やらせメールの責任をとって、7月には辞意をもらした九電の眞部社長。ところが松尾会長から、辞める必要はないと言われ、辞任のタイミングを、ズルズルと後に押しやっていました。実は、やらせメールで社長が辞任してしまうと、玄海原発プルサーマル導入時期に、やはり同じようなやらせをやってた当時の社長だった松尾会長も、同様に辞任せざるを得ないことから、会長が異様にかばっているとのこと。
 さらに、九電以外の電力会社でやらせをやっていたことが次々に明るみになった夏頃、社内に「うちの社長だけ引責辞任しなくてもいいじゃないか」という空気が蔓延してきたらしい。ま、これ、古いけど、「赤信号みんなで渡ればこわくない」という理屈だよね。感覚の麻痺ってコワイ。

 そしてついに2,3日前の記者会見で、辞任しない意思を表明した眞部社長。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/265434

 辞めない理由は、「混乱を避ける」ためなのだそうだ。混乱する原因を作った責任者が責任をとらなくて、どうやって混乱を収拾するんだ?こんな状況で、張本人が続投したら、また手法を変えて同じようなことをやったり、過去にやったことを粉飾したりする可能性がある。報酬カットですまされる話ではない。


  「東京電力福島第1原発事故のように、犠牲者や避難区域を発生させたわけでなく、辞任するほどの問題ではない」という理屈もあるようだ。これって、ただの未遂なだけで、玄海原発のような危険プラントを強引に稼働させていけば、遅かれ早かれ福島のようなことになる。そして、未遂だけど、それを詐術を使ってゴリ押ししようとしてるのが発覚したわけですよ。これで、何の責任をとらなくてもいいと言える感覚が、明らかに麻痺してる。

 当面の間、火力発電に力を入れるべく、石油・天然ガス系の企業などの外部から社長を人選するくらいしないと。原発依存から思考を切り替えることができない電力会社内部の人間が社長をやっていたら、電力会社は今後、不足に陥らなくてもいいところで電力不足とかを生じさせかねない。


 ここは、監督官庁たる経産省から、びしっと言ってほしいところだが。。。
 枝野経産相は「社長人事は民間企業が行うことなので直接にコメントすべきでない」というふざけたコメント。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/265457
 九電が普通の民間企業なわけないやろ!経産省保護下の非常に特殊独占企業。
 こんなことしでかす会社は、事業者認可を取り消されたくなかったら、ちゃんとけじめつけろとか、責任をとらせる責任があるし権限もある。
 もう、自分の都合にあわせて民間会社としての自由さを主張したり、事実上国営的な権限の強さを主張したりするような会社は、完全国営にするか、完全自由競争に晒す会社にするか、どちらかしかない。


 しかし、やらせメールを依頼した元凶の佐賀県知事古川康を、九電は必死にかばって、自分たちの責任ですと言ってたわけだが。社長の肩にかかってくる責任がそんなに軽いなら、やっぱり一番の責任は古川知事の方にとってもらわないといけないよね。まさか誰も責任とらないなんて無責任なことはやめて下さいね。

 「死の街発言」で簡単に経産相の首が飛ぶのに、やらせメールで誰のクビも飛ばないとか、理解に苦しみます。

 今月、長崎市の「原発なしで暮らしたい・長崎」など、いくつかの市民団体が長崎市議会に、脱原発を求める意見書を提出しました。意見書は、915日に市議会の文教経済委員会で審議され、否決されてしまいました。
915日の様子はこちら→http://ameblo.jp/tomodoi/entry-11020398931.html

 しかし、たった一回の委員会審議で否決されてしまうなど、被爆地ナガサキの議会としては、あまりにも情けないとして、一部議員が、本会議で再度討議するよう意見を述べるということでした。その本会議が、今日の午前中にあったので、私も行ってきました。

