心に響いたタイドラマ。トランスジェンダーも生きている。 | まりのブログ

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性同一性障害者の私が、思いのままに生きるために頑張って生きてます。
性別適合手術をしてから2年になりました。
私はトランスジェンダーとして誇りを持って生きてます

雨降る毎日に鬱々しがちですが、この一週間、沸き立つ興奮に、居ても立っても居られない気持ちでした。
どうしたらいい?
これをまた観るしか、ない!
タイドラマ、全21話。
「ニラの復讐、美貌に隠された秘密」
父と叔母に虐げられて育ったチャナタウは、人生をやり直す為に母と英国へ。
しかし、母は事故を起こして命を落としてしまう。絶望に陥るチャナタウだったが、彼はその頃、ある手術を受けていた。それは、全身を整形し、女性と成ると言うものだった。
彼はニラ・コンサワットと名前を変え、父と叔母への復讐心を抱いて、タイに降り立つ。

先ず。前々回くらいに本作を紹介した時、ニラの男性として生きている時の名前が調べても分からず、ある名前を見付け記しましたが、後半で"チャナタウ"だと分かりました。(。-ω-)違っていました...

「ニラの復讐」...これは... 私史上、最上級のドラマでした。

で。チャナタウ君。幼い頃から父、チョムタワにしたくない事を"たしなみ"とばかりに、するように押し付けられます。そんな父による"あるべきかたち"に嵌められる教育に、チャナタウは馴染めずにいました。父の姿を恐れ、居ないところで自分の愛するものに向き合うような内向的な子に育ちました。
彼の愛するものは女性的なもの。
... 映像的には家の中ばかりですし、パーティーが催されてもチャナタウは柱の陰から見ているばかり。更に教育は叔母のランロンが見ているので、人の目に晒さないようにされていたように思います。

チャナタウはパーティーの際にドレスで父の元に出て行ってしまい、父に酷く叱られ...叱咤、暴力、偏見ある侮蔑的発言に晒されます。
... ここ、チョムタワとランロンの問題を強く感じる序盤ですが、前述、やはり母による問題も感じさせます。
パーティーを遠くから眺めるチャナタウに、母は「行きたい?」なら、と母はドレスをチャナタウに与えます。
当然、チョムタワが毛嫌いすること、そしてチャナタウが恥をかくこと、は分かっていた筈。更にその母は怒るチョムタワに非難ばかりしますが、泣き喚くチャナタウを放ってしまっています。
これ、母の復讐ですよね。このままではチャナタウは狭間で心を潰してしまいます。

普段の母は「好きなように生かせてやりたい」と許し、認め、チャナタウに好きなものを与え続けます。
しかしやはり、そんなチャナタウを良しとしないチョムタワは、ことあるごとにチャナタウを怒鳴り付け、暴力をも奮いました。
更にチョムタワとランロンは、チャナタウの事を「おかしい」「変態」と毛嫌いし、過剰なほどに虐げるようになります。

チョムタワは"結婚"と"自分の生き方"は別だ、と、頻繁に妻以外の女性と関係を持ち、更に家に連れ込むことも有りました。家は喧嘩が絶えず、チャナタウは閉塞感に駆られています。

そんなチャナタウの心の支えは、理解を示す母と、運転手のポー、そしてランロンの夫であり叔父にあたるチャチャウィ(チャット)だけでした。チャットはチャナタウ母子を哀れに思い、とても厚意に接しています。
長い不遇の日々を経て、母はチャナタウを連れて英国へ。更に長い年月が経ち、ようやく離婚が成立、人生設計は前を向き始めます。
しかし、それが始まるのはチャナタウが女性に成ることから始まります。
性別適合手術と全身整形をし、"喜びに満ちた人生の始まり"を前に、ふたりはチャナタウの回復を待っていました。
しかし、そんな時に母は事故で命を落としてしまいます。
母の死は、チャナタウの心を引き裂きます。そしてチャナタウの絶望の悲鳴は、復讐の怒りに代わって行きます。

