2024年2月マンスリー:スタグフレーションの中の日経平均株価メルト・アップの謎を解剖する | 元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

「経済崩落7つのリスク」、
「マネー資本主義を制御せよ!」、
「緩和バブルがヤバい」、
「日本復活のシナリオ」等の著者による世界経済と国際金融市場のReviewとOutlook

「国家の盛衰を決めるのは、政治経済体制が収奪的か包括的かの差にある」(アシモグルら)

 

 

 

2024年2月27日

 

 

日本経済はインフレと景気後退の二重苦

 

ご承知のように、内閣府が先々週15日(木)に発表した2023年10~12月期の実質国内総生産(GDP)の速報値は、前期比年率換算+1.0%前後のプラス成長を期待していた市場予想に反して、同-0.4%の減少を記録しました。しかも、同年7~9月期に続く、2期連続のマイナス成長は、テクニカル的にはリセッション(景気後退)入りとされています。

 

他方、同GDP統計の中で示された昨年10~12月期GDPデフレーターは、前年同期比で+3.8%上昇を記録し、同年7~9月期の前年同期比+5.2%の大幅上昇からは減速したものの、日本経済は政府・日銀の2%物価安定目標を明らかに大きく超えるインフレに直面してきていることを示しました。

 

つまり、今回10~12月期GDPの最大の特徴は、日本経済が足元でインフレとリセッション(景気後退)の併存というスタグフレーションの二重苦に陥ったことでした。

 

第二に 重要なことは、民間主導の持続的経済成長に不可欠な消費(GDPの約60%を構成)と(設備)投資(同約15%を占める)という双発エンジンが、なんと3四半期期連続で共に前期比で縮小したことでした。

 

昨年11月マンスリーで紹介したように、米国で最初にノーベル経済学賞を受賞した故サミュエルソンMIT教授の乗数と加速度係数の古典的なモデルでの筆者シミュレーションが示唆するように、日本の10%消費税率と約4%のインフレ税の高まりによって個人や家計の実質可処分所得が大きく低下して、消費と投資が悪循環に陥ることで、日本経済全体としても慢性的にマイナス経済成長とならざるをえないことは自明です。

 

第三に、インフレ下では、まずもって趨勢的な物価上昇を安定させるために、中央銀行たる日銀がマイナス政策金利を可及的速やかに解除するだけでなく、実質政策金利がプラスに転じるように、その後も金利を継続的に引き上げることで、金融政策の正常化を段階的に粛々と進めることが必須となります。

 

そのようなマクロ経済政策の基本原則を無視して、「物価高に負けない賃上げを!」等といくら強弁して、本来、政策変数ではあり得ない賃上げを民間労使に要請してみても、物価安定と持続的な経済成長の同時達成など不可能であることは明らかです。

 

なお、我が国の主要経済メデイアである日本経済新聞はGDP公表の翌日の16日付朝刊社説において、「内需復調へ企業は賃上げと事業効率化を」と題して、「今年の春季労使交渉では昨年以上の賃上げを予想する声も多い。人々が「物価超えの所得増」を確信し、消費意欲を高められるかがカギを握る。」などと主張しています。

 

しかし、明らかにインフレ下でリセッション入りして日本経済がスタグフレーションの中に迷い込んでしまった現在、直接に政府・日銀のマクロ経済政策の問題を真摯に問わずして、むしろ政府・日銀の権力あるいは権威とまるで連呼するかのように、物価高と景気後退の併存という二重苦を民間労使に責任転嫁するかのような同社説の姿勢は誠に遺憾といわざるをえません。

 

最近の国際金融市場における特異な動きの震源地は日本


さて、ここで、先々週の国際金融市場の主な動向(2月16日(金)時点)をおさらいしておきましょう。

 

まず、第一に、日経平均株価(以下単に日経225と称する)の週間+4.3%の上昇率が国際的に際立っています。この日経225がさらに凄い点は、年初来で見ると既に15%もの上昇率を記録して、主要先進国株式市場の中で今年ダントツの株価パフォーマンスを更新中であることです。

 

