王様の美術館 | けろみんのブログ

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王様の国は普通の大きさの普通の国だ。近隣諸国とも上手く付き合い、国民は普通の生活水準で暮らして行けるよう普通に働いていた。というわけで王様は当たり前のように若い頃から公務に忙しかった。外交では美人の王妃が皆の注目を惹き付けてくれたので控えめな王様はどちらかというと「王妃の横にいる王様」として目立つことはなかった。王様の家族は派手な噂を振りまいたりすることなく、王子と王女も成人して普通に公務員になった。王家としての資産は首都にある、ターミナル駅付近のいくつかのビルのテナント料と駅の下に作られた広いコインパーキングで、収益は概ね上々だった。





王様の人となりを示すこんな出来事がある。国民第一がモットーの王様はたまに思い切ったことを実行した。例えば、いつも宮殿で働いているみんなに疲れを癒して欲しくて宮殿の使われてスペースをいくつか改装して、広々した浴場を作ったことがある。王様の国には温泉がないので、配管を隣の国のクサツという温泉地から保温のため水道管を耐熱材でくるんだ水道管で延々と運び込んで沸かし直した。王様はサウナも大好きなので、サウナは広々ととりお風呂上がりには冷たくて美味しい天然水と、お茶と、ヤクルトを凍らせたものを用意した。

さて、お風呂が完成し勅令が出された。「王宮温泉本日から無料解放!」みな喜んだ。そして王様は照れながら「私は皆が入ったあと入るので疲れたものから先にお入りなさい」と付け加えた。

王宮に使える者は当惑した。王様より先にお風呂に入るなどとんでもない!
みな遠慮して入らないので王様は一人一人に声をかけて先に入ってもらった。彼らは、体を洗うと洗い場を綺麗にしてすぐに出てきてしまった。王様に汚いお湯に入ってもらうなんて!ありえない!みなブルブル震えながら風呂を終えた。
王様は賢かったのでその様子を見て、自分が良かれと思ってしたことが時として人の重荷になる事がわかった。
次の日からは勅令を変更し王様の入ったあとでないと入浴禁止とつけ足した。そして王様は毎朝お風呂掃除の後すぐ入り忙しくて長く入れない時はお風呂に浸かったかのようにみえるよう、髪の毛を何本か毟って浮かべた。

心配ご無用、王様の髪の毛は元々フサフサでなので数本抜いたくらいでは禿げないのだ。

その後戸惑っていた王宮のスタッフ達は王様がお風呂から上がると直ぐにLINEで皆に「お風呂上がり」のステッカーを送ったので、安心して入るようになった。王宮見学に来た子供たちによると「お風呂上がりのヤクルトさいこう!」だそうだ。


コロナ禍の影響で王様は外交で出かける機会がなくなり宮殿に篭ることになった。政務を担当している第一王子が王様が倒れたら国民の不安を余計駆り立てる事になるので絶対に外に出ては行けないとヒステリックなLINEを寄越した。
王様と王妃は23歳の第一王子は今3回目位の反抗期を迎えたのだと判断し、面倒なことにならぬよう第一王子に大人しく従った方が良さそうだと思った。
とうとう議会は国民に外出自粛を呼びかけ、政務はオンラインで行うことにした。
第一王子がやたら張りきって王代理として参加しているので、やきもきしながらもオンライン視聴することにした。
くだんの無料浴場も閉鎖された。王宮も配置人員を減らし、ひっそりとしていた。

城の庭に続く、王家の領地には手付かずの自然が残っている。運動がてらに王様は時々往復で10キロほどの長い散歩にでた。天気の良い日はお弁当を持って王妃と共に王領森へ出向いた。あちこち歩くうちに水鳥が沢山いる川と、それに続く小さな湖にでた。そこで(議会のある時はタブレットをもちこんで)何時間か本やスケッチ帳を持ってのんびりと過ごすのが楽しくてならなかった。
そこで王様は絵を描くことを日課にした。城の庭や、奥の森の様子を得意のペン画で描くとかなり良い作品が沢山できた。謙虚であれといつも自分をいましめる王様だが、特に池に住み着いているカルガモ一家を描いた連作はお世辞抜きに傑作じゃないかと思った。


カルガモの親子を見つけたのは4月のことで黄色味のある雛が1ダースほど引き連れたカルガモのお母さんを見つけた時、王様は夢中でスケッチブックに鉛筆を走らせた。
王妃が写真を撮ってくれていたのでそれを参考に、散歩から帰るとすぐペン画で1番黄色くまるいフワフワした雛に思い出しつつピンクや黄色、黄緑をメインに水彩で色をのせた。

次に行ったのは3日後で雛は6羽になっていたので王様は愕然とした。生き残った雛はたった3日で随分大きくなっていた。王様は涙を流しながら雛1羽1羽を細かく観察しスケッチした。

それからしばらく王様は毎日森の湖に通った。人がそばにいる方が天敵に狙われにくい、とネットで読んだからだ。王妃も写真係というか、王妃も断然この鴨たちに夢中だった。親子鴨をみつけると日傘をほおり出して写真を撮った。
王様は、ほおり出された日傘と、日傘の作るオレンジ色の影もペン画にした。