幸か不幸か、事故現場からは火傷で顔も分からなくなった二名が発見されます。そして、母子が亡くなったとしてチョムタワらに告げられます。
その頃、チャナタウは、ニラ・コンサワットとしてタイに降り立ちます。
ニラは、母と性同一性障害などの心の診断を頼んだベンジャン医師の元へ向かいます。自らのことを晒したくないニラは自分が何者かを伝えずに、必要な薬を提供して欲しいと願いますが、ベンジャンは「状況も、あなたが誰かも分からないで、薬は出せない」と断ります。
ニラはイライラしてばかり。更に、ホテルで、暴力で子を従わせようとする親の姿を見て、気を失ってしまいます。
... トラウマは彼女を非常に苛んでいます。これからも、ことあるごとにニラは過去の記憶に苛まれ、苦しみ、苛立ち、時に敵意や怒りに代えてしまいます。

ニラはベンジャン医師に自らのことを伝えます。ベンジャンは「診断を受け、ここに居を置きなさい。そうすれば力に成る」
ニラはベンジャン医師と、その世話役のオンと暮らすことに成ります。
また、ニラのコンサワットと言う苗字はベンジャンの亡き妻の姓でした。ベンジャンは彼女を汚すような事をして欲しくないと釘を刺し、幾度もニラの余る言動や行動に口を挟んでしまいます。

チョムタワは、ランロンとチャット、そして女性ふたり同伴し、チャナタウ母子の見せ掛けだけの弔いを行います。
チャットはそんなチョムタワの態度を侮蔑し、更に葬儀にまで仕事を絡ませようとする妻ランロンにほとほと嫌気がさしています。
そんな時、偶然、チャットはニラと出会います。ニラは逃げ出しますが、チャットの手には彼女のスカーフが残されました。
スカーフを見たランロンはヒステリーを起こし、「誰のスカーフ!」と騒ぎにしますが、ニラは堂々と現れ「私のよ」と、ランロンを睨み返します。
これを機に復讐は始まります。

ニラはメイクが好きでした。オンさんに施してあげれば、彼女の心を晴れやかにさせてあげられるほどの腕前でもありました。
そんなニラに、縁でメイクを施す依頼が舞い込みます。ニラは不安も有りましたが、喜ばれた事で自信を持ちます。
そして芸能でも名を馳せるランロンとの再会。ニラは散々に言い散らかすランロンに、敵意を剥き出しにします。
そこでニラはある提案に乗ります。それはモデルとして舞台に立つこと。
ニラは悩みました。
彼女の悩みは、あと一歩、強い自信を抱けない自分、真実を知られたくないこと、そしてそれらを払拭するために、誰か、もしくは世間に自分の存在を認めて貰うこと...
"自分を認めて貰う"
それが、私が本当に人生を歩き出せる、始まりと成る筈だから...

しかしベンジャンは、そんなニラに苦言を呈します。母の死を経て、まだ精神的にも不安定で、かつ過去の経験から怒りを抱えているニラに、ベンジャンは穏やかに生きる人生を選ばせたいと考えているようです。

ニラは、いい加減で遅刻ばかりのトップモデル、マナウがまたも遅刻をして来た事で、代役としてモデルデビューを果たします。
モデルにはランロンも参加、更に観覧席にはチョムタワとチャットが居ます。
そこでニラは、ランウェイに撒く筈の薔薇を、チャットに手渡します。
ランロンへの牽制、そしてチャットへの思いがニラの背を押し、更に勇気と自信を手にします。

しかし意外な反応がニラを悩ませます。
それは世間の噂です。ニラはランロンとチャットを引き裂こうとする悪女...
また、華々しくデビューしたニラにチョムタワが目を付けます。
「あれは最高級品だ。モノにしてやる」
心乱されたのはチョムタワとランロンだけでは無く、チャットもでした。チャットは囚われたようにニラを想います。そしてニラに過剰なほどに侮蔑の言葉を吐き続ける高慢なランロンに失望していることを告げます。
当然、ランロンは怒り狂い、人前でも騒ぎ立て、ニラの思惑は予想以上にランロンを追い込みます。

ニラはランロンを貶め、追い詰めようする中、チャットとの思い出を辿り、再会を画策、わざわざ事故を起こして縁を作ったりまでします。
更に再びの偶然も手伝って、ふたりは心を近付けて行きます。

