2024年7月マンスリー:平成バブルを超えた令和バブルと「米AIバブル」のどっちがヤバい? | 元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

「経済崩落7つのリスク」、
「マネー資本主義を制御せよ!」、
「緩和バブルがヤバい」、
「日本復活のシナリオ」等の著者による世界経済と国際金融市場のReviewとOutlook

「国家の盛衰を決めるのは、政治経済体制が収奪的か包括的かの差にある」(アシモグルら)

 

2024年7月24日(水)

 

 

①   「もしトラ」から「確トラ」へは時期尚早

 

11月5日の米大統領選までまだ3か月余りを残しているというのに、日本で梅雨が明けたかと思う間もなく、早くも同大統領選が世界経済と国際金融市場における最大の焦点と明らかになってきています。

 

特に、7月13日(土)に起きた前トランプ大統領を狙った暗殺未遂事件と、その直後から最終日の19日(金)まで開催された共和党大会における、不死身の「神の子」トランプによる万能感あふれる強烈な同党大統領候補指名受諾演説は、同大統領復活を全米のみならず、世界に向けて印象付けることに劇的な成功を収めたかにさえ見えました。

 

国際金融市場では、「神のご加護」によってトランプ率いる共和党が大統領選のみならず上下両院選の全てを制するのではとの期待さえ一挙に膨らみ、一時トランプ・ラリー一色となったかと思いきや、ほどなく「壊滅的なインフレ危機を直ちに収束させ、金利を下げ、エネルギーコストを引き下げる」と強弁する異端のトランプの強気一辺倒の主張に潜む矛盾や嘘を見透かすかのように、当初の超強気相場からいつのまにかに下落に転じて、先週7月第3週目の終わりまでには、NYダウを例外に、米株式市場は全体としてむしろかなりの調整を余儀なくされてしまいました。

 

一方、民主党大統領として再選を狙ってきたバイデン現大統領ですが、その高齢懸念やトランプとの第一回目のTV討論会(6月27日)での失態等によって、その後バイデン敗北色がますます濃厚となり、大統領選を上下院選で共に戦う民主党議員やスポンサー等からの圧力もあって、7月21日(日)に自ら大統領選から撤退したことは既に周知の事実です。

 

その上で、バイデンはハリス副大統領(59)を民主党の大統領候補として支持することを明言しました。大統領選の投票まで4カ月を切り、民主党全国大会(DNC)を数週間後に控えての決断でした。ハリスを中心に民主党の大統領選の立て直しが急務であることは言うまでもありません。

 

元検事対犯罪者との対決とも喧伝され始めてきているかに見える今秋の米大統領選は、激戦州を巡って大接戦となることは必至であり、まだまだ予断を許しません。

 

なぜなら、ハリスが誰を副大統領職に選ぶかという当面の最重要課題の解決いかんでは、現在明らかに優勢と見られて来ているトランプが最終的に逆転を許す可能性があると見られ始めてきているからです。

 

いずれにしても、トランプがいみじくも喝破するように、「壊滅的なインフレ危機」が2024年大統領選における米国選挙民の最大の争点になってきていることだけは確かです。

 

米国のインフレ動向はFRBの政策金利決定に重大な影響を与えるため、米国物価の将来をどう見るかは、おのずと国際金融市場に大きな影響を与えていくことになります。

 

② 米選挙民は「壊滅的な物価高」に最も不満

既に2024年5月時点で、 バイデン大統領が11月の選挙で再選を果たす見通しに、インフレへの根強い懸念がますます陰を落としていました。FTとミシガン・ロスが5月にまとめた調査では、80%の有権者にとって物価高が極めて重要な経済的問題となっていたのです。

また、バイデンの経済運営に対しては、58%が「満足していない」と回答。4月の55%から増加し、支持の低下が浮き彫りでした。

特に、ガソリンや食品の高価格はバイデンの責任であり、好景気や強い雇用市場はバイデンの功績ではないというのが、有権者の見方のようだと同紙は伝えました。

 

しかし、米経済は2021年以降コロナ・ショックから回復し始め、2022年からは持続的な高経済成長を続け、しかも失業率は最近ではやや上昇し(悪化し)始めたとはいえ歴史的な低水準にあることに変りはなく、加えて、デイスインフレ(インフレ低下)も今年5月、6月と2カ月連続で達成されてきています。

 

米経済はバイデンがこれまでの自らの大統領戦でも鼻高々と自慢してきていたように、一人勝ちのように世界から羨望されることさえあれ、米国市民からは物価高という怨嗟の声がなぜこれほどまでに強いのでしょうか?