 10時から各委員会の委員長による、委員会での審議内容の報告が行われました。「脱原発を求める意見書」を審議した文教経済委員会の報告は2番目でした。


平戸トキ子委員長の報告、「意見書」についてどのように討議したかの部分要旨

・委員から、「火力・水力のみで電気を賄うとコストが高い、電気代が上がる」、「国の根幹に関わる問題で、国を挙げて慎重に議論すべき」、「意見書提出は時期尚早」という反対意見。

・賛成意見の委員から、「電力不足になっても良いから即刻原発を止めろと言っているわけではなく、期限を定めて自然エネルギーへの転換を図るべきというだけの提言である」、「被爆地ナガサキとしてこれ以上被曝者を増やさないという立場から請願を認めるべき」、「本会議でも継続して慎重に議論すべき」という意見。

・討議では、「日本は地震国、今後も同様の事故の可能性がある。」 「ノーモアヒバクシャを訴える平和宣言で、原子力に変わる再生可能エネルギーの必要性を謳っていることから、請願を行うべき」という意見が出された。

・しかし、委員会では採決をして、結果、不採決とした。


 通常、本会議では、こういう委員長報告は、賛成多数の拍手や票決であっさり承認されるのですが、「不採択」に反対する議員から、あらためて「採択」するように求める意見が次々に述べられました。


鶴田誠二(市民クラブ・社民)からの意見書に賛成意見

・原発の安全神話は崩壊した。

・原発はいったん事故を起こすと制御不能。

・遠い未来に至るまで、放射能の恐怖にさらされ続けなければならなくなる。

7割の国民が原発依存から、自然エネルギーへの転換を求めている。我々も原子力依存から脱却していくよう、国に求めるべき。

・被爆都市として、「再び被曝者をつくってはならない」、「核と人類は共存できない」と訴えてきたが、今回の事故で、新たな被曝者を生みだしてしまったことは残念である。

・意見書のような内容は、被爆都市だからこそ積極的に求めていくべき。


 次に意見を述べたのは、自民系の市議。



浦川基継(明政・自由クラブ)からの請願不採択の意見

・原子力発電所にかわる安全で再生可能な代替エネルギーの開発が進められているが、未だ十分な電力を供給できる目処は立っていない。

・電力不足に陥った場合、国民生活への影響は計り知れない。

・国の原子力への対応や、新エネルギーの開発状況を見極めるべきで、請願には賛成できない。


 通常、委員長報告に意義が述べられる場合、事前にさらに反対の立場の会派の議員からも発言が準備されるようで、それで急遽、浦川市議に喋らせたみたいです。それにしても、急にまとめた対立意見にしても、準備不足で空虚な内容。電力需給を理由にするにしても、何の数字的根拠もない、ただ、「原発が無くなると停電になる」といった電力会社の節電・停電デマをそのまま垂れ流すひどいものでした。

 普通は、対極的意見が一つずつ述べられて、本会議での採決に入るようですが、今回はさらに発言させろという市議が現れました。井原東洋一市議と、平野剛市議です。(井原市議は、長らく被爆者手帳の交付などに尽力されている方のようです。)
 そうしたら、多数会派の市議たちから、野次が飛び始めました。源城和雄市議(市民クラブ・民主)とか、井原市議の発言申請は、議長に事前申告があったのかと、くってかかっていたし。しばらく議場が騒然となった後、結局2人の発言が認められることになりました。


井原東洋一(長崎市民会議)からの意見書に賛成意見

・「ナガサキを最後の被爆地に」というのは長崎市議の規範。

・原爆と原発は違うのか?制御されている原発は原爆とは違うかもしれないが、事故を起こして制御しきれなくなった原発は、原爆と変わりない。むしろ放射線を出し続ける原発被害の方が深刻。

・チェルノブイリでは、今でも被曝による被害が出ている。

・平成23年のナガサキ平和宣言では、原子力にかわるエネルギーの必要性を世界に向けて発信し、世界的に評価されたばかり。そこで、長崎市議が同様内容の請願を否決すれば、世界からの批判は免れない。


