前回、『野村喜和夫論①』で私は、『速度の虜』と『他者の泉8』についてこう書いた・・・・・・私が、疑問に思ったのは、「欲望のままに、少女の尿を浴びていると、顔は、尿とともに、押し流されてしまう」ということは、その前の14行の言葉を必要とするほど、大切なテーマか、ということである。また『速度の虜』は五ページに渡る散文詩だが、「詩は速度への愛である」というテーマは、五ページの感情のこもらないホラー映画のような強姦シーンは必要か、ということである。
『速度の虜』のテーマの一文以外の言葉、また『他者の泉8』の三行以外の14行は、どちらも、書き手と話し手が分離されておらず、話し手が一方的に語りつづけてくる。そこに感情をはさまないように、あるいは、意識して感情を捨てた映画フィルムか日記のように。
これも書き方のひとつ、技法であるとは言えるだろう。しかし、わたしには、書き手が言葉にたいして礼儀を尽くしていないように思える。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言葉は道具である。しかし同時にイデアである。イデアであるということは、人類が積み重ねた、あるいは発見し普及した理念である。それを、どのように書き手が扱うか、というのは、人形浄瑠璃師が人形をどう扱うか、演奏家が楽器をどう扱うか、舞台俳優が舞台道具をどう扱うか、と同じように観客である読み手に見えるのだと思う。また、陶芸師は土を生き物として扱う。画家は絵の具を自分の一部のように扱う。人形浄瑠璃師は人形を生きている人間のように大切にする、演奏家、舞台俳優、陶芸師、画家しかり。なら、詩人が、言葉を大切にしないなら、それなりの作品になってしまうのではなかろうか。・・・・・・・・・・・・『野村喜和夫論①ー詩人と言葉ー』
http://ameblo.jp/tomolitessay/entry-11455131946.html
自分の詩が言葉に礼儀を尽くしているかと訊かれたら、難しいですねとこたえるつもりだ。
しかし、へたな私の詩は、下手であるがゆえに、読んで言葉を嫌いになる人は少ない。頭を使わなくて良いし、楽だし、読み手が「これなら、わたしも書ける」と思うのではないかと思う。
私はそれで良いと思う。私が、今、自分の詩に求めること、書くときに配慮するのは下のことである。あるいは、ほとんど配慮していないではないかと言われたら、もともと繊細さが欠けているので、配慮できていないかもしれませんと答えざるを得ないが。
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私は、現在、詩について下のように考えている。
①読者が言葉を好きになる詩が良い。
②限られた読者を想定するのでなく、全人類へむけて書く方が良い。
③読んで言葉の歓びを感じ、人と言葉の不思議を多くの人が感じることができる方が良い。
④高尚低俗という基準は、言葉への姿勢にあり、言葉やテーマにはない。
⑤いろいろな詩の形(段変え等)があるが、本質的に、改行詩と散文詩、そのふたつとその組み合わせだけで良い。読み手は、形式は単純な方が楽である。・・・・・・・・・・・・・・『野村喜和夫論①ー詩人と言葉ー』
Ⅰ.何を、誰に向けて書くか
詩は、書き手が、話し手をかいして語るが、何について書くか?あるいは、心的状態なら誰について書くか?
