令和7年(2025年)5月17日の朝日新聞に、次のような記事(有料)が掲載されました。
報道のタイミングが悪く、ちょうど年金関連法改正案が国会に提出された日(令和7年5月16日)の翌朝の記事でしたので、厚生年金保険法による遺族厚生年金や国民年金法による遺族基礎年金と完全に勘違いされた人がかなりおられるようです。う~ん、この記事は労働者災害補償保険法による遺族補償年金の支給要件における男女差の話なのですが…。
いやいや、そんなことにかまけている時間など今はありませんので、さっそく本題に入ります。
まず、この支給要件の男女差は、業務災害における「遺族補償年金」、通勤災害における「遺族年金」、複数業務要因災害における「複数事業労働者遺族年金」に共通のものなので、それらを総称して「遺族(補償)等年金」という表記をするのが一般的です。
しかし、労働者災害補償保険法(労災保険法)の沿革として古くからあるのは、業務災害による「遺族補償年金」ですし、そう表記したほうが簡潔ですので、ここでは「遺族補償年金」とのみ表記いたします。また、条文規定を引用する場合においても「遺族補償年金」における条文規定のみを引用しますので、何卒ご了承ください。
【1】労働者災害補償保険法における条文規定
さらに、遺族補償年金の特例として、「夫、父母、祖父母及び兄弟姉妹」については、「障害状態にない55歳以上60歳未満の者」であっても、第7順位~第10順位の受給資格者(若年支給停止者)になることができるという特例が、昭和40年改正法附則第43条に定められています。
第53回(令和3年度)社会保険労務士試験〔選択式〕にもズバリ出題されましたが、法本則を尋ねているのか、法附則を尋ねているのか、社労士試験ではよく出題されますね。
ここで問題なのは、妻以外の女性(子、母、孫、祖母及び姉妹)については、男性との年齢差が規定されていないのに対して、妻だけは、死亡した夫により生計を維持されていただけで遺族補償年金を受給することができるという男女差を設けていることです。
労災保険法における「生計維持要件」については、遺族厚生年金のような年収850万円未満などという収入要件がなく、かなり高収入な共稼ぎの妻であっても生計維持要件が認定されるほど幅広いものですから、およそ夫が業務災害により死亡すれば、その妻は、20歳であろうが、30歳であろうが、40歳であろうが、遺族補償年金を受給することができるのが通例です。
※ 実務上の問題となり得るのは、死亡した夫が重婚的内縁関係にあった場合、すなわち、死亡した夫に法律上の妻と内縁の妻がいるような場合に、どちらの妻に遺族補償年金を支給すべきかで問題となることはありますが、ここでは割愛します。
同様の規定は、国家公務員災害補償法第16条や地方公務員災害補償法第32条にもありますが、後者については、地方公務員である妻が職務上死亡した当時に55歳未満であった夫が、遺族補償年金を55歳未満の夫に支給しないのは法の下の平等を定める憲法14条違反であるとの訴えを提起した事件があります。しかし、最高裁判所は、平成29年3月21日に合憲判決を下していますので、これで決着がついたかのように思われました。
しかしながら、遺族補償年金における支給要件の男女差を合憲と判断したその最高裁判決には大きな批判もあり、さらに、厚生年金保険法による遺族厚生年金の支給要件男女差を是正する旨の厚生年金保険法改正案が社会保障審議会において議論され、実際に令和7年通常国会に提出されたため、やはり労災保険法においても、遺族補償年金における支給要件の男女差を是正すべきだという議論が再燃したのです。
※ 令和7年5月現在、東京都内の男性が遺族補償年金における支給要件の男女年齢差は憲法違反であるとして、訴訟係属中です。
【2】労働基準法における条文規定はどうなっているか?
