国の指示権拡大 自治の原則を侵す改悪だ | 元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

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「国家の盛衰を決めるのは、政治経済体制が収奪的か包括的かの差にある」(アシモグルら)

掲題の今朝の朝日社説。

かなり説得的。

ご参考まで。

 

 最後まで雲の上を歩くような根っこのない審議だった。責任は、具体論に踏み込むことを避けた政府にある。

 

 非常時に国が自治体に対応を指示できるようにする地方自治法改正案が、参院総務委員会で可決された。本会議で成立する見通し。これまで個別の法律に規定がある場合に行使が限られていた権限を、個別法の根拠がない場合にも広げることが明記された。

 

 分権改革に逆行する上、地方の決定権を奪うことにつながり、国の統制が強まる恐れがあるとして、朝日新聞の社説は改正に反対してきた。改めて抗議を表明する。

 

 ■必要性が見えない

 

 なぜいま権限拡大か。政府は「特定の事態を念頭においたものではない」というばかりで、必要性についての実質審議にいたらなかった。

 

 きっかけはコロナ禍での患者搬送で、自治体との調整に時間がかかったことなどだという。非常時に国が調整に乗り出す必要性は否定しないが、その場合でも基本は国と自治体が情報共有を密にして解決策を考えるべきで、現行の枠組みでできることだ。

 

 国の一方的な判断が現場を混乱させかねないことは、安倍政権での唐突な全国一斉の休校要請からも明らかだ。

 

 指示権を明文化した方が国の行動を抑制し、妥当性の検証にもつながるという見方がある。しかしいったん強制権を制度化すれば、政権が恣意(しい)的に使う道具となるマイナス面にこそ目を向けるべきだ。

 

 最低限、国会の事前承認と自治体との事前協議の義務化が必要だった。だが「機動性を欠く」として国会へは事後報告、自治体との協議は努力義務にとどまった。これでは歯止めと言えず、乱用や不当な介入につながりかねない。

 

 憲法は地方自治について独立の章を設け、制度として保障する。自治体が侵略戦争の一翼を担わされた反省に立ったものだ。00年の分権改革では、その自主性が「十分に発揮される」よう国に求め、関与は法令の根拠なくしてはならず、「必要最小限度」とする基本原則も定めた。

 

 そこに、あいまいな要件で介入できる抜け穴をつくったのは、積み上げてきた分権の努力を無視している。

 

 ■有事の発動への懸念

 

 22年の国家安全保障戦略に基づき、政府は有事に公共施設を使える準備を進める。今年4月には16の空港と港を「特定利用空港・港湾」に指定。自衛隊の「南西シフト」で防衛力強化が急速に進む沖縄の施設も含まれている。

 

 武力攻撃事態での指示権発動について、政府は「想定していない」という。だが、改正案に除外規定はない。現状では空港法や港湾法に基づく自治体との調整が前提だが、この手続きを飛び越え、「おそれがある」段階で強制力の行使が可能となる。

 

 自民党が12年に発表した憲法改正草案には緊急事態での首相の権限として「自治体の長への指示権」が書かれている。この趣旨を今回の法改正で既成事実化したに等しい。

 

 本来、自治体への指示という直接的な権限は、目的が明確な個別法で特定の場合に限るべきで、包括的に一般法に盛りこむのは望ましくない。

 

 改憲したも同然ではないかと衆院の審議で問われた松本剛明総務相は、「現行の憲法の範囲内で法制度を整えている」などと述べ、否定した。

 そもそもこんな権限拡大を言い出したのは誰なのか。

 

 政府が根拠にあげる地方制度調査会の議論では、「分権改革以来の一般ルールと齟齬(そご)がある」「手続きは慎重、厳格であるべきだ」といった意見も出た。だが法案に十分反映されたとはいえず、結論ありきと言われても仕方ない。

 

 ■「指示待ち」の恐れ

 

 自治体側も積極的に賛同したわけではない。岩手や佐賀、秋田など各県知事からは、自治体の自主性の尊重が前提という意見や、厳格運用を求める声が相次いだ。

 

 全国知事会を代表し地制調で意見を述べた平井伸治鳥取県知事は、コロナ禍での国の指示が「上から下へのベクトル」で、効率的な政策立案や事業執行を妨げた面があると指摘。その上で指示権の容認を「棒を飲むようなこと」と表現した。本来受け入れ難いが必要最小限の範囲で認める。それが本音ではないか。

 

 多くの地方は今、高齢化と人口減少に悩む。今回の改正で自治体の「指示待ち」が強まる、との懸念がある。強くは反対しない微妙な姿勢の背景に何があるか、政府は公聴会を開くなどしてもっと現場の声を聴くべきだった。

 

 付帯決議には、事前に十分に自治体と協議することや他の方法で目的が達成できない時に限ることが盛りこまれた。実効性を持たせるには、国会や各自治体が様々な機会に監視を続けるしかない。

 

 地方自治は「民主主義の学校」といわれる。住民が政治参加し、行政は地域の特性に応じて方針を決めていく。それは中央集権の弊害を抑え、個々の人権を守るための制度でもある。戦後の憲法のもとで保障されてきたこの原則を骨抜きにしてはならない。