第二に、日本株と連動しやすい米国株は、むしろ先週に、米1月コアCPIが市場予想をかなり上回る前月比+0.4%(前年比+3.9%)のインフレ加速を示したことで、それまでの利下げ期待が市場で後退して、NYダウ、S&P500、NASDAQいずれもが小幅反落しました。したがって、主要メデイアが主張しがちな、先週の日本株「メルト・アップ」の動きは米国株との連動とみることは困難でしょう。

 

もっとも、年初来で見ると、米株はNYダウ、S&P500、NASDAQが、それぞれ2.5%、4.9%、5.1%のプラスの上昇率を記録しています。日本株には劣るとはいえ高パフォーマンスを先週末時点でも記録し続けてきていることは確かです。

 

また、米株の恐怖指数と呼ばれるVIX指数も先週約14%前後で推移して、通常の約20%と比較してかなり低位にあり、国際金融市場が全体的に見て慢心気味であることは否めません。

 

第三に、それにしても、日本株とくに日経225の上昇率は、特に年初来でみると、米株の3倍にも達しており、日経225の上昇率は国際金融市場の中で異様であると見ざるを得ません。特に、日経225の変化率のS&P500の変化率との比較、すなわち日経225の弾性値(β)は約3もあるということになります。

 

第四に、日本株の特に今年2024年における国際金融市場の特異な上昇率には、やはり対ドルを中心とした大幅な円安が貢献していることも明らかでしょう。先週こそ、対ドルでの円安は-0.6%の減価率でしたが、年初来では-6.5%の大幅な円安を記録してきています。なお、円安は米ドルだけでなく、対ユーロ、英ポンドあるいはスイスフランなどでも全面安の展開を見せてきています。

 

最後に、こうして、今年の国際金融市場における最大の注目点は、米国発や中国発というよりも、他ならぬ我が日本での特にさらなる円安を背景とした日経225の一段の急進という約11年前に開始された元祖アベノミクス流の円安・株高の「亡霊」とさえ見ることも可能でしょう。

 

ちなみに、日本政治では自民党最大派閥の安倍派を中心とした政治とカネの不祥事が連日国会で取り上げられてきていることは周知の事実です。

 

なお、期待された植田新日銀体制でしたが、国民と約束してきていたはずの2%物価安定目標をそのベンチマークであるコアCPIが過去2年間も2%を明らかに既に大きく超えてきているにもかかわらず、イールドカーブ・コントロール政策を多少微調整したとはいえ、未だにマイナス政策金利を解除せず、インフレ調整後の日本の実質金利は長短金利ともに大幅なマイナス圏に沈んだままであることは、資産バブルを煽りかねず繰り返し警告しないではいられません。

 

結局、先週の日経225が市場を失望させたはずのGDP統計の結果にもかかわらず、いまにも史上最高値を突破しようとしたことや、通貨単位こそ違うとはいえ、一時NYダウの数値を凌駕していたという事実は、あきらかに日本株のメルト・アップ現象とみて間違いないでしょう。

 

問題はその持続性にあることは言うまでもありません。

 

経済同友会 新浪代表「株価は期待値」の正論を報道したNHKに救い

 

特に日経225のメルト・アップ現象を囃し立てるかのような日本メデイアが主流となっている中で、今回は意外にも政権寄りと見られがちなNHKが比較的冷静で、客観的な報道に終始していることは救いといえるかもしれません。

 

例えば、NHKニュースウェブは、以下の青字部分のように、過去の日経225の歴史を鳥瞰したうえで。日銀金融政策正常化の遅れに資産バブル沸騰を招く最大の原因だとみざるをえない等と率直に述べている点は、かなり説得的であり評価できます。

 

「日経平均株価のこれまでの推移を見てみると、バブル経済絶頂期とも言える1989年12月29日につけた3万8915円87銭(終値ベース)が史上最高値です。しかし、翌年以降は、バブル崩壊、金融危機などを経て下落していきました。
 

リーマン・ショック翌年の2009年3月には、終値でバブル崩壊後、最安値となる7054円98銭をつけました。
 

東日本大震災や歴史的な円高などを背景に株価の低迷は続きましたが、2013年に始まった日銀の大規模な金融緩和などをきっかけに上昇に転じました。その後、株価が値下がりする場面もありましたが、上昇が続き、16日は3万8487円24銭の終値をつけました。

 

