グリークラブアルバムの研究 各曲編 (21) からたちの花 (2) | とのとののブログ

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グリークラブアルバムの研究 各曲編

21. からたちの花

 

作詩 北原白秋

作曲 山田耕筰

編曲 林雄一郎

 

 

(1)から続く

 

 はっきりしないので,違う視点から新版を考える。そのためにまず,原曲の歌曲譜について調べてみると,「山田耕筰作品集校訂日誌*」に「からたちの花」には大きく3つの版があると記されている。

  (戦前)

  第一期 : 初版→日本独唱曲集→童謡唱歌名歌曲全集

  第二期 : 山田耕筰歌曲選集→春秋社旧全集版→山田耕筰名歌曲選

  (戦後)

  第三期 : 日本放送出版協会の「山田耕筰名歌曲全集」→第一法規全集版

 

 現在の「春秋社新全集版は第二期のものを底本,音楽之友版は第三期,全音楽譜出版社版は第二期の記述を踏襲」しているとか。どう違うかは後に述べるが,なぜ違うかについては前述の「日本音楽の再発見」にある團伊玖磨の話しが参考になる。

(山田耕筰先生は)日本の歌曲はこう発声しなくてはならないと,自分の作った歌を歌う人は全部うちへつれてきて,自分独特のレッスンをしておられました」

 

 山田耕筰は,これらのレッスンを通じ楽譜にどう記せば自分の意図通りに歌ってくれるかを「学習」したらしい。サイトによれば山田耕筰の考えが最も忠実に最終的に反映されているのは1950年に出版された日本放送出版協会版。

「この全集においては過去二十年に渡る演奏経験と、全国に及ぶ音楽大衆の愛唱によって研磨彫琢された貴重な実例などを考慮に入れて、日本的歌唱法の確立を図るとともに、必要と思われる部分には敢然訂正加筆して、底本的完璧を期した。また日本歌曲演奏に緊要な邦語の発音と発声の問題はもとより、ややもすると等閑に附せられがちな演奏速度、及び曲進行の緩急、声の濃淡強弱、旋律描写の法などを説き、更に作者たる私の欲する緻細に記述して、歌唱者の参考に供することとした」

 

* http://blog.livedoor.jp/hisamatsu1225/archives/51858369.html

 

 自分のイメージ通りになるよう楽譜に加筆し,結果としてこれらの版の相違は音ではなく(伴奏部のごく一部以外に),楽譜に付けられたテンポとアーティキュレーションの違いである。違いをあらっぽくまとめる。

 A. 「4分音符=56」表記が古く,「8分音符♪=72-92」が新しい

 B. アーティキュレーションが多くつけられているほど新しい

 

 このことを頭に入れ,以下に示す林の編曲を2つをみてみる。下図左は,昭和32(1957)の東京コラリアーズ合唱曲集(カワイ楽譜)に収録されたもので,注釈含めグリークラブアルバムと同じ。この旧版は,速度記号もなく,「山田耕筰作品集校訂日誌」に示される歌曲の楽譜と比べてもアーティキュレーションが少ない。林がかなり古い楽譜を参考に編曲した可能性がある(「からたちの花」初版は1925年,最初の編曲は1938年と近い)

 右はその翌年の昭和33年に出版された「合唱文庫8 男声編」(全音楽譜)に収録されたもの。合唱文庫8は,曲末に演奏等のために注釈がつき,また,「帰ろ 帰ろ」が収録されている点からみて,おそらく福永の編集である。こちらには,速度記号が付き,またアーティキュレーションが多い。編曲の音は変わらないが,これがもしかすると福永の言う新版なのだろうか? アーティキュレーションは歌曲の全音楽譜版と同じ。

 

(2019828日 追記)