 今年の長崎平和宣言との整合性からすれば、至極当然の内容です。


平野剛(長崎みらいの会)からの意見書に賛成意見

・請願の内容は、全原発を即刻止めるといった非現実的な内容でもなく、至極まっとうである。

・日本の電気の30%は原発で、原発を止めると停電になるという意見があるが、原発なしでも、夏のピーク時の電力需要をまかなえるはずで、これまで大停電なども起こったことはない。

・日本は他国と比べても地震が多く、原発を作っていい場所ではない。

・原発も事故を起こせば核兵器。この請願を不採択とすることは、長崎市議会が原発を容認していると解釈される。


 最後の部分は、つまり長崎市議会は核兵器を容認していると見られるぞという、ずいぶん厳しい内容でした。


 平野議員の発言が終わった後、すぐに採決が行われました。請願に反対している会派の唯一目玉の論拠となっている、電力需給については、再反論もなく、何の議論も深まらないまま。ナガサキとしてどうすべきなのか、という議論も、請願反対の市議は何ら受けとめることもなく、意見書はあっさり否決されてしまったのでした。


 意見書に反対した自民党明政・自由クラブ、市民クラブの中でも民主党系の市議の方々、ナガサキの市議にはふさわしくないですね。

 長崎市の「原発なしで暮らしたい・長崎」など、いくつかの市民団体が長崎市議会に、脱原発を求める意見書を提出していましたが、9月15日、市議会文教経済委員会で採択するか否かの審議が行われました。


 「意見書」は、1.原発以外の自然エネルギーへの転換2.原子力行政の客観性を高めるための規制・監督体制の見直し3.核燃料サイクル計画の中止や老朽原発の停止4.被曝回避のための放射線量測定や食品安全対策5.原発事故被災者の健康・生活・就労などについて政府が責任を果たすことなどの5項目を、長崎市から政府に対して求めるよう請願する内容でした。


 文教経済委員会は、ごくわずかの討議で否決。継続審議もしないという決定を下しました。


 全ての原発の即時停止といった厳しい内容ではなく、比較的マイルドにまとめた意見書に対してもこの有様です。「原発以外の自然エネルギーへの段階的転換」くらいのことなら、今や原発推進派の国会議員ですら、とりあえず口にする文言になっているというのに。まるでフクイチの過酷事故はなかったかのような呑気な対応、かつフクイチ以後も相変わらずの原発推進政策をやっていけると踏んでいるような態度でした。


 議事の詳細内容は後日まとめてアップする予定ですが、とりあえずおよその状況をお伝えしました。

 やはり、「核の平和利用」に都合良く使われてきたナガサキを、脱原発の方向に向かわせるのは、一朝一夕の行動では難しいようです。

 電力使用制限令が9日に解除された。当初は22日にまでという予定だったが、電力供給に余裕ができたということで、前倒しで解除されることになった。


 今年は原発の稼働率が極めて低い状況下で電力需要ピークの夏を乗り切ったので、来年以降も、ずっと原発を止めていても大丈夫。原発なしでも十分やっていける、と言いたいのだが、どうもまだ以下のような原発再稼働の主張が見られるようだ。


 今夏は節電でなんとかしのいだけど、こんなに節電で生活に不便を強いられるなんて耐えられない!仮に今年は原発の稼働率低くて乗り切れたとしても、来年以降はこんな不便は耐えられないので、停止している原発は、やはり順次再稼働させないと、生活は不便を強いられるし、経済は停滞する!といった意見である。

 つまり、 「これだけ早く電力使用制限令が解除されることになったのは、消費者の節電意識が高まり、供給量に余裕ができたおかげ」というわけだ。でも、これって本当なのだろうか?今夏ピーク時の電力需要量は、例年と比べると、どの程度の規模だったのだろうか。


