公的年金制度の年表などを見ていると、「1万円年金」とか「2万円年金」とか出てきますが、社労士試験のテキストにも出てくることがあります。そこで、その歴史的事情について、ここで概説しておくことにしましょう。

 

※ 明日、令和7年10月1日(水)は、第57回(令和7年度)社会保険労務士試験の合格発表の日ですから、かなりガチになっていますよ。

 

⑴ 高度経済成長期の光と影

日本における高度経済成長期は、昭和30年頃に始まり、昭和48年の第1次オイルショックで終わるとされています。

 

昭和30年に月額「18,300円」程度(従業員規模30人以上)であった労働者の平均賃金は、昭和35年には「24,300円」、昭和40年には「39,000円」と、昭和30年代の10年間で2倍以上に増額しました。

 

この未曽有の高度経済成長の原動力となったのは、総人口に占める「生産年齢人口(15~64歳)」の割合が高くなる「人口ボーナス」にあると言われており、昭和30年代後半からの消費者物価指数も、ほとんどの年で5%を超えるようになります。

 

そして、明治維新100周年となる昭和43年(1968年)、日本の「国民総生産(GNP)」は西ドイツを抜き、自由主義国ではアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となりました。

 

しかしながら、一方で、昭和30年頃から徐々に高齢化が始まっていました。農家出身の子どもたちは都市部へ出て働き、結婚し、子を生むようになります。そのため、高齢単身世帯や高齢夫婦世帯が急増することとなり、昭和30年代初頭には、独自に「敬老年金」を支給する自治体が現れてきます(国民皆年金制度の確立を急いだ要因にもなっています)。


また、高齢化を背景として、昭和38年には「老人福祉法」(昭和38年7月11日法律第133号)が制定されます。

 

そして、(関西万博ではない)大阪万国博覧会が開催された昭和45年(1970年)には、総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)が7%を超え、国連の定義でいう「高齢化社会(aging society)」に突入することになります。

 

以上に述べたことが、高度経済成長期における光と影と言われるものです。

 

⑵ 拡大する賃金と年金水準の格差

未曽有の高度経済成長により、現役世代の賃金(報酬)と、老後の老齢年金の給付水準との格差(世代間格差)が一層拡大していきました。

 

賃金(報酬)の比較的高額な団体組織は厚生年金保険の給付水準のあまりの低さに見切りをつけ、まず「私立学校教職員共済組合」が昭和29年に厚生年金保険から離脱し、昭和34年には「農林漁業団体職員共済組合」がやはり厚生年金保険から離脱していきました(ただし農林漁業団体職員共済組合は、組合員の減少等により独自での年金運用ができなくなり、平成14年4月1日に厚生年金保険に再統合されることになるのですが…)。

 

このままでは、さらに厚生年金保険から離脱する団体組織が出てくるおそれがあり、厚生年金保険の存在そのものが大きな危機に陥ってしまいます。

 

⑶ 1万円年金(昭和40年・昭和41年)

そこで、厚生年金保険法における第2回目の「財政再計算」である昭和40年、当時の平均標準報酬月額25,000円で、老齢年金の受給資格期間20年の拠出期間がある者の老齢年金の月額が「1万円」となるように設計しました。これが「1万円年金」(従前の老齢年金の平均月額は3,500円)と呼ばれるものです。

 

この「1万円年金」を実現するにあたり、老齢年金における「定額部分」と「報酬比例部分」のどちらにウエイトを置くべきか議論されましたが、結局5,000円ずつの半々とされました。

 

また、国民年金法における第1回目の「財政再計算」である昭和41年には、国民年金法における老齢年金の給付水準も見直すこととし、夫婦25年加入で合算して月額「1万円年金」(従前の老齢年金の平均月額は一人当たり2,000円、夫婦合算で4,000円)としました。

 

この昭和41年の国民年金法改正により、拠出制国民年金の財政方式が早くも「完全積立方式」から「修正積立方式」へと改められました。

 

[注]厚生年金保険法においては、すでに昭和29年の抜本的全面改正により、完全積立方式から修正積立方式へと改められています。厚生省が「賦課方式」を標榜するようになったのは、昭和48年改正後のことです。

 

⑷ 2万円年金(昭和44年)

昭和44年には、厚生年金保険、国民年金ともに前倒しで財政再計算をし、厚生年金保険における老齢年金の月額を「2万円年金」、国民年金においても、付加年金を含めた夫婦合算の月額で「2万円年金」としました。

 

⑸ ウェルフェア・ダンピング批判

日本では社会保障関係のILO条約の批准がなかなか進まなかったところ、昭和40年代に至り、日本の国際収支が黒字基調になると、日本に対する「ウェルフェア・ダンピング批判社会保障を十分に行わず、それによって社会的費用を節約して安い商品を輸出しているとの批判)」が世界的に高まってきました。