 

その問いに答える前に、逆に、いまの国際金融市場は、米国選挙民が壊滅的なインフレ危機に直面しているとし、怒りの矛先を向けている米国物価の「惨状」にもかかわらず、米経済のデイスインフレに拍手喝采するかのように、FRBによる早期でしかも複数回の利下げさえをも期待している様を、むしろ読者は摩訶不思議だとさえ思いませんか?

 

換言すれば、市場は、米経済の今後のソフトランデイングを期待して、米金融市場を最高値圏に持ち上げることで、陶酔感にどっぷりと浸っているかに見えますが、それはいったいなぜなのでしょうか?

 

まるで、米国市民と米国金融市場はパラレル・ワールドに住んでいるかのようではありませんか。

 

③   市場は頻繁に間違える:6月米経済指標と利下げ期待は矛盾する

 

率直に言って、米経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)と市場が期待するインフレ低下や利下げ期待の間にはかなりの矛盾が存在していると見ざるを得ません。

 

7月第一金曜日の5日に発表された、月例米経済統計の中で通常最も注目される米雇用統計では、6月失業率こそ2か月連続で前月比0.1%ポイント上昇(悪化)し4.1%を記録したとはいえ、非農業部門雇用者数が前月比20万6千人増加し、また平均時給は前月比+0.3%(前年同月比+3.9%)上昇するなど市場予想をやや上回って、労働市場需給は引き続きタイトのままであることを示唆する結果となりました。

 

こうして、先月同様にインフレ加速が引き続き懸念された米6月CPIでしたが、7月11日(木)の公表日に蓋を開けてみれば、5月に続いて6月も、総合CPIとコアCPIがそれぞれ前月比-0.1%の低下、同+0.1%の上昇に止まり、前年同月比ではそれぞれ+3.0%、+3.3%と市場予想を下回りました。つまり、意外にも、米経済のインフレ減速が2か月連続で示された事実に誤りはありません。

 

したがって、国際金融市場が7月第2週まで強気派が小躍りする展開となってしまったことは、ある意味、無理もありません。

 

しかし、翌日12日(金)に発表された6月PPIは総合ベースで前月比+0.2%と5月の同+0.0%から加速し、前年同月比でも+2.6%と5月の同+2.4%を上回りました。こうして、米国の6月インフレは物価面での川上に位置するPPIが加速し、川下のCPIが減速するという、まちまちな結果を生んだことには注意が必要でしょう。

 

また、7月16日に公表された6月米小売売上高も堅調な伸びを示し、4~6月期終盤に個人消費が底堅さを維持したことを示唆しました。特に、自動車・ガソリンを除く小売売上高は、米GDPの内訳項目である個人消費推定のためのインプット材料とされていますが、それは前月比+0.8%増と、2023年初期以来の大幅増となりました。

 

こうして、今週木曜日の7月25日に公表される米4~6月期実質GDP統計は、アトランタ米地区連銀のGDPナウによれば、前期比年率+2.7%の成長が予想されており、1~3月期の同+1.4%からの米経済成長率のかなりの再加速が見込まれています。

 

他方、7月22日時点でのCMEによる「FOMCカウントダウン」によれば、米金融市場は9月の米政策金利0.25%の利下げを約96%もの高い確率で予想しています。また、11月5日実施予定の米大統領選終了直後の11月FOMCでは、さらなる0.25%追加利下げを約56%の確率で、さらに、年内最後のFOMCでは3度目の0.25%利下げさえ約50%の確率で予想しています。

 

ところで、既述のように異端のトランプは、大統領選前のFRBによる利下げは(景気拡大によって現職大統領を有利にしかねないと見ているためか)するな等と、既に「脅迫」まがいの牽制球を投げてきています。

 

FRBに関する政治的独立性の議論はともかく、米経済成長率の再加速や既に割高感が否めない最高値圏にある米株式市場の活況等を所与として、国際金融市場は米経済のデイスインフレ(インフレ率低下)、ソフトランデイング(軟着陸)、そしてFRBの利下げに、なぜこれほどまでに自信を深めてきているのでしょうか。

 

実は、米国市民の米経済に関する見方、とりわけ壊滅的な物価危機とさえ批判されている米経済への見方のほうが正しく、金融市場の見方のほうが大きく誤っている可能性あるいは危険さえ存在すると言わざるを得ません。

 