とても注意してみていたのにカルガモの雛は6月には4羽になってしまった。最初6羽が5羽になった時は1羽別のところでミミズを食べているのだろうと思っていた。次の日来ても、6羽目を確認できなかった時王様は思わず声を出して泣いた。こんな非常時に、国民が全員大変な時に小さな生き物のために泣いている場合ではないと思ったが、王宮に閉じこもり、得体の知れないウイルスとの闘いやその他のストレスで王様の悲しみは限界だった。
心が押しつぶされそうだが、王妃も泣き出してしまったので2人は心ゆくまで泣くことにした。

そして少し落ち着いてから帰ってこない雛を描いたスケッチを心を込めて透明な水面に水草をあしらった画面に丁寧に描き、丁寧に色をつけた。

5羽が4羽になった時は王様はもう泣かなかった。自然の摂理だから仕方がない。供養だと思い居なくなった雛をまた丁寧なペン画にして、スミレや菜の花で飾った。どうかこれ以上神に召されませぬように、と祈りを込めて。

その後は4羽とも無事に成長していき、足の色が黒からオレンジ色になった時は心底ホッとした。これで見た目は大人と同じくらいの大きさでもうすぐ飛べるようになるだろう。

同じ頃、王国のコロナ感染者がこれまでに1人もでていないことと、PCR検査を全国民に無料で行ったことなどから、議会は外出禁止を少し弛めて国内なら移動可能とした。

王様の王宮軟禁も解除された。
第一王子が真っ先に飛んできてニコニコしてみんな元気でよかったですね!陛下も外に出る時は……あーのこーの、どーのこーのと注意事項をまくし立てて、それではボクも久しぶりにビデオ屋に行ってきます、と言って去った。王妃と顔を見合せ、もういい加減反抗期は終わりにして欲しいねと笑った。

久しぶりに王宮を出て、王様が向かったのは王立美術館だった。

王様は一大決心し、自分の個展を開くことにした。王立美術館に相談すると、快く引き受けてくれた。実際森や動物を明るい色彩で描いた王様の作品は見応えがあり、心があたたまる作品だった。

王様はワクワクして王妃に毎晩どんな展覧会にするか熱く語った。王妃は元から王様の絵のファンだったので、熱心に企画を進めてくれた。近隣の王族を招待して大きなガラで始めることを勧めてくれたが王様は断った。この時世、万一王族が集まって集団感染を疑われたらシャレにならない。でも展覧会のチラシはみんなに送っておいてねとつけ加えた。

展覧会のタイトルは
「王様の美術館」とした。王様にとってはこの春から夏にかけ王宮の森の全てが宝物に見えたからだ。王様の美術館は森の中にある……というコンセプトだ。

開催初日はガラにした。ガラと言っても、王様がいつも招かれるようなシャンペンとカナッペを振る舞うフォーマルなものでなく、国民が気軽に立ち寄れる「お祭り」くらいの感じにしたいと思った。参加者にはビールやジュース、それから王様の得意料理の王宮焼きそばを作ることにした。これは業務スーパーの焼きそばにキャベツ、豚の脂身の揚げたものをアクセントに使う、王宮名物の王様の大好物だ。シェフから作り方を聞いて昔からたまに作っていたのだ。

ソースの作り方はシェフが何としても教えてくれず、これは私の源(ソース)なのです!と譲らないのでシェフがつくり当日とどけて貰うことにした。実際には業務スーパーのオリバーのとんかつソースにオイスターソースとマキシマムを加えただけなのだが。

王様のペン画は特注で透明なブルーのアクリルの額に収めた。水に浮かんでいるようでとても綺麗だった。壁紙は若草色から黄色に変わるグラデーションにして春の雰囲気を演出した。


さて、満を持して国民全員に王様が描いた中でも1番可愛くかけたカルガモの雛のペン画を元に作った招待状を送った。
封筒の裏には巻物を加えたカルガモをあしらい、招待状は「Invitation!」と書かれたリボンを2羽の雛が両側から押さえているデザインで、エンボス加工で中々立派にできた。封緘には王家の紋章を押し、素晴らしい出来栄えだった。 
「初日いらした方には軽食をご用意しております。参加費無料!」王様は張り切った。
焼きそばと、焼きそばパンが出来るようコストコでスリット入りのコッペパンを買った。イチゴジャムバターのコッペパンを作れるようも用意した。お茶とビールとソフトドリンクも色々と取り揃え、美術館の入口の中央には「ガラ会場は2階です」と大きく看板を立てた。

2階には両翼にある階段と、右端のエレベーターで行くことが出来る。階段と階段のあいだに展示会場があり、「王様の美術館展」はその中の展示室1~4を使って行われた。展示室第5は出口と繋がり、会場外からアクセスできるようになっているので椅子とテーブルを並べてガラ会場とした。