労働者災害補償保険法は、もともと労働基準法による「災害補償」を保険化したものですが、それでは、昭和22年4月7日に公布された当時の労働基準法における「遺族補償」の条文規定はどうなっていたのか、確認してみましょう。
具体的に遺族補償を受けられる遺族の範囲については、労働基準法施行規則第42条以下にあります(第42条のみ引用添付します)。
遺族補償を受けるべき遺族の第1順位は、死亡した労働者の配偶者(事実上の配偶者を含む)とだけ定めがあるのであって、生計維持要件や生計同一要件すらありません(配偶者以外の者にあっては、生計維持要件又は生計同一要件を要することとされています)。また、妻と夫を年齢によって区別することもしていません。
ちなみに、昭和22年4月7日、労働基準法と同時に公布された当時の労働者災害補償保険法の規定を見てみましょう。
昭和22年当初は、「遺族補償費」という名称で、平均賃金の1,000日分を一時金として支給していました。「年金たる保険給付」は、当時はまだ存在しておらず、年金たる保険給付が導入されるようになったのは昭和35年及び昭和40年の法改正によります。
[注] 法第16条には、「障害補償費、遺族補償費及び打切補償費は、命令の定めるところにより、命令の定める期間毎年これを支給する」とありますが、これは労働基準法第82条の規定を準用して、6年間にわたり分割して支給することを認める趣旨だったのではないかと思われます。しかし、私が調べてみた限りでは、昭和20年代に「命令(政令・省令)」は定められていないようですので、昭和20年代当時、「遺族補償費」は、平均賃金の1,000日分を一時金として支給していたと考えてよいと思われます。
さて、戦前まで遡り、大正5年に施行された工場法施行令第10条では、やはり「遺族扶助料ヲ受クヘキ者ハ職工ノ配偶者トス」と定められています(配偶者がいない場合にあっては職工の死亡の当時これと同一の家にありたる職工の直系卑属又は直系尊属だの、ごちゃごちゃ支給要件が付加されていますが、配偶者には何の要件も付せられていません)。
【3】遺族補償年金の男女差はいつ発生したか?
それでは、夫婦における男女差はいつできたかというと、それまで一時金たる保険給付であった遺族補償費について、年金給付を通常としていた欧米諸国の法制度やILO条約等に従い、遺族補償給付の原則的保険給付を遺族補償年金とした昭和40年法改正のときです(遺族補償一時金は、遺族補償年金を受けることのできる遺族がいない場合に支給される例外的な保険給付とされています)。
当時は、炭鉱爆発事故等による一酸化炭素中毒症などが深刻な社会問題となっていた時期で、炭鉱労働者の珪肺や脊髄損傷をめぐって、労災保険給付の年金化が政治問題とされていました(すでに昭和35年4月1日から、保険給付の一部年金化が施行されており、例えば、障害等級第3級以上の障害補償費受給者については、年金たる保険給付の支給が実施されていました)。また、炭鉱爆発事故等による死亡者の大半は男性でしたので、死亡した男性労働者が既婚者である場合には、「妻」が遺族となるのが通例でした。
そのため、法改正を審議していたのが「労働者災害補償保険審議会」であり、国際労働機関(ILO)等の条約・勧告等に基づき、「遺族補償費の年金化」を労働大臣宛てに答申していました。
ここまでは分かるのですが、いろいろ調べてみても、妻と夫の年齢要件の男女差について議論がなされていたという議事録その他の資料がまったく発見できませんでした。おそらく当時は、それが当たり前と考えられていたということなのかもしれません。
ただ、諸外国においても、当時はまだ「専業主婦」がいた時代であり、妻に対する保護は一生涯においてなされるべきとの国際慣行が一般的な時代であったことは確かです。
【4】夫の年齢を「60歳以上」とした理由
しかし、労働者である妻が業務災害で死亡した当時、夫の年齢を「60歳以上」にした理由については、なんとなく推測できます。
[注] ここでは、妻の死亡の当時、遺族となった「夫」が原則として第5級以上の障害状態であることは考慮しないで話を進めますので、ご容赦ください。