ニラの復讐行為とチャットへの好意を指摘するベンジャン、チャットが離れたのはニラのせいだと恨むランロン、舞台を奪われたとライバル心剥き出しのマナウ...
ニラの復讐は、自らを孤立させてしまいます。
しかし、そんな悩みの種が尽きないニラに、彼女の芸能活動を支える仲間が出来ました。それはマネージャーのヨドイと、アシスタント兼メイク担当のベイトンです。ふたりはゲイでありトランスジェンダー。ニラは自らの真実までは明かせませんが、真の友を得て触れ合ううちに、穏やかに成っていきます。
... ヨドイ、ベイトン、このふたりが最高です。トランスジェンダーとして有りがちなキャラクター造形では有りますが、非常に愛らしく、非常に人間くさい。ニラの力のひとつであり、作品のギャグパートも担います。
本作ではトランスジェンダーの姿を多く見掛けます。芸能の控え室周りはみんなトランスジェンダーと言って良いほどですし、芸能の有力人物や、ヨドイ贔屓のナイトクラブもトランスジェンダーがいっぱいです。
しかし、味方も居れば、自らの利益のために、ニラを追い詰めるようなトランスジェンダーも居ます。あくまでひとりの人間なのです。

ヨドイとベイトン。勝ち気で暴走気味のニラにヨドイは手を焼き、忠告したり叱り付けもします。でも事が起これば、何よりニラがどんな状態で居るかを案じ、助けます。
ベイトンは逞し型、優しめ系。ヨドイ以上に繊細でキュートです。いつもニラを心配して、例え嫌がっても結局はニラを助けてくれます。

ニラは、動く度に騒ぐ世間の反応や妨害に晒され、追い詰められて行きます。ニラには強気に成ることしか武器は無く、敵わず挫ける度に何度も涙を流しました。
仕事を得ても、相手がチョムタワだったり、更に幾度もマナウやランロンの妨害に合い、別れの決意を持ちながら作ったチャットとのささやかな時間も、不倫騒ぎに仕立て上げられてしまいます。
更に、そんな彼女を親身に思うベンジャンは、絶望に暮れるニラに、口付けをしてしまいます。
それを写真に取られ、またネット流出。
"新人モデルがランロンの夫と不倫疑惑、更に兄との関係は?!"
世間はその話題で持ちきりに成ります。
ベンジャンはニラに思いの全てを伝えます。しかしニラは「先生は愛する家族」と伝え、ふたりは恋ではない良い絆を確認し合います。
その矢先の大問題。
当然、チャットも疑惑に苛まれます。
しかしベンジャンは「自らの片想いであり、悪いのは自分だった」と世間に公表、ニラを騒ぎの渦中から救います。
騒ぎは、一転、ニラの知名度を上げることに成り、ニラは新たな仕事のチャンスを得ることになります。

ベンジャン医師。セレブ専門の精神科医?ちょっと堅物ながら、世話人オンさんと共にニラを見守る内、だんだんと人間臭く成ってきます。
チャットに「倫理観が有るなら、ニラに関わらないでくれ」なんて言いながら、自分はニラに告白しちゃったり...
よく精神科医のレッテルが傷付かなかったものです。

ニラは、あるホテルの仕事に参加することに成ったのですが、ホテルの前まで来て、何故かヨドイは「ニラ、ここからはひとりで行きなさい」と告げます。
また、守衛は、ヨドイとベイトンをホテルの敷地から離れるように言い渡します。
不思議に思いながらホテルに向かうと、そこにはマナウやランロン、チョムタワが居ました。そしてホテルのオーナーはヨドイたちの事を笑います。
するとマナウが「当たり前のこと。ゲイがこのホテルに入れる筈がない。オーナーは嫌いなのよ、ゲイが。ゲイは変態だから」と嘲笑します。ニラは、怒りを堪えられず、飛び出して行きます。
「どうしたのよ」
「侮辱されて許せない」
ヨドイは不安でいっぱい。ベイトンは「やったね!」
この事もやはり世間で問題に成ります。
しかし、ニラは「LGBTが非難されるのは間違っている。彼らはみんなと何も変わらない人間」と堂々と言い放ちます。
その態度は世間では概ね好意的に見られます。
ニラがLGBT発言を続けることに「普通は見せ掛けだけ」とランロンさえも溢します。