最後に、インフレ下での日銀のマイナス政策金利の維持を筆頭とする金融政策正常化の遅れが現下の資産バブル沸騰を招く最大の原因だと見ざるを得ません。」

 

加えて、同NHKニュースウェブは、経済同友会の新浪代表幹事が、16日の会見で「株価は期待値であり、期待を裏切ってはいけないというその一手につきる」とし、一方、1989年当時との違いについて「街中のムードと株価の大きな差は注意しないといけない。いま街中では気持ちが上向いていないのに株高が進んでいるから、一般の人からすると『なんなんだろうな』と感じているのが実態ではないか」と述べた上で、「この株価がわれわれの経済力だと思わないほうがよい。経済力は消費が引っ張っているわけで、(いまの株価は)消費にそのままつながっているということはない。期待を裏切ると一気に下がるので、そのときの方が市中への影響は大きい。この株高は怖いことで、ぬか喜びしないほうがよい」と述べたと指摘しました。

 

令和の日本株バブルはやはり根拠なき熱狂

 

問題は、史上最高値に接近し連日のようにバブルの舞を踊るかのような日本株を囃し続ける「超ブル派」の存在ではないでしょうか。彼らは何を根拠として、日本の史上最高値に肉薄する株価は適正水準にあると主張しているのでしょうか?

 

テレ東モーニングサテライト等を見る限り、史上最高値を狙う日経225はフェアバリュー(適正株価)であり、今後も持続的な株高が期待される等と主張する「超ブル派」の根拠は、①日本株は米国株と連動していること、②企業利益が過去最高水準にあること、③株価収益率(PER)は令和バブルの現在では17倍程度に過ぎず、平成バブル時の約70倍程度とは比べられないほど低位にある等の「こじつけ」にあると見られます。

 

しかし、第一点に関しては、既述のように、先週の金融市場に限ってですが、米株と日本株の連動性は認められません。また、日本株と米株との間の相関性は存在するとしても、それらの間の因果関係が認められているわけではありません。

 

いずれにしても、米株が今後くしゃみをすれば、日本株が風邪をひくか、悪ければ肺炎にもなり得るとは、言い古された言葉ではありますが、忘れるわけにはいかないでしょう。1月米コアCPIがインフレ再加速を示したことを所与とすれば、FRBの利上げ再開のリスクはゼロではありません。

 

次に第二点ですが、確かに企業自身が予想する今期や来期の利益水準は史上最高水準にあるようです。しかし、企業業績と相関性の高い鉱工業出荷は2022年、2023年と2年連続で-0.5%の減少という不振が続いてきています(出所:昨年12月鉱工業生産確報値)。

 

企業は史上最高の好業績と自信満々のようですが、その好業績予想の背景には大幅円安があることは無視できません。

 

例えば、ドル円レートは23年1月末に130.10円だったものが、先週末の24年2月16日には約150円台に乗せてきており、既に約15.4%もの大幅円安を記録しています。

 

最後の第三点に関しては、日本株のバリュエーションを、株式投資の神様と言われるウォーレン・バフェット氏が好む時価総額と名目GDP比率のバフェット指標という尺度でみれば、最近の割高さが際立ってきていることは明々白々です。

 

既に、過去のマンスリーでも指摘済みではありますが、筆者が令和の資産バブルに関して最も懸念するポイントは、平成バブル期には実質政策金利が一度もマイナス圏に沈んだことはなかったことです。令和バブルでは、明らかに、実質政策金利が深いマイナス圏に沈んだままです。理論的に言えば、マイナスの割引率で将来の配当や利益の流列を現在価値に引き直せば、株価は空高く無限大の彼方まで舞い上がっていくことになります。

 

音楽が鳴り続ける限り狂喜するバブルの乱舞は止まない

 

結局、このように現在の東京市場では、日本株がメルト・アップしつつあると見ざるをえません。明らかに日本経済というファンダメンタルズとの整合性に欠ける資産バブル現象です。やや重複しますが、その主たる根拠は以下のように集約されるでしょう。

 

第一に、GDPは既に2期連続のマイナス成長となり、日本経済はリセッション(景気後退)入りしています。しかも政府・日銀の2%物価安定目標を明らかに超えるインフレも既に2年間以上も続いてきています。

 

つまり、インフレとリセッションの併存というスタグフレーションの二重苦に突入しているのが日本経済の真の姿に他なりません。

 

