ご存じの方も多いでしょうが、遠藤周作に『沈黙』という、隠れキリシタンの踏み絵を題材にした名作があります。
これが某大学の入試問題に採用されたとき、ある問題とその「正解」に作者の遠藤先生は立腹しました![]()
主人公の司祭がいろいろあってとうとう踏み絵に足をかけるぞというクライマックス。
思わず「痛い」とこぼします。
この「痛い」とは、いったいどこが痛かったのかというのが問題となった問題で、正解は「心」とされていました。
まあ、真っ当にして妥当な答えでしょう![]()
しかしほかでもない作者の遠藤先生は、違うと。
あれは心ではなく、事実「足」が痛かったのだと。
踏み絵に触れたまさしくその足自体に、たしかな痛みを感じたのだと![]()
そう言って、以後自分の作品は入試問題なんぞに使ってくれるなということになったのだと、高校時代の国語教師が話してくれました。
聞いた当時の私は、「作家って難しいな」とも「大人げないな」とも思いましたが、今は遠藤先生の感じた不愉快さがわりとわかる気がします![]()
そして、子供たちが学校から持ち帰った答案をたまに目にしたりすると、国語のテストなんてしょせんは出題者の匙加減ひとつなんだな、その出題者の思惑を忖度する訓練にすぎないのだな、としみじみ思います![]()
先だっても、お勉強の出来がいまいちアレな、特に国語が謎な次男坊の珍解答に妻が呆れていましたが、その内容を見て私は「間違ってないよ」と言っておきました![]()
べつに奇をてらったり模範解答に反発してみたりしたわけではなく、私なりにじっくり読み込んで考えて、たしかに次男坊の導き出した答えだって間違っちゃいないと思うに至ったのです![]()
司祭が痛かったのは「心」と解答できる子は、きっと社会で役に立つ大人になるでしょう。
一方で、もし「足」と答えた子がいたら、きっと人よりも素直であったり、それこそ人の本当の痛みがわかったり、読みが浅いと思いきやじつは深かったり、いずれにせよ見どころのあるおもしろい大人に成長するのではと思います![]()
かく言う私は「心」派か「足」派かといえば、今は断然「足」派ですね。
なぜかといえば、じっさい足が痛いんですね。
昨日あたりから左足の親指の付け根が腫れてきて、いわゆる「風が吹いても痛い」状態になりつつあるんですね![]()
このまま久々の発作にやられて地獄の日々を味わうことになるのか。
それとも急遽反省しての有酸素運動で押し返すことができるのか。
いずれにしても、一番よくないのはアルコール。
三連休を目前にして、くつろぎの一杯という踏み絵の前に立たされている私です![]()