「電気事業連合会によると、この夏、全国で最も電気が使われた時間帯は、8月10日の午後2~3時。最大使用電力は1億5660万kwに達したが、これは冷夏で凶作となってコメを緊急輸入した93年に次ぐ低水準だ。」(『朝日新聞』2011年9月2日)


 上記の記事を読むと、「へぇ~!あの記録的冷夏の時と同じくらいの需要量に抑えたのか!でも、来年はこんな無理はできんな」と誰でも思うだろう。この1億5660万kw、確かに低い値ではあるのだが、他の年度と比べると、オヤ?っと思うことがある。

 電気事業連合の『電気事業便覧 平成23年版』に掲載されている、各年の最大電力を列べてみよう。


1995年 170,332

2000年 174,751

2005年 175,476

2006年 175,466

2007年 180,917

2008年 180,526

2009年 159,941

2011年 156,600 (単位は1,000kw)


 1億5660万kwというのは、2年前の、とくに記録的冷夏でもない2009年の水準を、やや下回った程度。もちろん2009年は、記録的冷夏でもなかったし、大規模な計画停電や電力使用制限令が行われたわけでもない。2009年の需要の低さは、リーマンショックの影響で、かなりの生産ラインが止まっていたことが考えられるが、他の年と比べて飛び抜けて低いわけではない。今年の電気需要が低かったのは、東日本の工場の操業率が、地震による破壊などで、かなり落ち込んでいたことも加味して考えなければならない。つまり、ひとえに節電で電気需要が抑えられ、夏の厳しい需要を乗り切れた、という言説も、かなり割り引いてとらえる必要がある。節電もこの程度の効果なら、そこまで躍起になって、生活に不便をきたしてまで節電をする必要はない。熱中症の危険を冒してまで、クーラーを止める必要などない。

 確かに火力・水力発電所にもかなりのダメージをこうむっている東北・東電管内はある程度節電が必要かもしれないが、その他の地域で、無理な節電をする必要など全く無いといってよい。火力・水力発電施設に対して震災の被害が及んでいない地域においては、もともと原発が無くても電気需要は十分満たされる余裕があるのだ(「原発がないと電気が足りなくなるの?」 を参照のこと)。原発を止めていても、節電の必要などないし、経済が下向く懸念など無用だ。


 原発の稼働率を下げるということは、当面原発を使い続ける予定で投資をしている電力会社にとっては、予定外の火力燃料購入にお金を使わないといけないことにつながり、かなりの損益を出す事になるかもしれない。しかし、自社のもうけのために、節電が必要だと消費者を脅かし、原発の再稼働を促そうなどという行為は、許されることではない。節電の効果を過剰に喧伝することは、原発再稼働の動きに利用されかねないということも考慮に入れるべきではないか。もっとも、不買運動的に電気需要量を抑えるという主旨なら、節電も意味あることかもしれないが。

