(1)社会保険労務士法の改正
さて、令和7年社会保険労務士法改正により、令和7年6月25日から、法第1条が「目的規定(目的条文)」から「使命規定(使命条文)」へと改正施行されています。
ちょっと法第1条が長くなってしまいましたが、来年度、第58回(令和8年度)社会保険労務士試験を受けられる受験生は要注意ですね。どの語句が選択式問題で抜かれても、必ず正解できるようにしておきましょう。
この条文中に「社会保障の向上及び増進に資し、」とあります。そこで、今回は社労士試験の過去問を通して「社会保障(社会保険)の歴史・沿革」を確認したいと思います。
(2)鉄血宰相ビスマルクによる社会保険3部作
社労士試験における試験形式が変更された第32回(平成12年度)社会保険労務士試験から、幾度となく「社会保障(社会保険)の歴史・沿革」に関する知識を問う問題が出題されています。
例えば、↓第48回(平成28年度)社会保険労務士試験〔選択式問題:社一〕においては、世界初の社会保険に関する問題が、空欄A・Bで出題されました。
世界初の社会保険立法としては、ドイツ帝国の鉄血宰相と呼ばれた、オットー・フォン・ビスマルク(1815~1898)による次の3つが「ビスマルク社会保険3部作」として有名です。
※ ビスマルクといえば「飴と鞭の政策」で有名ですが、「飴(あめ)」というのがこの社会保険立法であり、「鞭(むち)」というのは社会主義者の弾圧でしたね(中高生時代の復習です)。
⑴ 疾病保険法(1883年)
⑵ 労働者災害保険法(1884年)
⑶ 老齢廃疾保険法(1889年)
ビスマルクは、最初に「労働者災害保険法案」を帝国議会に提出しました。ビスマルクは、帝国政府が低賃金労働者の保険料を負担するという形の保険制度を考えていたのですが、帝国議会では社会保険制度に国家が乗り出すべきではないとの意見が強く成立に至らなかったため、「疾病保険法」を先に成立させています(翌年の1884年に保険料について全額事業主負担とする「労働者災害保険法」を成立させました)。
法成立後の保険料の負担については、次のようになっています。
① 疾病保険法・・・業務外の事由による傷病等を支給対象としていたため、労働者(被用者)が「3分の2」、事業主が「3分の1」の負担割合とされていました。
事業主にも保険料の一部負担を求めたのは、資本主義による産業上の恩恵を受けているのは事業主だからですが、私傷病といえども、労働によるストレス等の影響を受けると考えられるからでもあります(仕事を辞めると健康になる割合は、男性より女性のほうが高いと言われていますよ)。
なお、ドイツが東西に分断された1949年からは、西ドイツにおいて、2分の1ずつの労使折半負担となっており、現在のドイツに至っています。
② 労働者災害保険法・・・業務上の事由による傷病等を支給対象としていたため、全額事業主負担となっています。
③ 老齢廃疾保険法 ・・・労使折半負担です。老齢年金は、30年以上保険料を拠出した70歳以上の高齢者に年金を支給するものとされており、3分の1の公費負担がありました。年金制度は長期給付であるだけに、財源の確保が重要な問題となっていたのです。
※ ドイツで制定された社会保険立法は、その後すぐに欧州近隣諸国を中心に普及していきますが、「保険料の労使折半負担主義」が世界の趨勢となりました。
なお、「老齢廃疾保険法」という名称から分かるように、当初「遺族年金」は存在せず、「老齢年金」と「廃疾年金(障害年金)」しかありませんでした。諸外国における公的年金制度においては、遺族年金の扱いは低く、公的年金制度以外の保険制度で死亡に関する給付をする法制度も少なくありません。
■ 大正11年(1922年)、ドイツの疾病保険法を範として日本で制定された「健康保険法」においては、第二次大戦後に「労働者災害補償保険法」(昭和22年)が制定されるまで、業務外の事由のみならず業務上の事由による傷病等をも支給対象としていましたが、保険料負担については、立法当初から2分の1ずつの労使折半負担でした。
2分の1とした理由は、業務上傷病・業務外傷病の労使負担率を保険事故発生比率(業務上傷病4分の1に対して業務外傷病4分の3)により加重平均した結果、ほぼ労使折半になるからだと説明されています。
計算式で表すと・・・
・事 業 主:業務上(1/4×1)+業務外(3/4×1/3)=1/2
・被保険者:業務上(1/4×0)+業務外(3/4×2/3)=1/2
※ 業務外に関する事業主の1/3、被保険者の2/3というのは、ドイツ疾病保険法の例にしたがったものです。
しかし、上記計算式は、健康保険法が成立した後の政府説明によるものです。
健康保険法案を審議していた当時の社会保険調査会においては、保険事故発生比率を「業務上傷病1に対して業務外傷病4」と仮定していたため、次のような計算式に基づき、労働者(被保険者)と使用者(事業主)の保険料負担割合は「8:7」となっていました。
・事 業 主:業務上(1/5×1)+業務外(4/5×1/3)=7/15
・被保険者 :業務上(1/5×0)+業務外(4/5×2/3)=8/15
おそらく、健康保険法を成立させるに当たり、労働者(被保険者)の保険料負担感情や、企業の事務負担などを考慮して、2分の1ずつ労使折半負担にしたのではないかと思われます。保険事故発生比率も何か根拠のある統計資料に基づいているものではなかったそうですから、「ほぼ2分の1の労使折半負担」でよいと便宜的に決定したものでしょう。
※ 日本が健康保険法案を審議していた頃、ドイツを除く諸外国の疾病保険制度においては「保険料の労使折半負担主義」が世界の趨勢であったことが、最も大きな決定要因なのではないかとも思われます。
■昭和22年に「労働者災害補償保険法」が制定され、健康保険法から業務災害に関する保険給付が労働者災害補償保険法に移管された後も、健康保険法の保険料が労使折半負担とされているのは、「保険料の労使折半負担主義」によるものです。ただし、保険者が「健康保険組合」の場合には、規約で定めるところにより、事業主の負担割合を増加することができます(健康保険法第162条)。
プラスアルファの知識
なお、ビスマルク社会保険3部作に唯一欠けていた「失業保険」に関する法制度については、1911年にイギリス(英国)で制定された「国民保険法」において実現することになります。
ここで、「介護保険はどうした?」と思う人がいるかもしれませんが、社会保険の中に「介護保険」という概念が新たに登場してくるのは、高齢化が深刻化する1990年代に入ってからですよ。
このイギリス(英国)の『国民保険法』は、「健康保険の部」と「失業保険の部」からなり、後者は世界初の失業保険制度と言われています。
また、『国民保険法』は、「三者拠出方式」を採用しており、①被保険者(被用者)、②使用者(事業主)および③国庫の三者が、それぞれ負担・拠出するものとされていました。