しかし、故にニラは疑われてしまいます。
マナウは「もしかしたらニラの謎のままの両親がゲイなのではないか?」と疑いだします。
... マナウは、もしニラの親がゲイならば、陥れられると思っています。正直「ゲイなら何なの?問題?」と思いますが、タイでは多く、芸能で働く人は、出生からのプロフィールが公開されています。ニラを演じたピムも出生したのはワチラ病院、とそんな情報まで掲載されています。
ニラの、プロフィールが一切、公表されていないと言うことが、タイでは非常に珍しく、隠したい忌まわしい何かがあるのではないかと疑惑を持たれてしまったのです。

後半はチャットに執着するランロンと、ニラの秘密を暴こうと画策するマナウに、ニラは翻弄させられます。
ニラは元運転手のポーの力を借りて、守りを固めます。ポーは、その卓越した格闘術と情報収集力を駆使して、ニラを守ります。寡黙ながら非常に優しく、隠し事をされても、無茶な要望をされても、助けるために全力を尽くします。
その間にも、ゆっくりと深まって行くニラとチャットの関係。ふたりの関係はあくまでプラトニックに進みます。
... 何故なら。おそらくニラはチャットとの性交渉に躊躇いを感じています。
トランスジェンダーの愛における最後の壁は、体を交わすこと。作られた体をどう思われるのかと言う恐れ。心で繋がることは性別には全く影響しないけれど、それを越えた時、もし違和感を感じられてしまったら、積み重ねた想いの結晶が全て藻屑と化してしまうかもしれないのです。
"普通"。そんな言葉は、幾ら否定してみても、そこから、消え去ることは有りません。

それでも、思いは前に... 

ニラは、ベンジャンの元を離れ、チャットとの関係を深めますが、選んだマンションはチョムタワの会社が管理するマンションで、彼は監視カメラの映像で脅迫、自らと関係を持てば、公表しないでいてやる、と取り引きを持ち掛けます。
自棄っぱちに成るニラ。そんなニラにはまたトランスジェンダーと言う仲間が集っていました。
ニラはチョムタワとの取り引きに応じます。
パタヤでの撮影に挑み、相変わらずいい加減なマナウに手を焼きながらも、撮影を終え、夜、チョムタワの元へ...
ニラは、トランスジェンダーで自分に似ているからと親しくなったカーンを呼び、薬で酩酊したチョムタワと性関係を交わした振りをして貰います。
... ちょっとこの時「え?カーンなら何をされてもいいの?」とニラの冷たい一面を見たような気がして驚いてしまいました。店で働くトランスジェンダーはみんな体を売っている前提?
しかし、事後にカーンを案じるニラと「薬で直ぐに眠ったから大丈夫」とのカーンによる報せにホッとしました。
よく考えれば、チョムタワに触れられることにもアレルギーを感じ、身を震わせるニラには、一緒にベッドに入り、偽装写真を撮るなんて心が許す事では有りません。
ニラが礼を口にする度、こちらも胸を撫で下ろしました。

チョムタワは男性と関係を持たされた!と怒り、ランロンが調査を依頼していた探偵に、ニラの弱みを握るよう頼みます。
彼は、ベンジャン医師の医院に侵入したり、ポーに付きまとったりして、ニラの思わぬ真実まで暴き出してしまいます。
また探偵は、チョムタワらから金を搾り取ろうと画策、更にその手下による欲が話を複雑にし、探偵からニラの秘密を守ろうとするポーが動き、思惑が交錯します。
悲劇も... 
情報は外部に漏れ... 
そして。

「来てくれた。私が誰だっていいのね。でも、ちょっと待ってて。何故かメイクが出来ないの。涙が止まらないから...」
「 私は綺麗よね。成りたい自分に成るためにひどく苦しんだの。女に成りたかった...」
ニラはした行為に対する重責と、社会から閉め出された失望に耐えられなかった。
だから。