【長崎県】

○中村知事

○県議会

915日 県の坂谷朝男危機管理監「国のEPZ20㎞圏内になっても、県の避難対象は30㎞圏内として地域防災計画に反映させる。」

【長崎市】

【平戸市】

【松浦市】
8
19日 市民懇話会で、市長が国と九電による説明会日程が、まだ示されていないと発言。

友広郁洋市長「(原発の是非については)エネルギー政策について国が示してから判断する。」

「新たな原発建設は認めがたい。国の今後の政策として再生可能エネルギーへの転換の方向性が見いだされることを望んでいる。」

91日 市長が経産相を訪れ、原発再稼働前に県内で説明会を開くよう再度要請。

経産省は、ストレステスト終了後に開催すると確約。具体的日程は不明。

【島原市】


【五島市】



○今更驚かない(驚けない?)やらせの実態
 7月以来、九電をはじめとして、その他の電力会社、はては経産省のエネ庁や保安員まで、原発の立地やプルサーマルの導入などについての地元説明会で、やらせを指示してきた事実が次々に明るみに出ている。ほとんどの場合が、各自治体の黙認を得ていたりするので、もう国・電力会社・自治体のドロドロに癒着で一体化してしまった様子がうかがえる。
 こういった癒着の実態は、長年原発に反対してきた人間からすれば、当然存在していただろうということで、あまり驚きはしなかったのだが。でも、なーんとなく存在しているだろうなというレベルと、ちゃんとした証言に基づいた社内調査などで、こういった実態が裏付けられるということは、やはり大きな違いだ。もちろん大問題。そして、今まであまり原発問題に興味がなかった人にとっては、もっと驚きのニュースと感じられたに違いない。

 本当は、もっとほじくれば電力会社は大変なことやってるんだけどね。例えば、原発立地を受け入れるか否かを自治体で決める住民投票をするときに、住民戸別訪問をやって、立地受入の投票を依頼したり。(公職選挙法では、通常の選挙でこういった戸別訪問は禁止されている。)住民投票をやる自治体に社員を大量に移住させたり。
 脱原発の気運が高まってる現在、過去に溯って、もっとこういった実態も掘り出して世間に知らしめる責任が、マスコミにはあるのではないかと思うのだが。

○説明会なの?討論会なの?
 さて、上述のようなルール無視の実態が明らかになっている中で、妙な電力会社擁護論が、ネットなどでも見られた。以下のような理屈である。

「説明会では反対派の住民ばかりが来て公平な議論ができないので、ある程度、賛成の意見を誘導するのは正当。」

 こんなバカな理屈、するっと納得してしまう人も案外多いらしく、正直驚きだ。
 こういったバカな理屈のおかしさが分からない人は、端的にいうと、説明会討論会の区別が全くついていないのだ。
 説明会というのは、原発なりなんなり、何かの立地に不安を感じている人や、反対意見を持っている人を説得するための行政側の手続きだ。だから、その会場が全て反対意見の人で埋め尽くされても問題はない。というか、もう不安は感じてない、推進しましょうといってる人に、不安解消のための説明をする必要は、本来ないはずだ。説明会というのは、反対派の住民を全て集めて、それらを説得し尽くす。説得し尽くすことができなくても、ある程度不安を解消するとか、そういう「説明」をする場なのだ。更にいえば、推進する行政側と反対する住民との対決の場でもある。そういう場には、推進派の住民は登場する余地すらないはずだ。いわんや、やらせ意見を仕込んだ住人や電力会社社員をや、といったところだ。
 説明会での「公平な議論」ていったい何だ?説明会は行政側が説明をする場であって、住民同士が議論をする場ではないだろう。住民同士が議論をする場が必要なら、住民討論会を開催すればいいのだ。県議会などでの議論が、まともに住民の意見を反映していないということであれば、いろんな立場の住民が意見を戦わせる場があってもいい。ただ、そういった討論会も、参加者や代表者を選ぶのにも偏りが出るだろうから、何度も行い、県といった領域であれば、何箇所にも分けて行うべきだろう。そうして議論の結果は、住民投票という形でまとめるべきで、そういった討論会は必ず住民投票とリンクして行うべきだ(何度も何箇所にも分けてやっても討論会での雰囲気だけで住民全体の意見を判断することはできない)。

○説明会は輿論汲み取りの場ではない
 そもそも行政が、説明会を輿論汲み取り場と強引に位置づけるから、話がややこしくなる。
 小泉内閣時代に、政府は議会などでの議論を経ずに、官僚主導のタウンミーティングを各地で行い、そこで誘導される行政に親和的な発言をもとに「民意の支持が得られた」として政策を進める手法を横行させていた。
 議会がダイレクトに民意を反映しにくいとされる状況下で、「説明会」というのは、官僚による民意取り付けの手段として流行り、重宝され、あたかも制度化したような感すらある。しかし、そんなもの法的な裏づけは何もないものだ。
 説明会とは、反対派住民が行政側と納得がいくまで話し合う場であり、住民全体が集まって討論する場ではない。住民の民意取り付けは、あくまで議会の専権事項であり、それを代替できるのは住民投票以外にない、というのが、現在の日本の法制度上のルールだ。
 説明会自体はドンドンやるべきだろうが、それを行政側が討論会的なやり方で運用するなら、きちんと討論会と銘打って、必ず住民投票とセットで、やるべきだろう。

