III. グリークラブアルバム所収曲の初出
このように,宗教曲と黒人霊歌により,グリークラブアルバムはそれまでの曲集と差別化されている。また,コンサート用を志向したと思われる長めの曲にも初出が多い。これらの曲はどの合唱団がレパートリーとしていたのだろうか。東西四大学の団が各々の曲を最初に歌った年をまとめたものが次の表である。グリークラブアルバムが出た1959年以降に歌われた場合は記載していない。
赤字はその中で最も古い年に歌われていたことを示し,つまりその団がレパートリーとして初めて男声合唱界に持ち込んだと考えて良い。実際には,部史に載っていなくても歌われていた可能性は高く,ブランクは歌われなかったことをストレートには意味しない。記載されている年にその団は確実に歌った,というまとめである。その意味で,この表は暫定的なものである。
表から,ドイツ曲は慶應ワグネルの初出が多いが(大塚淳の功績と思われる),それ以外のほとんどは関西学院グリークラブが初出である事がわかる。福永と北村のコンビであるから当然そうなるとも言えるが,改めて関西学院グリークラブの功績の大きさに驚く。関西学院はこれらの曲を持ち込んだだけではなく,前述のように戦前を中心に繰り返しステージにかけることで,「曲のエバンジェリスト」としての役割も果たした。長きに渡り名実ともに日本一の合唱団であった関学のレパートリーは,他団にとって憧れであり,「U Boj」だけでなく「関学が歌ったあの曲を歌いたい」思いは多くの団が持っていたであろう。
ここで各々の曲が東西四大学によりどのぐらい歌われていたかをみてみる。曲の人気を計る,バロメータとして参照する。
このグラフは,1959年までに各々の曲を東西四大学が何回歌ったかを示したもので,黒点線から下が戦前,上が戦後である(*7)。つまり,点線がX軸上にあるものは,戦前の演奏回数がゼロ,すなわち,戦後に歌われ始めたことを示す。合同合唱による演奏は含んでいない。
*7 データ集めに膨大な手間がかかった割に,分かりやすいグラフが描きにくい。いろいろ試してみた結果,全てひとまとめにしたものが良さそうである。演奏回数の記録については団による粗密がありフェアな比較ではないかもしれないが,そこは目をつぶる。
戦前戦後を通して歌われた回数の多さで言えば,ベスト5は
1. U Boj 2. 野ばら(Mendelsohn) 3. Annie Laurie 4. 婆やのお家 5. PSALM 98
となる。
「U Boj」と「野ばら」(関学風に言えば「野ばらの花」)は戦前戦後と期間は違えども同程度の回数演奏されており,関西学院がいかにこの2つの曲を愛していたかが伺える。
少し意外だったのがAnnie Laurieで,結構歌われている。Annie Laurieを原曲とする「才女」という曲が1884年(明治17年)の小学唱歌集に収録されており,メロディーに親しみがあったかもしれない。4つの団にまんべんなく歌われている。
戦後になって黒人霊歌が新しいレパートリーとして加わっているが(*8),同時に「からたちの花」「婆やのお家」など日本の曲も歌われ始めており,戦後すぐのアンビバレントな感情が伺える。
「Psalm 98」は同志社の十八番でかなり歌われているが,初期版のグリークラブアルバムでは収録されず,改定後に載せられた。初期版から載っていても良い気がするが,関西学院由来の宗教曲と比べて知名度が低かったのかもしれない。
こうしてみると,「グリークラブアルバム」と命名された理由がみえてくる。関西学院グリークラブのレパートリーに多くを負うことが理由ではないかと思う。「総論」でみたように,すでに「◯◯男声合唱曲集」として適当な名前は使われてしまっている。「福永陽一郎男声合唱曲集」とするには,「東京コラリアーズ合唱曲集」と比べて彼の編曲になる曲が少なく不適当である。結果,関西学院グリークラブのレパートリーが多く,男声合唱団をあらわすグリークラブを冠する曲集がないこともあって,グリークラブアルバムが選ばれたのではないか。早稲田大学グリークラブが1957年の定期演奏会で「グリークラブアルバム1957」と題する愛唱曲ステージを持っており,タイトルのヒントになった可能性もある。
ところで英語のalbumに「曲集」の意味はあるのだろうか? ネットの英英辞書をいくつか当たったところ,写真のアルバムかCDやLPを指すという定義が多かった。少し拡張したものとして「a book in which you can collect things」や「An album is a book of photographs, mementos, or a collection of some other kind — like music.」があり,あまり一般的ではないが使って間違い,ということはなさそうだ。市販品につかうのかどうかは微妙で,検索しても合唱曲集(楽譜)として用例は見当たらなかった。
*8 戦前も黒人霊歌は少しだけ歌われていた。別の項で詳述する。
(続く)