もう、息が止まるほどの終局でした。
ニラのどうにも成らない閉塞感は、ほぼ全てのGid(性同一性障害)トランスジェンダーが、人生の道程で消えることの無いものです。
いつも不安が付き纏い、たくさんのものを諦めながら生きています。みんなが気にもせず出来る事ひとつひとつに、躊躇いながら生きるのがトランスジェンダーなんです。
ニラは少し情緒不安定に見えるところが有ります。それはそんな"トランスジェンダーの不安"によるものです。怒りやすく、人を省みないところも、弱さを隠そうとして彼女が持った、処世のひとつです。
... そうしなければ、挫けていた。だって私には母の無念を晴らさなければならないから、挫けてはいけなかった。
だから、ニラは物陰で泣きます。嗚咽は当たり前、悲鳴のように泣きます。何度も何度も。
全力で泣きます。
私はいつもそんなニラの全力泣きを、"ニラ泣き"と呼んでいました。私も得意です。:p

... 少し、終局を書いてしまいますが、ニラは真実が公表され、チャットを失ったと思った時、嘆きながらアイスに薬を混ぜて食べ狂います。
睡眠薬!かと思いましたが、以前、ベンジャンが睡眠薬は止めさせたので、きっと女性ホルモン錠なんだと思います。
化粧をしていて、そのテーブルにナイフが有るのも、ニラは薬では死ねず、死に化粧をしてからナイフで... と考えていたのかと思います...
それだけ追い詰められたニラ。
...トランスジェンダーは危ういなどと思わないで下さい。
まず、大まかにトランスジェンダーには二種類有ります。
幼い頃の某かの(概ね辛い)経験から、生まれの性では生きられなくなってしまった人。それと、性的または生活における趣味や生き方が世間で言う性別観とズレが生じてしまい、生きることに障害を持ってしまった人。
ニラは前者であり後者でもあります。ニラの辛い経験とは、
"愛されなかったこと。愛されないと思い込まされてしまったこと"
親の存在と言うものは非常にトランスジェンダーにとって大きなものです。
チャナタウは何度も「ただのマザコン」と言われ続けますが、父からの愛が欠けていた、欠けているとしか感じられなかったチャナタウが、母の愛しか求められなかったのかもしれません。そんな母は、チャナタウを楽にはしましたが、救いはしなかった。
だから、彼は人生を変えれば何かが変わると訴え、性別適合手術と言う手段にすがり付いたのかもしれません。
それは最後のチャットの言葉を聞いたニラの表情を見れば、分かります。
この作品について私が書いたことの幾つかは作中では口にされず、そうと明らかにはされていません。しかし、この作品では彼等の表情や台詞の間に、演じられています。非常に表情がものを語ります。

残念ながらチャットに関しては、"悩む"、"憤るが耐える"、が大部分なので、その表情演技をあまり巧みに表せなかったのが可哀想でした。それでもアイコンとしては充分。
ま~演じた、プッティチャイ・カセットスィン君。素敵でした。本作では概ね悩みまくりで表情が翳りがちですが、時折見せる優しげな表情と笑顔は非常に愛らしく、その度、ノックダウンさせられました。:p
ニラを演じたピムチャノック・ルーウィセートパイブーン。可愛い~のです。

私、相当な好みです。焦がれです。
佐々木希、松島花と、東洋系焦がれを渡り、ピムちゃんに辿り着きました。

もうひとり、登場シーンは少な過ぎましたがスパポン・ウドムケーオカンチャナー君も強い印象を残しました。ニラの男性として生きざるを得なかった時期を演じました。
通称セイント君です。
ホント、登場シーン少なかった...
でも非常に印象的で、チャナタウが青年期にチャットと会っていたことを思い出すシーンでは、記憶内妄想?でチャットに寄り添うシーンが有りまして... ですね... これが前回のベタベタのふたりシーン以上に、堪らないシーンに成っておるんです。:p 
セイント君って絵に成るんですよね... 
... セイント君の非常~に愛らしい笑顔にやられます。
↓セイント君、笑って~...
チビチャナタウも居ますね。

改めて、本作はLGBTへの偏見をも描いた、家族ドラマであり復讐ドラマです。
あえてLGBTは、キツい言葉で馬鹿にされ卑下されます。そうして物語は私達に私達の世界の現実を見せ付けます。
私達はどう感じるのか?
それがこの作品の鍵です。
前述、ニラが不安定に見えることが多々あります。そんな"あるトランスジェンダー"の姿があなたにどう見えるか。それはこの作品が遺した、最後のテーマです。
よく考えて。
悲しみに暮れ、怒りを感じ、理想の生き方を望み、遮られ、潰され、でも幸せを探し、得ようと努力し、奪われ、失い、恐れる...
これはトランスジェンダーだからじゃない。
"ある人"の、苦しみにもがいて生きた軌跡。
繰り返し口にされる「みな同じ人間」
そう感じますか?