書き手は、話し手の眼と口をかいして、書き手自身が見た、感じた世界を、それが現実のものの場合も、虚構の場合も、希望する場合も、嫌悪する場合も、描いている。ある場合は愛着をもって、ある場合は冷たく、冷酷に、残酷に、描く。
今回、『ZOLO』を読んで感じたことは、明確であった。
①読んで、言葉をすきになり、詩を読もうと思う人はどの程度いるだろうかと、疑問に思った。初めて詩集を手にした人が、もっと読んでみようと思うだろうかという疑問である。
②読者は、野村喜和夫氏の詩の仲間、大学の教え子に限定して想定して書いたのだろうか、と思った。詩を読みなれていない人は他の詩を読めば良いのであって、野村喜和夫氏の詩を呼んで楽しめるように特別な専門性を身につけてから、『ZOLO』は読めば良いのだろうか。
③読んで、読者は歓びを感じるだろうか。人と言葉の不思議を感じることができるだろうか。不可解さを感じるのではなかろうか。あるいは、その不可解さこそ、作者が目的としているところだろうか。
簡単には、野村喜和夫氏は、誰に読んで欲しくて、何のために書いたのだろうかという疑問である。
「カオ、
カオ、カオ、
ふれている空気は、誰彼の生へと至るか、
その生を守るために、
べつの誰彼を抹殺する、
へと至るか、
むしろどうしたらひとりきりでいられるか、
ひとりきりでたとえばNO WAR、
と叫べば、
そのひびきにまじれ気はないだろうに、
・・・・と女はいう、
私はひとりきりにはなれないから、
女の穴に、
べつの骨灰を注ぎ込む、
・・・・・」(『平行の生』)
「平行の生」、交わることのない生。ひとつ、女とのセックス以外の交わりの他には。それが「男」の生である・・・・というのが話し手、書き手の観る世界だろう。
この詩集は始まりから最後まで、交われぬ人と人の姿である。あるいは、書き手が、話し手に選んだ虫とその虫を見る人間の姿、強姦する男と女の関係、死体と生きている人の関係、抱き合う男と女の関係、恋人とその恋人を追う男の関係、死者となる自分と生きている自分の関係、である。
一か所だけ、「男」の心がなごむところがある。それは、『平行の生』で、からだが骨が灰になって壊れて行く「男」と同じであろう。書き手の野村喜和夫氏が無意識に話し手に重なってあらわれていると考えてよいだろうと思う。
すれ違う霊柩車の死者が語るところからである。
「・・・・・しばらくこの光のなかにとどまり、この光をあなたと共有してどこが不都合なのでしょうか。
私は、あるいは妻も、心のなかで手を合わせ、するとその姿勢のまま、名状しがたい平安のなかに捉えられてゆくような気がした。その平安のなかでは、すべては許され、宥められ、融けてひとつの流れとなり、誰か意地の悪い者がナイフでその流れを切り分けても、すぐにまた傷のないひとつの流れに戻ってしまう。人生は永遠よりほんのすこし短いだけだ。・・・・・・・・・」(『光の成就』)
このように、ことばに無理をさせず、自然に語るのが、多分、野村喜和夫氏の言葉の感性だろう。この『ZOLO』では、巻頭の『春の戴冠』で、バスの隣の席に座る女の子の描写、最後の『死者の砂』で死んだ母の最期を探す場面の表現、とかにあらわれている。これは、作者の感性が現れ、作者が、意識・無意識に関わらず、残したものである。私は、意識的に残したと思う。さもないと、詩集全体が冷たくなりすぎるのだ。
そして、私は不思議になるのだ。
読みづらい、難しい詩は、野村喜和夫氏の詩を読みなれている限られた読者へ向けて、作者が意識して書いていると思わざるを得ない。そして、私は野村喜和夫氏は自分自身の知性、特に、死を考える知性にむけて、詩の形態で書いた。それなら、読みなれている読者は読める。
しかし、他の読み手のことは考えなかったのだろうか?と。
詩集と関係ないことだが、私の野村喜和夫氏という人は、最初『現代詩手帖』から受けた印象と、あまり違わないと思う。詩人の性質、感性は上のような素直な詩文にあらわれる、常識的社会人だと思う。それを、時にエキセントリックなほどに激しい言葉を使う詩人に変えるのは、野村氏にとって、現代詩の世界の要求に答える方法ではないだろうか。これは、想像だが。そのことは、野村喜和夫氏の過去の詩作品から、書いていこうと思う。
