそういう場面で異性であるテータムに対するような感情の高ぶりはあったのでしょうか?無いですよね。
僕らは本当に親密な仲になりました。僕は彼女に、そして彼女は僕に恋をし、長い間、とても親しく付き合いました。結局は、良き友達という関係になってしまったのですけれど。今でも時おり、僕たちは話をしますが、彼女は僕の初恋の人だったと思います。ダイアナは別として。
ダイアナ・ロスが結婚すると聞いて、僕は喜びました。彼女が喜びでいっぱいだと思ったからです。とはいえ、僕の知らない男性とダイアナ・ロスが結婚したことに、感きわまったふりをして歩かなければならなかったので、結構つらいものがありました。彼女には幸福になって欲しかったのですが、少しは傷つき、嫉妬したことを認めなければなりませんね。だって僕はずっとダイアナのことを愛していたわけですし、そして、これからも愛していくのでしょうから。
そしてブルック・シールズに話は続きますが、ダイアナ・ロスと同様に異性の手に触れて、ドキドキした、という感情表現はみられません。
ダイアナ・ロスのためにマイケルが曲を書き、プロデュースした曲、”マッスルズ”について。
この曲で、僕は彼女のこれまでの好意に恩返しができて、長年の夢がかなった気持ちです。僕は、いつもダイアナを愛し、尊敬してきたのです。ま、それはともかく”マッスルズ”というのは、僕が飼っている蛇の名前なんですよ。
この文でマイケルのいう”愛している”は、テータムに感じた異性としての感情と同じものでしょうか。違いますよね。14歳の年の差なんて、たいしたことは無い?と私も思いますし、そういうご夫婦も存在するでしょう。が。これは、マイケルからの恩返しの”愛している”と私には感じますし、本当にダイアナの存在が、マイケルの人生の恩人として、尊敬し、愛していたことが私には伝わってきます。
私も小学二年生のときに、転校した学校にステキな男の子がいました。初恋でしょう。そして、自分が思春期になって好きになった男の子も初恋、私にとっての初恋は二つありますが、その”初恋”の種類は、別物、違うものです。
青字はマイケルの自伝 『MOON WALK』 1988年 より引用