○電力会社の社員は意見を言ってはいけないのか?
 バランスを取るために、ある程度のやらせは許容できるというバカな意見に次いでよく見られたのは、「電力会社の社員は意見を言ってはいけないのか」というものである。
 これも、全ての人間に発言の権利はあるという意味では、一見まともそうだが、どのような場で、どのような立場で発言するかを考慮せずに、普遍的な発言の権利で押し通すのは、やはり乱暴だ。
 ボクとしては、前々説で書いたような立場から、推進側の住民はもちろん、電力会社の社員などは、説明会に来るべきではないと思っている。なにしろ、原発に対して、不安より推進の動機が勝っている人なのだから、何の「説明」を受けに来るのか、それこそ説明がつかない。どうしてもそういった説明会の場に来たければ、「電力会社社員」もしくは「原発利権関係者」と分かる名札でもつけて、説明を行う行政側、電力会社側の席に座って発言なども行えばいい。彼らは、推進する立場なので、説明を受ける側ではなく、説明をする側にいなければならない。こんなことは、議論の場をセッティングする際の、最低限のルールだろう。こういった最低限のルールが守られれば、電力会社の社員だろうがなんだろうが、当然、どんな意見を言う権利は認められるだろう。問題は、こんなルールすら守れず、一般の住民を装って説明会などで推進側の意見を仕込むから糾弾されるのだ。こんなことも分からずに、電力会社側を擁護する人は、きちんと議論のルールを勉強して欲しい。

 9月19日に、長崎市内で脱原発のデモをやるというのは、下記の記事で案内しましたが。。。

http://ameblo.jp/tomodoi/entry-11003412002.html

 9月11日にも、繁華街において、脱原発の活動を行います。


 デモの宣伝ビラまき活動と、署名集めをかねて、旧大丸前か鉄橋で、脱原発のためのマイクアピールや路上パフォーマンス(?)やります。

 19日のデモには参加しにくい、とかいう方は、こちらの方にいらして下さい。19日デモよりも、11日の街頭活動の方が、繁華街での市民向けアピールはじっくり行えると思いますし、ボク個人としては、こちらの方に力を入れたいくらいです。もちろん、何らかの、目立つ格好をしていこうと思っています。


9.11 ナガサキで脱原発を訴える街頭アピール

場所:長崎市の繁華街 鉄橋付近

時間:11:00~13:00


 「原発なしで、本当に電気は足りるのか?」とか思ってる方とかいましたら、そういう質問にも街頭で対応します。活動に参加するとかじゃなくても、原発に関する素樸な疑問を持っている方がおられましたら、とりあえず足を運んでみて下さい。テレビ・新聞や国・電力会社発表って、本当なの?という疑問を抱いたら、じっとせずに何か行動を起こしてみましょう~

 長崎でも、ようやく脱原発デモやります。(労組主体のデモや、脱原発色の薄めのパレードは行われていましたが。)

 原発に対して、何か声をあげたいけど、既成の団体のデモとかには入りにくい、と感じてる市民の参加をお待ちしております。誰でも参加できます。手製のプラカードでも、鳴り物・楽器でも、何でも持ち寄って、思うさま脱原発の思いを、街頭でアピールし、二度とフクシマのような惨禍が起きないような流れを作っていきましょう!コスプレなんかも大歓迎ですよ。(そういや、九電の眞部社長コスってのもありましたね。)


さようなら原発ナガサキアクション 9.19

時間:2011年9月19日(月・祝)

