比べるのをやめると気持ちが楽になります。

楽しくなります。安心できます。

 

何かをやった時に、人と比べて「うまい、へた」とか

「できた、できない」「はやい、おそい」「おおい、すくない」・・・など

私たちはすぐに人と比べたがります。

 

人と比べることで「よし、まけないぞ!」とやる気が出る。

「やったぁ!勝った」と自信がつく。

「まあ、いいかな」と、自分の状態や位置が分かる。

など、その効果やいい面もあるかと思います。

 

でも、人と比べられることで、いやだなと思うことも多いのではないでしょうか。

いやだなと思っている人にとっては、

つまらない、楽しくない、つらい、苦しい・・・と感じる人もいるでしょう。

 

造形教育は、一人一人みんな違う、表現すること、活動することもそれぞれ、

ということが前提ですから、人と比べることをしません。

比べることをやめると、比べる方も、比べられる方も

楽になるし、楽しく活動できます。

 

学校は比べることが大好きです。

競争も大好きです。

計算も「だれが速いかな」とすぐに競争が始まります。

足の速い人は誰かな? 字が上手な人は?

テストの点数を比べたがります。通信表の〇の数を比べたがります。

 

でも、比べてばかりいると、学校生活疲れちゃいますね。

安心できません。楽しくなくなります。

 

人と比べるのではなく、一人一人を大事にしたいですね。

幼稚園の作品展を見に行ってきました。

作品展といっても、この園では、だれかに見せるための作品づくりをしているのではなく、

園の日常生活のなかで生まれた表現を大切にして、

それを紹介するというねらいの展示でした。

そこに子どもたち一人一人の普段の園での生活の様子を写した写真と共に、先生のコメントが書き記されている園児紹介が掲示されていました。

それを見ると、どの子も実に楽しそうな明るい笑顔で活動している様子が写っています。

「いいなあ、この子たちは本当に毎日楽しく活動しているんだろうな。」

「園での生活が大好きなんだろうな。」と、

なんかほっこりした気分で見ていました。

毎日楽しく活動しているこの子たちは、

きっと、いつでも自分からどんどん動き出し、

いろいろなことを発見したり、感じたり、

気づいたりしてるんだろうなと思いました。

自分でやってみて、自分で気づき、考え、

工夫してまたやってみる。

これらの動きは、子どもたちにとってはまさに遊びです。

遊びの中から子どもたちはたくさんのことを学び、

様々な力をつけ、たくましく成長していくのです。

その様子は、教室に置かれている子どもたちの様々な表現したものやその表現の過程が見える痕跡などからも見て取ることができました。

なんか、この園での子どもたちの生活がうらやましくなりました。

自ら学ぶという姿が、既にここに表れていますね。

不登校や登校渋り、いじめやハラスメントなど、

様々な問題が山積している学校現場。

この子たちの笑顔が失われないように願います。

というか、なんとかしたいですね。

 

 

 

 

 

私が副会長をしている

「造形教育をもりあげる会」で、こんな研修を行いました。

「なりきり、なりきり 私は何でしょう?」

   ~~身近な材料で変身や仮装を楽しもう~~

用意された身近な材料で、思いのままに自由に変身

新聞紙や包装紙、ビニール袋など、

一見変身に使えそうなものが見当たらないようなもので

とりあえず何かを身に付けてみる

次第にあれもこれもと付けてみたくなってくる

ここで発見。スズランテープを体に巻き付ければ

そこにいろいろな材料を簡単に付けられる

ホッチキスでもテープでも洗濯ばさみでも、

簡単に付けることができ、付け直すこともOK

「これつけてみようかな」「こっちの方がいいかな」

「ここに付け直してみよう」・・・と、

自分の思いに合わせて いろいろ試行錯誤

ついつい夢中になっていると

音楽が流れ 体を動かしたくなってくる

ダンスが好きな人も そうでない人も

変身していると なんか楽しくなって

自然と体が動き始める

周りのみんなの変身も目に入ってくる

面白い なるほど すてき 楽しそう

と感心したり 刺激を受けたり

 

あっという間に時間が過ぎる

楽しい 楽しい活動の中に

たくさんの学びがある

 

学校の先生は勉強を教えることが仕事ですが、

思い切って「教えること」をやめてみませんか。

学校では、子どもたちに教えなければならないこと、

教えたいこと、教えるべきことがたくさんあります。

「教えること」をやめてしまったら、

先生は何をすればいいの?

子どもは何も学べないのでは?」

ここで「教えること」といっているのは、

「ただ単に答えを教えること」

「決まったやり方を教えること」です。

子どもたちにとっては、

「勉強をやらされている」「勉強はつらい、つまらない」

これでは、学ぶ楽しさどころか

どんどん勉強ぎらいになっていきます

 

教えるのではなく、子どもたちが考えるようにしたらどうでしょう。

そのためには、

学ぶ楽しさや

自分で考える喜びを

充分に味わわせなければなりません

 

学ぶ楽しさって何でしょう?

次からそんなことを考えていきたいと思います。

以前SNSに、小学生の女の子のお母さんから

こんな投稿がありました

だいぶ前の話なので、半分以上は私の作り話ですが

 

小学校高学年の女の子が

図工の時間に想像の絵を描いていた時のことです

題材やテーマはわかりませんが

想像して絵を描く活動です

女の子は、自分の絵の中に木をかいて

木を緑系の色で塗っていたようです

すると、先生がその様子を見て

「想像して描く絵だから緑じゃ普通だよね」

「もっといろいろな色で描いてみたら」

と言ってくれました

 

女の子は一瞬「えっ」と思いましたが

先生に言われた通り、いろいろな色を使って気を塗り分けたようです

先生は「よくなったね。いいね。」

と言ってくれました。

 

この話をお母さんにした女の子は、後で

でも「私の絵じゃなくて、先生の絵になっちゃった」

と、つぶやいたそうです

 

この女の子、凄いね! 

自分の思いや表現を大切にしている

 

この先生も、全く悪くないですね。

子どもたちに楽しく絵を描いてほしいなと

純粋に思っているのだと思います

想像して描く絵だから、

現実とは違う様子を楽しく想像して欲しかった

きっと、そんな思いだったのでしょう

間違った指導ではないですね

 

でも、先生には、想像する→現実とは違う世界

という思い込みがあったのではないでしょうか

想像の世界を表現するのだから、

現実の世界とは違う表現じゃなければ

木が緑なのは現実の世界だから、

想像の世界では気はもっといろいろな色じゃなければ

という思い込み、一般的な固定観念でもありますね

 

この女の子は、自分なりの思いがあって、

想像して描いている絵だけど、

あえて木を緑系の色で彩色したかったのでしょうね。

 

その子の思いを想像して大切にしてあげる

造形や表現活動では大事なことですね

 

大人はとかく、一般的な固定観念や自分の思いこみで

行動したり、言葉を発したりしてしまいがちです

「みんなちがって みんないい」

一人一人の思いを大切にする教育が

求められているんですよね