④   米国はインフレ(物価上昇率)低下でも物価水準が高すぎる

実は、米国の有権者の不満の源泉にはデイスインフレというインフレ率低下ではなく、物価水準そのものが高すぎることにあります。

 

下図は、最新の6月の米消費者物価水準が2020年1月の消費者物価水準に比較して約18%も割高であることを示しています。

また、仮にCPIを2%インフレ目標に従って、FRBが誠実に金融政策を実施して、コロナ禍が終息し始めて消費者物価も2%インフレを超え始めた2021年1月頃から、遅滞なくCPIを前月比+0.2%上昇率で上手く誘導してきた場合のあるべきCPIの経路が、上図の破線で示されています。

 

つまり、パウエルFRBが2021年初頭にインフレ加速に遅滞なく気づいて、認知のラグ(遅れ)なく、政策金利を徐々に引き上げてさえいれば、2024年6月の米CPI水準は286.4程度で済んでいたはずです。

 

しかし、現実には6月米CPI水準は313.0まで高まってきてしまっています。金融市場は2%インフレ目標に成功裏に向かいつつあるとみなしているかに見えるFRBですが、実際の消費者物価水準をあるべき水準と比較すれば、消費者物価を9%強も過度に押し上げて来てしまっています。

 

米国住宅価格の高騰ぶりも後述しますが、こうして米国市民が物価危機は壊滅的だとして怨嗟の声を上げるのも無理からぬものがあるのです。

 

⑤   米経済はまだかなり過熱している!

ところで、米経済の総需要と総供給はどの程度バランスしているのでしょうか。

実は、その時々の市場価値で計測される名目GDP水準は上右図で示した4%名目GDP成長率の軌道と比べると総需要が総供給を超えるアウトプット・ギャップは2024年1~3月期に9%もの大きなインフレ・ギャップに拡大してきていることが理解できます。つまり、名目GDP水準でみると、米経済はまだかなり過熱していると見られ、それがインフレ・ギャップとなり物価水準を押し上げてきていると見られます。

 

つまり、米国のインフレはFRB目標の2%物価上昇率、すなわち2%インフレ目標に向かってはいるものの、消費者物価水準や名目GDP水準で見ると、前者では物価高が行き過ぎており、後者では名目GDP水準がかなりオーバー・シュート(上方乖離)しており、現行の政策金利5.25%~5.50%からの利下げではなく、むしろ利上げさえ必要である可能性さえ否定できません。

 

⑥   パウエルFRBのアキレス腱が痛みだす

 

既に6月マンスリーで述べたように、パウエルFRBにはアキレス腱(2+2=2.5 !?) がありました。以下、再述しておきましょう。

 

FOMCでの経済見通し要旨(SEP=Summary of Economic Projections)における、長期での実質GDP成長見通しは6月FOMCでも1.8%であり、長期インフレ見通しはもちろん2%で変わらずですから、これらを足し合わせると長期の米名目GDP成長率は3.8%が期待されていることになります。

 

しかし、6月FOMCでも長期名目政策金利はこれまでの2.6%から2.8%へと僅かに引き上げられたとはいえ、同金利は長期名目経済成長率の3.8%よりも1%ポイントも低いことになり、小さくない矛盾が存在していると見ざるを得ません。

 

なお、元米財務長官のサマーズ氏も、筆者の主張と同じように、最近の名目中立金利と同じと見られる米長期名目政策金利は4%の近傍にあると見られ、FRBの中立金利水準は低すぎるなどとブルーンバーグ・ウォール・ストリート・ウィークのインタビューで公言しています。

 

要するに、現行の米政策金利の5.5%はFOMCの主要経済要旨SEPで見る限り、確かに正当化しえますが、FRBの金融政策には中立金利が低すぎるというアキレス腱があり、今後それが傷みだす可能性があります。

 

例えば、真の長期名目政策金利が1%高いと仮定すれば、現行の政策金利約5.50%は利下げよりも、利上げが正当化され、しかも利上げ幅は最大で1%にも達する可能性さえ否定できません。

 

逆にいえば、現在の政策金利が1%近く低いために、米経済成長率はオーバーシュートしているだけでなく、株式や住宅等でバブルが生まれている可能性を否定できないのです。

 

⑦   米経済に資産バブルの臭いあり

このような言わば高圧の米経済では、財やサービスの価格上昇というインフレのみならず、株式や不動産等の資産バブルを制御不能とする恐れがあります。

 