昭和29年の厚生年金保険法抜本改正において、それまで老齢年金の支給開始年齢が「55歳」であったものを、段階的に「60歳」に引き上げることが、すでに決定されていたからです。
すなわち、妻の死亡時に「夫」が60歳以上であれば、すでに職業生活から引退し、賃金収入もなくなっているので、保護すべき対象にすべきものと考えたのでしょう。
でも、完全に老齢年金の支給開始年齢に合致させたものとも考えにくいところがあります。
昭和40年の労災保険法改正時には、男性の老齢年金の支給開始年齢は、まだ60歳になっていないからです。
① 昭和32年度~昭和35年度:56歳支給開始
② 昭和36年度~昭和39年度:57歳支給開始
③ 昭和40年度~昭和43年度:58歳支給開始
④ 昭和44年度~昭和47年度:59歳支給開始
⑤ 昭和48年度以降:一般男性の老齢年金の60歳支給開始の完成
※ 女性は、昭和62年度から平成11年度にかけて55歳から60歳へ段階的な引上げをしています。
そうなんです。
昭和40年4月から国会で労災保険法改正が審議されていたときは、老齢年金の支給開始年齢は「58歳」でした。
まあ、しかし、法律で「58歳」と決めておいてから、その後、老齢年金の支給開始年齢に合わせて遺族補償年金の受給資格要件となる夫の年齢を引き上げていくのはあまりに迂遠すぎますから、これは私の考えすぎでしょうね。
<豆知識の充填>
ここで労災保険法から離れますが、昭和29年の厚生年金保険法全面改正において、「妻」に対する遺族年金の在り方が大きく改正されていますので、簡単に触れておきます。
例えば、子のある妻や障害等級1級又は2級の障害状態に該当する妻については、夫が死亡したときから遺族年金を受給することができました。しかし、そうでない妻に関しては、非常に厳しい支給要件となっていました。
それは、夫が死亡した時点で「40歳以上」でなければ遺族年金の受給権を取得することができず、かつ、55歳に達するまで遺族年金は支給停止されるという「若年支給停止規定」もあったからです。
すなわち、子を有しておらず(若くして出産した子が成人等して独立したため、子を有しなくなった場合を含む)、1級又は2級の障害状態にもない妻の場合、夫が死亡した時点で40歳未満であったとすると、遺族年金の受給権が発生しなかったのです。
そして、55歳に達するまで遺族年金を支給停止にするとの若年支給停止の趣旨は、当時、女性の老齢年金の支給開始年齢が「55歳」であったことと平仄を合わせるためでした。
そのような状況であったため、当時、遺族年金や夫の死亡による民間の生命保険金が受けられない寡婦は、新たな男性と再婚したり、家政婦として働き始めるという風潮も、よく見られたようです。
さすがに、この支給要件は厳しすぎると考えたのか、昭和40年の厚生年金保険法改正により、遺族年金を受けるべき遺族が「妻」である場合には、年齢要件は撤廃するものと改められました。
これは、労災保険法の改正とともに、厚生年金保険法による遺族年金の「妻」の支給要件等を合わせたのではないかと考えられますが、そうであるとすれば、何らかの議論等がなされていたと思われます(残念ながら、今のところ議事録その他の資料が発見できておりません)。
この点、当時の社会保険庁は、昭和40年6月5日付け庁発第7号により、「遺族の生活保障の実をあげるため、遺族年金の額について月額五〇〇〇円の最低保障を設けたほか、妻については、年齢制限及び若年停止を撤廃したこと。」という通知を発出しています。
【5】夫の年齢を「55歳以上」とした理由
さて、まだ疑問が解けていないものがありますね。そう、若年支給停止者です。
・第7順位:55歳以上60歳未満の「夫」で、一定の障害状態にないもの
・第8順位:55歳以上60歳未満の「父母」で、一定の障害状態にないもの
・第9順位:55歳以上60歳未満の「祖父母」で、一定の障害状態にないもの
・第10順位:55歳以上60歳未満の「兄弟姉妹」で、一定の障害状態にないもの