 ある方に,大正13年の山田耕筰自筆譜の写真を見せていただいた。調がト長調ではなくホ長調で3度低くなっている。

 アーティキュレーションは「合唱文庫8」に近いが,ややシンプルで,「旧版」と似ているとも言える。一方,冒頭近く「白い白い」の一回目の「白い」にはテヌートスタッカートが,「さいたよ」の「いた」にはテヌートがつけられているが,グリークラブアルバムの楽譜では付いていない。つまり,強弱はほぼ初稿通りだが,音符に付けられたテヌートやテヌートスタッカートが全て省略されている。

 

 時代を飛ばし,現在のようすをみてみる。左は関西学院グリークラブの愛唱曲集「OLD KWANSEI (third edition) 平成22(2010)」版,右は「グリークラブ アルバム CLASSIC

平成28(2016)」の「からたちの花」で,同じものである。速度記号は「♪=72-92」でアーティキュレーションは第三期,日本放送協会出版のものと同じで,音は旧版のまま。関西学院グリークラブは(林雄一郎は),テンポやアーティキュレーションを歌曲譜に応じアップデートしている。これを「新版」と呼ぶことは妥当に思える。

 

 

 以上をもとに,成立事情を類推する。「たぶんこうだったんじゃないかな」劇場である。根拠のないことが多数でてくるが,統一的な説明としてみた。

 林雄一郎は,初期の比較的シンプルな「からたちの花」楽譜により完成度の高い男声合唱編曲を行い(旧版),戦前戦後を通じ関西学院グリークラブの重要レパートリーとなった。毎年のように林の指導で歌い,合唱として完成された演奏を聴いた他の団は,関西学院に楽譜をくれるよう交渉し了解された。しかし林は,自分が指導していない他の団が歌うためには,テンポやアーティキュレーションが演奏のため必要と考え,おそらくは1950年の「日本放送協会出版」のものを付けた(新版)

 福永陽一郎は林や北村協一から両方の楽譜を譲り受け,完成度が高かったため東京コラリアーズのレパートリーとした。アーティキュレーションについては,独唱者がすべての表現をコントロールできる歌曲演奏と異なり,日本語表現にこだわりすぎると曲の持ち味を殺す危険性があると判断,「『からたちのそばで泣いたよ』のところのピアニッシモ」など「男声合唱の泣かせどころ」を聴かせる演奏を行った。

 その後「東京コラリアーズ合唱曲集」「合唱文庫」「グリークラブアルバム」に楽譜(旧版)を載せたが,「合唱文庫」については全音楽譜出版社から「自社から出てる歌曲とアーティキュレーションを統一してもらいたい」と依頼され,新版にはすでに 日本放送協会出版のものを付けているため,了承した。

 

とまあ考えてみましたが,どうなんでしょうか。ご存じの方が教えてくださるとありがたいです。

 

(2019/8/15追記)

Twitterで「せき」様からご指摘いただき,「グリークラブアルバム」と「グリークラブ アルバム CLASSIC」では,「『いつもいつも』以降ところどころ下3声の音が異なります。」とのこと。見比べると,確かに何箇所か違います。(私は楽譜を見比べる目がザルで,一目瞭然でないと無理です)

 

 譜例は,特に意図はないけれど,「まろいまろい きんのたまだよ」の部分で,和音が複雑になっている。違うところは他にもあるが,こちらが新版だとすると,関西学院グリークラブ愛唱曲集「OLD KWANSEI (third edition)」も同じく。一方,「合唱文庫」は「グリークラブアルバム」と同じ。つまり,以下になっている。

  旧版 東京コラリアーズ合唱曲集,合唱文庫8,グリークラブアルバム

  新版 OLD KWANSEI (third edition), グリークラブ アルバム CLASSIC

 