場所:松ヶ枝ふ頭緑地 集合

主催:さようなら原発1000万人アクション・ナガサキ


スケジュール

13:30~15:00 ライブ&トーク(in松ヶ枝ふ頭緑地)

15:00~16:00 パレード(松ヶ枝ふ頭緑地→大波止交差点→鉄橋→旧大丸前→観光通→市民会館前)


(詳細かたまり次第、随時更新します。)






 宮城県の牛肉の出荷が、一部解除されました。

―――以下、関連記事―――
「宮城県産肉牛の出荷停止を一部解除…政府」
読売新聞 8月19日(金)16時8分配信

 政府は19日、暫定規制値(1キロ当たり500ベクレル)を上回る放射性セシウムが検出され、食肉処理場への出荷が停止されていた宮城県産の肉牛について、出荷停止の解除を同県知事に指示した。
 同県産の牛については、今後、検査で安全性が確認された牛の肉が市場に流通することになる。
 同様に出荷が停止されている福島県産の肉牛についても、政府は解除を予定していたが、同日、「汚染された稲わらを食べさせていない」と農家が説明している牛から、新たに規制値を超える放射性セシウムが検出されたことから、汚染原因が特定されるまで解除を見送ることとした。
 宮城県では先月28日に出荷が停止されたが、政府は、同県が策定した今後の出荷管理計画に基づいて出荷されれば、牛肉の安全性は確保できると判断。計画に沿って出荷される牛のみ出荷停止を解除した。
 同県の計画では、これまでに規制値を超える牛を出荷したことがある農家や、汚染稲わらの立ち入り調査を受けていない農家については、今後出荷するすべての牛について放射性物質検査を実施し、規制値を下回った牛のみ市場に流通する。それ以外の農家については、少なくとも1頭の検査を実施し、50ベクレル以下であれば、定期検査の実施を条件に検査なしでの出荷を認める。.
―――引用ここまで―――

 特に、記事の最後の段落のところ注目ですね。全ての牛に対して検査するわけではないようです。また、全頭検査する農家についても、キロあたり499ベクレルなら出荷オッケーです。
 キロあたり500ベクレルという値については、様々な評価がなされています。ステーキならだいたい一枚100gから150gくらいですから、一枚あたり50ベクレルから75ベクレルというところでしょうか。
 このレベルの汚染が、どの程度人体に影響を与えるか、私も詳しいところはわかりません。でも、避けられるなら、できれば避けたいと思います。

 キロあたり500ベクレルという基準をやめさせたいなら、食品衛生法の暫定基準値を、政府に改めさせなければなりません。基準改定を政府に求めるのもいいのですが、急場の間に合わない気もします。
 今は、直近の問題として、まめに国産牛肉をかった場合、固体番号から産地を確認するのが大事だと思います。

 固体番号は、スーパーなどで買うお肉のパックにも、牛肉を使っていれば、必ず印刷されています(豚などとの合い挽きも含む)。
 固体番号から、下記のページで、産地を特定できます。
https://www.id.nlbc.go.jp/top.html
 もちろん、宮城県産以外にも、汚染の度合いが高そうな産地はあるのですが。どちらにしろ、まめに確認した方が良いでしょう。
 全国で火力発電所の故障がたて続いているんだそうな。

―――以下、参考記事―――
「火力発電8基故障…原発補う連続運転で」
【読売新聞 8月18日(木)20時33分配信】
 全国の火力発電所で、故障による停止が相次いでいる。18日は四国電力で、坂出火力発電所1号機(香川県坂出市)のボイラー設備に異常が見つかり、停止した。

 7月は3か所、8月は18日までに5か所の火力発電所が停止している。火力発電所の「停止ラッシュ」は、原子力発電所の相次ぐ停止を補うため、電力各社が火力発電の運転時間を延ばしていることが主因だ。火力発電の相次ぐトラブルは電力供給の新たな不安材料となっている。