これら昭和40年改正法附則第43条に規定されている者は、特例として受給資格者になれる者であって、特別の救済措置であるため、たとえ受給権者となっても、60歳に達するまで遺族補償年金は支給停止されます(若年支給停止)。
これは、「第48回国会衆議院社会労働委員会第33号(昭和40年5月17日)」の会議録に掲載されています。
発言番号126において、澁谷直藏という国会議員が中心となって作成した「修正案」の趣旨が説明されています。この澁谷直藏という国会議員は、もともと労働省にいた労働官僚でしたので、労働法に関しては非常に詳しいのですね。
当該発言部分を引用します。
⬇️
「修正点の第二は、遺族補償年金の受給資格者の範囲を拡大しようとするものであります。すなわち、政府原案では、労働者の死亡当時その収入によって生計を維推していた労働者の夫、父母、祖父母及び兄弟姉妹は、これらの者が労働者の死亡の当時六十歳以上である場合にのみ遺族補償年金を受けることができる遺族とされるのでありますが、労働者が若年で死亡した場合には、その父母等も受給資格年齢に達せず、これから老齢に向かおうとしている父母等が年金を受けられないという場合が少なくないと考えられます。そこで、父母等の受給資格年齢を、政府原案の附則第四十四条の規定に基づき遺族補償年金の受給資格者の範囲が改定されるまでの間、五十五歳に引き下げることとしたのであります。ただし、これら特別に年金の受給資格者とされた父母等の受給順位は、他の遺族に対して最後順位とするとともに、これらの者が六十歳に達するまではその支給を停止することとしておりますが、政府原案の附則第四十二条の遺族補償年金の一括前払いはその支給を受けることができることとして、遺族の保護に資するよう措置することとしたのであります。以上、修正案の趣旨を申し上げた次第であります。何とぞ委員各位の御賛成をお願いいたします。(拍手)」
確かに、20歳代の若い労働者が業務災害で死亡した場合、その父母は60歳に達していない可能性は十分にあります。
しかも、当時の一般的な定年年齢が「55歳」であったことを考えると、労働者の死亡の当時、55歳以上である遺族を保護すべき理由は十分にあります。
そして、若年支給停止者であることを考えると、55歳から最長で5年間、遺族補償年金を受けられない可能性もありますから、それら遺族(若年支給停止者)の保護に資するよう「遺族補償年金前払一時金」を請求することができるとした理由も、なるほど納得できます。
以上に述べたような、昭和40年法改正を中心とした労災保険法に独自の保険給付の拡充のことは、「労災保険の社会保障化」とか「労災保険の一人歩き」などと呼ばれています。
<男女差批判の契機となったもの>
最後に、この労災保険法による遺族補償年金の支給要件男女差の問題が大きく批判され始めたのは、国民年金法による遺族基礎年金の法改正が契機であることは、覚えておいてください。
もともと遺族基礎年金は「子のある妻又は子」に対して支給されるものであり、「夫」に対して支給されることは絶対にありませんでした。
しかし、平成23年(2011年)3月11日に発生した東日本大震災により妻を亡くし、子とともに遺族として残された夫が、法律でもって遺族基礎年金を夫に支給しないと定めているのは、日本国憲法第14条第1項の規定による法の下の平等に反すると訴えたことにより、「子のある夫又は子」に対しても遺族基礎年金が支給されるよう法改正がなされたのでした(平成24年8月22日法律第62号:平成26年4月1日施行)。
《後日談》
昭和25年(1950年)の社会保障制度審議会による勧告(社会保障制度に関する勧告)において、寡婦年金として「55歳以上」、かん夫(寡夫)年金として「60歳以上」とあります。もしかしたら、この社会保障制度審議会勧告が大きな影響を与えている可能性があります。
https://www.ipss.go.jp/publication/j/shiryou/no.13/data/shiryou/syakaifukushi/1.pdf