あのセイント君が、その風貌で耐えられないくらい。そう思うとトランスジェンダーがどれだけ生きることに辛い思いで居ることか... そう理解して貰えたら、嬉しいです。
確かに女性に成りたいだけ、そんな自意識の高い方も少なくはないし、不遇な現実から目を反らしたいだけの方も少なくない。そんな人は整形手術を繰り返すタイプ。彼等が欲しいのはかたちだけ。ただ自分を完璧にしたいのです。
ニラも整形はしました。しかし、彼女は生きる上で、チャナタウで在ることをチョムタワたちに知られたくないと言う前提が有りました。
もし、チャット、もし母が、チャナタウをチャナタウとして受け入れ、彼を救い出せていたら...整形どころか、チャナタウのまま生きられたかもしれない。
... だからと言って間違った性転換だった訳では有りません。歪み、潰れた心。それを解かなければ前に進めなかったんです。

チャナタウとランロンのせい。確かに。ふたりはチャナタウが"チャナタウらしく在ること"を「おかしい」「変態」と非難し、捩じ伏せようとしました。本当は選択肢を与えるべきだった。チャナタウのまま、ドレスを愛して良い、と。ドレスっぽい紳士服を作ってみたり...
チョムタワは口にします。
「何でもしてやったのに」
あなたのように成るために、その為のプリセットはたくさん与えたでしょう。しかしチャナタウはチョムタワに成りたかった訳じゃない。チャナタウは永遠にチャナタウで居たかったんです。

「私が悪かった。愛してる」
「殴ったのは愛しているから?心配だから?私のことを考えず?」

「何でいつも私から何もかもを奪うの...」
偏見はその人の夢や希望を奪います。時に尊厳や生きる力をも。
それでもニラは必死で"生きる"にしがみついて居ました。しかし奪われ続けた。
そんな彼女をチャットが抱き締め、救ってくれた。
しかし、また奪われる。今度は全てを。
チャットの心を失ったと感じたニラは全てをリセットすることしか出来ませんでした。
もう一度、あの時に戻ること。
全てがまだ希望に満ちていたタイに降り立ったあの日。
出来るなら、復讐を抱く前、母が死なないでいたあの日に戻りたい。
困難に苛まれる度、ニラは英国に帰りたがります。
そこが彼女の始まりの地だから。
だから、もう一度始める。そのために...
ニラは... 

「君は美しい。愛してる...以前は男でも変わらない、愛してる...」
「だけど、もっと愛していた少年がいた。我が子のように愛していたんだ。幸せを祈り成長を夢見ていた。...彼が僕のせいで苦しむ姿は見たくない」
「...やっと分かったよ。なぜこんなに君と心が通じ合うのか... 」
「帰ろう、チビ君」

... チャットの言葉がニラの心に響きます。


☆脱力です。達成感が堪りません。
決して最高の終わりかたには成りません。悲しみを残します。
しかしたくさんの育まれたものが有り、希望も残ります。
愛が結実~素敵~...そう言ったドラマとは違います。深く心を掬い上げ、晒し、私達に共感を求める、非常に切ない物語でした。
トランスジェンダーなら勿論、全ての疎外感を感じる人たち、全ての夢を抱く人たちに捧ぐ、そんなドラマでした。

... 日本はBlu-rayが出ませんでした...本作はDVDのみ。それも2ボックスで2万5000円くらいにも成ります。私達は不幸です。素晴らしい作品との出会いさえ奪われてしまう。
タイ人に生まれたかった。
本作でも分かる、微笑みの国と呼ばれながらもいまだ偏見も残るタイ。でもこんな作品を作って、ヒットする国でもある。
教科書のような"善い物語"しか作られない日本とは違います。
本当に素晴らしい作品でした。傑作では無いけれど、私の非常に大好きなドラマです。
今は、ナンバー1の作品だと言いたい。
だから、しばらくは"真里"改め、
韮・コンサワットです。.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.
ハッ!Σ( ̄□ ̄;)
ニラね。