遺憾ながら、米経済は株式市場や住宅市場で既に「リーマン・ショック」直前の状況よりも、過度な資産価格の上昇という点で、一段と大きなバブルの臭いがすると言っても過言ではないかもしれません。

 

例えば、2024年7月における過去10年間平均の企業利益と株価を比較する、もうすでにお馴染みのシラーPE(株価収益率)は約36倍と、歴代3番目ほどに割高であり、また、全米住宅価格指数も特に2021年に前年比約21%と未曾有の急騰劇を演じて、その後も上昇傾向を維持し続けてきています。

⑧  米経済での資産バブルの歴史

 

そこで、米国における過去の資産バブル膨張とその後のクラッシュと比較して、2024年の資産バブルと見られる現象には、どのような特徴が見いだせるかを検証しましょう。

 

第一に、2000年に発生したITバブルとその崩壊のケースでは、株式バブルは極端に増幅しましたが、住宅バブルはほとんど発生していなかったことに特徴があります。

第二に、2008年に起こった欧米住宅バブル崩壊、すなわち「パリバとリーマン・ショック」では、先に見た2000年以降のITバブル崩壊に対してFRBが超低金利政策で対応したために、住宅バブルが先行する形で膨らみ、その後、住宅バブルが株式バブルに伝染していき、究極的には両者のほぼ同時崩壊に陥ってしまいました。

第三に、コロナ禍以降の2024年までの資産バブルは、サプライ・サイドのコロナ・ショックに対応しようとして、誤って財政政策と金融政策の双子の総需要刺激策というデマンドサイドでの大盤振る舞いを実施したことで、一年後の2021年から株価と住宅価格がほぼ同時に同じように急騰しはじめて、今に至ってきているというのが特徴です。

 

米連邦準備制度理事会(FRB)の研究によると、米国の家計純資産の1%増加が個人消費を0.15%押し上げる効果があることが示唆されています。

 

仮に、米国の株価と住宅価格がそれぞれ年間10%上昇した場合、家計純資産は年間約11%増加することになり、これは個人消費を約1.7%押し上げる可能性を意味します(以上の分析はマイクロソフトAIを活用済み)。

 

こうして、コロナ対策の財政と金融政策の双子の総需要刺激政策の過剰なまでの大盤振る舞いが、米株価と米国全土での住宅バブルを沸騰させてきており、米国市民が物価危機は壊滅的とさえ声高に叫び窮状を訴えていることに繋がってきていることも、理解できるのではないでしょうか。

 

⑨ バブルに対する二つの見解

翻れば、バブルには対立する二つの流派があります。一つはバーナンキ元FRB議長に代表されるバブル後始末派があり、バブルは識別困難だとし、また金利は市場への影響が大きすぎるとし、さらに金利よりも規制やバブル崩壊後の後始末をすることで事足りるとするいわば左派の見解が存在します。

もう一つは、テイラー教授(スタンフォード大)に代表されるバブル退治派であり、バブル識別は容易でないとしても可能であり、また金利でバブルは制御可能とし、さらに大胆な金融緩和と緩慢な利上げという非対称性は、経済主体によるリスク・テイクを助長し、様々なモラル・ハザード(倫理弛緩)を蔓延させ、深刻化させかねない等と主張するいわば右派が存在します。

 

いずれにしても、パウエルFRBが2021年3月以降に明らかに顕在化してきていたインフレ2%超えを、一時的とみなしてインフレ加速の認知に遅れたことが、その後の物価大幅上昇を許し「壊滅的な物価危機」を引き起こしていると見ることは不自然ではありません。

しかも、財・サービスなどの物価上昇だけでなく、既に株価や住宅価格の高騰となり、前者のインフレは特に低所得層を中心に生活基盤を脅かすと同時に、後者は所得や富の格差を増幅してきています。

 

既述のように異端のトランプは米大統領選前の利下げは適当ではないと主張しています。

 

皮肉にも、7月マンスリーでのこれまでの議論に基づけば、異端のトランプの強弁の方が、通常、常識的と見られてきているFRBや金融市場よりも、米経済と金融市場の現状を正しく理解し、将来をより良く見通しているかにさえ錯覚してきてしまいかねません。

 

半分冗談はともかくとして、「平成バブルを超えた令和バブルと「米AIバブル」のどっちがヤバい」という本マンスリーのタイトルでの問いは、11月米大統領選への戦いが現在ますますヒートアップしてきているようにまだまだ予断を許さず、今後のお楽しみとして、とっておくことにしようではありませんか。

 

 

中丸友一郎

元世界銀行エコノミスト