 

このような背景の中で、昭和48年、齋藤厚生大臣の指示により「ILO第102号条約」の批准に向けての検討が開始されたのです。

 

[注] ILO第102号条約(社会保障の最低基準に関する条約)は、年金受給者資格年齢の妻を有する男子が受ける老齢年金の給付水準として、30年加入、65歳支給開始で、従来所得又はその当時の一般成人男子労働者の平均賃金の40%、また、ILO第128号条約(障害、老齢及び遺族給付に関する条約、日本は未批准)は、老齢年金の最低水準を45%と定めていました。

 

昭和48年改正により、新たに老齢年金受給者となる者の標準的な年金月額は、厚生年金加入期間が27年、再評価後の平均的な標準報酬月額である「84,600円」の場合、妻の加給年金額を加えて「52,242円」となり(5万円年金)、平均標準報酬月額に対して「62%」と、国際基準を満たす水準となったため、それ以後、ウェルフェア・ダンピング批判は弱まっていきました(日本は昭和51年2月にILO第102号条約を批准しています)。

 

この昭和48年改正以後、年金給付水準については、国際標準基準に合わせるべく「所得代替率(replacement ratio)」で表すこととなりました。

 

[注]所得代替率の具体的な計算式は時代によって異なり、現在の所得代替率は「平成16年国民年金法等の一部を改正する法律附則第2条(給付水準の下限)」を根拠としています。

[注] 所得代替率は、「財政検証」における負担と給付のバランスを判断する基準となっていますが、公的年金の財政に影響を与える次の5つの要素(5大要素)には含まれていないことに十分気をつけてください。

① 労働参加
② 出生率
③ 平均余命(死亡率)
④ 実質賃金上昇率〈対物価〉
⑤ スプレッド(実質的な運用利回り)〈対賃金〉
 

⑹ 負担と給付の在り方に関する国際比較

持続可能な年金財源を実現するための負担と給付の在り方については、どの先進諸外国にあっても、世代ごとの負担と給付の関係が過度に相違しないように配慮する「世代間の公平性」と、同一世代内の所得格差に配慮する「世代内の公平性」とが考慮されています。

 

「OECD社会政策作業部会(2005)」においては、各国の公的年金制度には、共通して、予想よりも長生きすることに対する「リスクシェアリング」という側面と、高齢者の所得格差を是正する「所得再分配」の機能があることが指摘されています。

 

最後に、所得再分配に関する簡単な国際比較をしてみます。

 

① アメリカ・・・現役時代の所得が低い場合は所得代替率が高く、現役時の所得が高い場合は所得代替率を下げるという逓減的な給付設計(ベンドポイント制)と年金課税との組み合わせにより、所得再分配が行われています。

 

② カナダ・・・定額の年金に報酬比例部分を上乗せしていますが、所得上限額があり、かつ、その上限額以上の所得がある場合には、定額部分の年金給付が一部減額されるという「クローバック制度」を有しています。

 

③ スウェーデン・・・拠出をポイント換算したものに比例する給付を支給する一方、高齢者が低所得となる場合には「最低保障年金」を支給することにより所得格差の是正をしています。

 

④ 日本・・・老齢厚生年金の場合、定額部分(1階部分)と報酬比例部分(2階部分)を有することにより、所得再分配機能を果たしています。

※ 下図(給付)にあるように、基礎年金部分(1階部分)があることにより、失業等により賃金(報酬)の額が仮に2分の1(半額)に減少したとしても、給付額は2分の1(半額)まで減額しないように設計されています。

 

 

⑺ 今回のまとめ

いずれの国においても、現役世代の者が将来において年金を受給するという観点だけではなく、年老いた親」を家族内で私的に扶養する経済的負担を公的年金制度が社会的に肩代わりしているという観点をも有していることを決して忘れないでください。もし公的年金制度がなかったとしたならば、年金を貰えない貧しく年老いた親を、現役世代の子の経済的負担等によって扶養しなければならなくなるのですから(しかし、大金持ちの親をお持ちの方には関係ないかもしれませんけどね)。

 


《プラスαの知識》

昭和51年には、平均加入期間28年、平均標準報酬月額136,400円の男子の標準的な老齢年金の額を、妻の加給分を含め、月額90,392円とする「9万円年金」が、さらに昭和55年には、平均加入期間30年、平均標準報酬月額198,500円の男子の標準的な老齢年金の額を、妻の加給分を含め、月額136,050円とする「13万円年金」が実現しています。

 

昭和40年:1万円年金

昭和44年:2万円年金

昭和48年:5万円年金

昭和51年:9万円年金

昭和55年:13万円年金