第二に、さらに深刻なのは、民間主導の日本経済の持続的成長にとって不可欠な消費と(設備)投資の双発エンジンが3期連続で共に前期比マイナス成長に陥ってしまっていることです。言い換えれば、日本経済は消費と投資の悪循環に陥って、すでに9か月間も経過してきているのです。

 

最後に、結局、企業等のミクロではなく、政府・日銀のマクロ経済政策による、財政と金融政策の双子の過度な総需要刺激策が、大幅な円安と株バブルを明らかに引き起こしてきていると見ざるを得ません。

 

インフレと景気後退というスタグフレーションの二重苦は、過度な財政と金融政策の景気刺激策が継続する限り、止むことは難しいでしょう。

 

財政政策も金融政策も共に過度な総需要刺激政策が継続されるというバブル狂騒曲が鳴り響く限り、大幅円安や日本株のメルト・アップ等の資産バブルは当面続くのかもしれません。

 

結局、一方で、自民党最大派閥の安倍派を中心とする政治とカネの不祥事と、他方で。日銀が現出する経済のカネ余り現象。

 

このような、我が国の世襲的・特権的な政治経済体制が引き起こしてきている、主として高消費税率と高まるインフレ税による一般国民への収奪(搾取)というダブル・パンチの中で、戦後最大の危機が惹起してきている仇花。

 

それが我が国の通貨大幅安と日本株のメルト・アップという現下の資産バブルの増幅に他なりません。

 

我が国の主要メデイアが、企業等のミクロ側に限定して、「物価上昇に負けない賃上げを」等と政府・日銀の官製スローガンをいくら唱えてみても、資産バブルの責任を、その制御が可能なマクロ経済政策をあずかる政府・日銀から、バブルのコントロールが不可能である企業に(責任)転嫁するだけで、空しく響きます。

 

IMF 日本経済に提言 “短期の政策金利 段階的に引き上げを”

 

2月の第2週目にさかのぼりますが、共同通信が、2月9日(金)に、掲題の小見出しを冠して、「国際通貨基金(IMF)は9日、日本経済に関する審査を終了し、声明を公表した。金利を極めて低い水準に抑える日銀の大規模な金融緩和策は「目的を既に達成している」として「終わらせることを検討すべきだ」と提言した。」と伝えています。

 

また、同通信は、IMFの声明文では、日銀に長短金利操作の撤廃などを促し、その後に短期金利の引き上げを検討するよう求め、特に、IMFのギータ・ゴピナート筆頭副専務理事が「政策転換は段階的にすべきだ」と述べた。」等と報道していました。

 

NHKニュースウェブも2月9日に、IMFが「日本経済に関し、物価上昇率が来年後半まで2%を超える水準で推移する見込みだとしたうえで、金融政策について、短期の政策金利を段階的に引き上げていくべきだと提言した」と伝えています。

 

また、    NHKは、IMFが「日本の経済状況について、ことしも景気の回復が続き、物価上昇率は来年後半まで2%を超える水準で推移する見込みだ」とし、そのうえで、「日銀の金融政策について、短期の政策金利を段階的に引き上げることや長期金利と短期金利に操作目標を設けるイールドカーブ・コントロールという枠組みを撤廃することを提言した」とも報道しています。


加えて、NHKは、IMFが「財政の持続可能性を確保するため、財政健全化に向けた取り組みが必要だとしたうえで、ことし6月以降に実施する所得税などの定額減税については「的の絞られていない減税は成長に及ぼす影響が限定的と考えられる」と指摘し、特に、IMFのギータ・ゴピナート筆頭副専務理事が、記者会見で「短期の政策金利の引き上げは、いいデータが入ってきたら、ことしがスタート地点だと思う。経済の下振れリスクはあるので徐々に引き上げることが大切だ」と述べた等とも指摘しています。

 

要するに、「日本の常識は世界の非常識」であり、「世界の常識は日本の非常識」ということなのかもしれません。

 

いずれにしても、日本が戦後最大の政治経済危機に直面する中で、狂喜するかのような日経225の乱舞が今後どのような展開を見せるのか、見物であることだけは間違いありません。

 

 

中丸友一郎

元世界銀行エコノミスト