Ⅱ.読み手を限定することと知性が書くこと
上に書いたように、私は、野村喜和夫氏は、自分の知性で作り上げた詩人「野村喜和夫」が、読者を、野村喜和夫氏を読みなれたファン、批評を書く批評家、同じ詩人へ向けて書くように、書いていると思う。あるいは、そこにしか道はなかった。
これは他の詩人もそうでないだろうか。なぜなら、読み手がそこにしかいない。批評する人もそのなかにいる。
感性の自由を知性で塞ぎ、言葉を知性的に見えるように書く。評論は、知性がない詩をほめない、特に荒地派の批評家は、知性がシャープであり、その評論に褒められるには、知性をあふれるほど注ぐしかない。荒地派の後、知性を感じさせる詩人がいない、知性と感性を語る批評家がいない、その中で若い詩人たち(当時30歳前後)が、詩の方向をきめていったのである。・・・・それが現代詩の問題のひとつではないだろうか。
私は、この難しい知性による詩がこんなにも増えているとは思わなかった。1980年頃から30年少し、全く現代詩の雑誌も詩集も手にしなかった。その間に、詩の雑誌に載っている詩は、知性の固まり、正確には、知性の切り分けに感性の香辛料をかけた詩になっていた。
その理由を、私はこう考えている。
荒地派・・・・野村喜和夫氏は、「荒地派」が詩の社会的な感性を暗くしたと書いているが・・・・が、戦前から、生きることを知性的に捉えて来た。たとえ、書く詩が抒情になっている場合もあるにしても。そして、その後、詩人は、知性の向かう先を失った。詩だけではない、小説も、絵画も、評論も、知性の向かう先を失っていた。
そこで、二つの流れができた。
≪言葉の知的・専門的使い方の流れ≫
ひとつの流れが、言葉の技術と専門性(知性)で、専門的な工芸品を制作する流れとなった。それが、野村喜和夫氏のグループである。その方向性を、言葉のシンボル性を徹底的に使う技術で進めた吉岡実の方向に定めた。
知性がむかう対象がなくなった、しかし、批評は知性を要求した。このことがポイントである。野村氏の「荒地派」への弱い嫌悪感は、知性的詩であることを強く要求されることへの拒否感ではないだろうか、と考えている。
≪言葉の感性で書く流れ≫
もうひとつが、言葉の感性、修辞をどのように用いるかと進んだながれである。荒川洋治氏を中心とするグループの流れである。
この二つの流れが現在のながれである。
時代の詩人にとって、芸術家にとって、知性が向かう問題が見えなくなった。政治的に、学生運動が終わり、それまで政治に向かっていた知性は行き場をなくした。また、荒地派の詩人たちも、1980年をすぎると、その知性と感性をいっしょにむかっていく方向を失っていったように思う。
朗読、宮沢賢治等過去の詩人の研究、他分野(文学史・心理学・物理学)を取り込むことで詩人は、知性の逃げ道を作っていったのではないだろうか。そこから逃れようとしたのが、野村喜和夫氏や荒川洋治氏の流れのように思える。
そして、その結果、読み手は限定され、書き手はその限定された読み手を想定して書くようになり、さらに、ひとりひとりの詩人の詩を読む読み手は限定されていった。
それが、現在の現代詩の中心となる詩人の状況ではないだろうか。昔、思潮社が初版に何部刷っていたかはしらない、現在の数も知らない、しかし、必ず減少しているだろう。
野村喜和夫氏の『ZOLO』について、書き始めて、視点がずれていった。
今、私は、現代詩の次の道を決めて行くには、野村氏の場合は、下の詩の感性を大切にすることだと思う。その先がどう開けて行くかは不明だが。
「こうして私たち、
私とそのかたわれたち、
互いに互いの影をうばうようにして、
すすむ、
ときに、
かさなり合うことがあっても、
朝のほそい高みで、
誰のでもない祈りのかたちとなるため、
ふたつの息をかさねて、
かさねて、
そこをひとすじ、
笑いがつらぬくようにするのだ、
・・・・・・・・・・・・」(『宙の武勲』)
ここだけ読むと、荒川洋治氏と似ていないだろうか。
今、私たちの詩は、男と女のことを書くしかなく、言葉でどのように飾ることができるかという、とても狭い橋の上にいるのかもしれない。
(2013.01.27)