ガラ開催当日が来た。いい天気の暖かい秋の日で、幸先が良さそうだった。今日は土曜日だし、きっと、たくさん見に来てくれるだろう。恥ずかしいけど、王様は皆に和んでもらえれば良かった。

美術館は10時に開いた。いつも来てくれる65歳以上に配られる無料鑑賞カードを持つ常連は、迷わず常設展に向かった。彼らにとっては美術館は日課でイベントには興味がなかった。
王様は1番に来てくれるのは誰かなと2階からこっそり入口広間を覗いた。ジジババたちは1階の展示を見てそのまま帰ってしまった。

王様は何だよ!と思ったが、まだ10時なので年寄りはお腹が減らないに違いない、また昼に来てくれるだろうと思い直した。

王様は知らなかったが、この日は小中高大学、いずれも休校のブランクを取り戻すため休日返上で授業をしていた。しかも5時までびっしりだ。

王様の家族だが、第一王子は反抗期のテンションの反動で熱を出していた。そして、その傍にいた人々は皆安全が確認されるまで外に出られず、つまりは議会関係者は全員足止めされていた。、第一王子は悔しそうにお詫びの電話を入れてきた。王様と王妃は心配はしてみたが、第一王子は幾度かの反抗期のあと必ず「知恵熱」と2人が呼ぶ熱をだし、しばらく経つと治るのであまり深刻にはとらえなかった。(元々この国ではみな検査を受けていたのでコロナ感染のリスクは低いのだ)

その他の国民は、今回の招待を受けて戸惑ったり喜んだりしていた。誰かが行くと言えばいつでもいこうと思っていたが、誰もいいださないのでやはり王の前で王様の絵を見るのは恐れ多いので普通の日に、そっといこうと思って大半の人は行かなかった。

とうとう若いカップルが覗きに来た。王様が
いらっしゃい!と声をかけると恥ずかしそうにお辞儀をして、こちらに来てくれた!招待客第1号と2号だ。王様は王宮焼きそばを勧めた。少し小太りの男の子の方は、ボク小麦粉アレルギーなので……と断った。それを見た女の子も、私……ジュースをいただきたいですといい、2人ともジュースをそそくさと飲んで展示を見に行った。しばらくして2人ともニコニコして展示室から出てきたので王様はきっと、気に入ってくれたに違いないと思った。嬉しかった。

その後もぽつりぽつりと、主婦のグループが来てくれた。そして焼きそばを食べて喜んで、焼きそばパンをお土産に持って帰りたいと言い出した。
王様は食品衛生法でそれは出来ないことになっている、と伝えた。主婦たちはあらゴメンなさい、子供のおやつにちょうど良かったのに!と言った。

お昼になって、王様もお腹が減ったので焼きすぎてブヨブヨになりかけた最初の焼きそばを食べておくことにした。

王妃だが、ここに王妃が現れると王様より王妃に脚光が浴びてしまうことは明白なので敢えて顔を出していなかった。宣伝はしていないが王妃の撮った写真も第3展示室いっぱいに展示してある。これをプレスリリースに載せると王様より、王妃の写真を見に来る人がメインになってしまうため王妃はそうとは伝えず、私の写真は来てビックリのお楽しみにしましょう、といい、宣伝から外しておいた。どこの国でも王妃のファッション、行動が1番の関心事になるのだ。

午後、相変わらず展覧会はからっ歩だった。手伝いに来てくれた王妃が焼きそば会場を1階にすれば物理的にも心理的にも敷居が下がるかも、と言ってくれた。

確かにそうかもしれない。王様は、2つのテーブルを下に自ら運び、そこに焼きそばと飲み物を並べた。ここで配り2階に案内しよう。ホットプレート1回分の焼きそばは、そのまま冷たくなってしまった。
王様はジップロックに焼きそばを入れた。自分の買ったものなので、冷凍して責任もって食べよう。


その後も長い時間お客は来なかった。王妃は笑顔を崩さず誰か来た時に備えてずっとホットプレートの傍に着いた。

3時になった。ここでやっと、10人目のお客が現れた。それは王様の友人たちで、全部で4人だった。見に来て、礼儀正しく挨拶し、礼儀正しく焼きそばを食べて礼儀正しく展示をみて礼儀正しい感想を述べて帰って行った。王様は心が虚ろになっていくのをかんじたが、皆に焼きそばを食べに来て、5時まであるから、温めておくから、と伝えて欲しいと述べた。
王様の友人たちはもちろん引き受け、友人の友人の友人くらいまでは伝言が浸透したがその後はさっぱりだった。

5時だ。ガラ終了。観客は13人だった。
王様は悪いのは君たちじゃあないよ、私がもっと可愛く描いてあげればよかったねぇ
と会場の作品たちに呟いて、残った焼きそばとキャベツと豚の脂身をジップロックに入れてエコバッグにつめた。

そして、予想では沢山出るはずの少ないゴミを片付け、使われなかったテーブルなどの備品を美術館に返してハンコを押し、消灯と施錠を確認して帰路に着いた。