 18日現在、故障で停止中の火力発電所は全国で5か所、合計出力は約240万キロ・ワットで、原発約2・4基分に相当する。

 運転と停止を比較的柔軟に行える火力発電は、原発が昼夜一定の運転を行うのに対し、電力需要のピーク時に原発の不足分を補う役割が強い。昼間のピーク時に稼働し、夜間や週末は休ませる運転方法だ。

 しかし、現在は全国54基の原発のうち39基が定期検査などで停止しており、電力各社は火力発電所の稼働時間を延ばしている。このため「長時間の高出力が続けば、故障の確率も高まる」(電力関係者)状況になっている。

 とくに関西電力では、火力発電所が1日以上停止したトラブルが4月~7月末までに13件発生。昨年度(29件)を大幅に上回るペースで、電力需給の綱渡りに拍車をかけている。
―――引用ここまで―――

 「全国で5か所、合計出力は約240万キロ・ワットで、原発約2・4基分に相当する」とか書かれると、ずいぶん大きな供給力の落ち込みと誤解されそうだが、これは全国規模の数字で、全国の火力最大出力の1.3%に過ぎない。(もし一つの電力会社の管内で240万kwの供給力ダウンが起きたら大変だが。)
 長期間にわたって止めていたような火力発電所を動かしているケースもあるので、事故発生リスクが、ある程度高くなるのはしょうがないこと。(納入2年でぶっ壊れた堺港火力発電所2号機なんかはメーカーの責任など追及するべきと思うが。)

 さてここで問題なのは、上記記事の内容を真に受けて、原発が次々に停止に向かっている現状で、火力発電所を24時間フル稼働しなければならないと勘違いしてる人が増えていることだ。

「原発を止めているから、元もと連続使用向けでない火力を酷使して火力発電所が壊れる。」
   ↓
「だから原発を止めてはいけない。」
 という論法の、状況よく分かってない人たち。
 原発止めてるから、火力を24時間ずっと動かし続けてるとでも思ってるんでしょうかね?

 地域によって差もあるが、原発が全停止しても、火力を100%24時間フル稼働などという必要は出てこない。水力を100%稼働させて、火力は数割出力を上げる程度で、十分原発が動いていた時と同じくらいの電力はまかなえるはず。
(ここを参考のこと http://ameblo.jp/tomodoi/entry-10989445457.html )

 火力は、電力需要が半分くらいに落ち込んでいる夜間は、出力を落とせる賢い発電方法なんで、24時間連続運転なんて、やってるはずない。水力が、かなりの程度夜間電力をまかなっている状況下で、火力は当然出力を半分以下には落とせる。休眠火力の復旧が進めば、一つの火力発電所の休止日数も増やせるわけです。それで、九電とかは、8月になってようやく休眠火力の復旧を始めたんですけどね(もっと早めにやってれば、もっと余裕の運用ができたのに)。

 とにかく、火力は原発のように、夜間に無駄な電気を作りまくって捨ててるバカな発電方法とは違うのですよ。
 夏場に一ヶ月くらい24時間無休で動かし続けてるような状態をイメージしてる人は、改めてもらわないと。

 ま、火力を小出しに復旧させてるから、ギリギリの運用を迫られるところもあるかとは思いますけどね。

 需要の側の問題で言うと、工場を平日休んで土日に操業するタイプのピークシフトは、原発主力の運用向けで、かえって火力主力の時期には、火力発電所に対して負担が大きいというのは、電力会社としてはわかってたはず。
 当面火力主力に切り替えるなら、電力会社は、工場などに土日操業なんてことはさせなかったはず。あくまで、原発が夏前には順次再稼働すると踏んでたから、原発主力シフトの節電方法を呼びかけてて、それが裏目にでてる面もあるでしょうね。

 大口事業者含め、消費者の方も、きっちり土日休む方向に切り替えれば、もっと火力に優しくなるでしょうね。原発がなくなったからといって、特別の大騒ぎするから、問題が起こるんですよ。