 念のため,音源をいくつか聴いてみるとグリークラブアルバムのLPは当然旧版(北村協一指揮関西学院グリークラブ),「関西学院グリークラブ100周年記念CD vol.2 林雄一郎合唱生活70年記念」は新版(林雄一郎指揮関西学院グリークラブ,1987年の第55回リサイタル)100周年のステージても同様(それにしても細かなアーティキュレーションを全て忠実に再現し自分のものとして歌い上げる関西学院グリークラブの演奏には脱帽するしかない。「独唱者がすべての表現をコントロールできる歌曲演奏と異なり,日本語表現にこだわりすぎると曲の持ち味を殺す危険性がある」などと推測を書きましたが,完璧な過ちにして暴言でした。謝罪します)

 

 ということで,林と関西学院グリークラブは旧版を愛用したわけではなく,昭和34年時点ではそうだったのかもしれないが,その後は新版に移行したらしい。福永と北村がグリークラブアルバムに旧版を採用したのは,編曲の好みの問題か,愛唱曲集としての性格から音がシンプルな方が好ましいと考えたか。結局,よく分かりません。

 

(2019/8/22追記)

 この件,自分でも収まりがつかなくなり,伝手をたどり関西学院グリークラブOBの方に問い合わせたところ,なんと,新月会会長の小池義郎様からご回答頂きました。

このような些末な問い合わせに真摯にご対応くださったことに,感謝いたします。

そのまま掲載することも考えましたが,自分なりに整理し随所に小池様のご回答を引用させて頂く形としました。

 

まずひとつ目のポイントは,「林雄⼀郎⽒は⼭⽥耕作に師事し,その⾳楽に深く傾倒されていたので,“⼭⽥耕作の⾳楽”を最⼤限に合唱で表現するために“過不⾜のない⾳づくり”に神経を使われたと推測します。」山田耕筰の楽譜を研究し,関西学院グリークラブでの実演を通じ,合唱表現のため編曲を見直しておられたようです。

 

そして「先ず認識することは,⼀般的に出版された冊⼦『ナントカ曲集』が改訂された場合等において,“旧版”“新版”“改訂版”とか⾔いますが,単なる“1曲”の場合はあまりこういう表現をしません」であるとのご指摘。

 確かにそのとおりで,私が旧版・新版にこだわったのは,福永陽一郎がいう「新版」とは「林雄一郎先生が構想新たに一から編曲されなおした楽譜」というイメージを持っていた。しかし,1つ目のポイントから明らかなように,林先生は「“⼭⽥耕作の⾳楽”を最⼤限に合唱で表現するために“過不⾜のない⾳づくり”に神経を使われた」のであり,「グリークラブアルバム」掲載のものから「その時々に“⼿を⼊れ直した”」結果として,「グリークラブアルバム CLASSIC」や「OLD KWANSEI (third edition)」に掲載された楽譜があり,これが「決定版と言えるでしょう」

 

 小池様が承知している楽譜は,この2つ以外に「 関⻄学院グリークラブ60周年記念に作成された『関⻄学院グリークラブ男聲合唱曲集』に掲載されたもの*」があるそうですが,以上からこれも林先生が「時に応じて譜面を見直して手直しをされた」された結果の一つ,と位置づけられるとのこと。

 小池様は言及されていませんが,合唱文庫8のアーティキュレーションが付け加えられている楽譜も,もしかするとそのような位置づけの中で作られた楽譜のひとつなのかもしれません。

 

 決論として,旧版・新版というのは福永氏からみた見方であって,「関学グリーにおいても、旧版とか新版という捉え⽅はなく、その時の指揮者の考えで違った譜⾯を使⽤したかもしれません」ということらしいです。

 

 ということで「『からたちの花』旧版・新版問題」は,自分で火をつけたのだけど,これにて決着します。

 

* 念のため, この「関⻄学院グリークラブ男聲合唱曲集」は「関西学院グリークラブ80年史」に昭和3481日に発行されたと記されており,時期的に福永の言う「新版」に当たらない。小池様からは音として「グリークラブアルバム」「グリークラブアルバム CLASSIC」と違う箇所をご教示いただき,林氏の編曲がどのように見直されていったかを知る上で興味深い。

 

 

以上