週末は選挙でした。
行って参りました。まだちょっと脚がかくんかくんしているので、よたよた歩いて行きました。
会場ではちょっと性別回りでトラブルになりかけてしまいました。参ったものです。
帰宅して、それから不思議な違和感を感じていたのですが、翌日、体調不良。ずっしり体が重くなり、そのままダウン。寝込んでます。
祈りを込めて。
夏なので。と何度言ったか。
最近は晴れの日も増えました。
なので?爽快映画と言えばジェイソン・ステイサム。
「MEG、ザ・モンスター」です。
深海で潜水艦が座礁。ジョナス率いる救助隊は救助を行うが、船体を外部から圧迫される事態に仲間を犠牲にしてしまう。
5年後。マリアナ海溝を調査する海洋調査隊の潜水艇は、知られざる深海へと侵入する。そこはあまりに美しく、神秘に満ちていた。しかし潜水艇は、謎の生命体の襲撃を受け、身動きが取れなくなる。
緊急事態に呼ばれたのはジョナス。彼は潜水艦救助時の仲間の犠牲を抱え、世捨て人のように酒を片手に暮らしていた。しかし、ジョナスは自分が唱えた未確認生物存在の報せと元妻ローリーが潜水艇に閉じ込めれている事を知り、救助の参加を決意する。
現場では一刻を争う緊張に包まれていて、責任者の娘スーインは自ら潜水艇で深海へ向かう。ジョナスは彼女をも救うために深海へ急ぐが、そこには予想以上の化け物が顎を広げて待っていた。

Megとは太古の恐竜時代から地球の海に君臨したメガロドンのこと。それがまだ生きていたと言う設定です。
過去に、似た映画「ザ・デプス」が有りましたが、こちらは深海の岩の向こうで巨大シャコみたいな生物が生きていた...と言う設定で海底でのミサイル実験...だったかな?を行い、崩れ、出てきちゃった!との流れでした。
しかし今作は生き延びて来た設定。え~!と成らないよう。海水の層があり、それを越えられなかったからと言う話。実際、そんなことで生命のテリトリーは越境しないものなんですよね。まあ、ちょっとデカ過ぎのメガロドン。何万年もあれば餌不足で出て来たりしちゃわないものか...と思うけれど、そこは映画なので。
映画の設定はほぼ現代。"ほぼ"なのは、潜水艇や研究所である海中プラント、マナ・ワンなど、幾つかのテクノロジーが近未来仕様。アクティビティ潜水艇みたいなもので手軽に深海に潜れます。とは言え、ほどほどには減圧作業はしないと高圧力に鼻血が出たり脳出血もしてしまうようです。ジョナスも潜水を急いだために鼻血を流しました。それでも何とかなっちゃう高テクノロジー。いや、ジェイソン・ステイサムがすごいのかも?
多くホラーは人が死ぬ前提のものが多く、主人公さえも危うかったり。でも、ジェイソン・ステイサムなら安心感が有ります。映画は確実にヒーローアクションに早変わり。...お陰でリアルの力は欠いてしまいました。
それでも、私は「ジオストーム」や「インデペンデンスデイ、リサージェンス」のような、当たり前のようにそこに在り、扱われ奮われる近未来テクノロジーと言うものが大好きです。その"可能"を前提に語られる高次元の倫理は未来への魅力に溢れ、私達に可能を超えた更なる可能を見せつけてくれます。
しかし。この映画では都合よくそのテクノロジーが奮われ、物語を進ませる理由にしてしまっている。
かつて「エイリアン」や「リバイアサン」に有った、真空や水圧の恐怖は、眉間の皺程度で演じられ、離脱ボタンさえ押せれば無事に帰還...そんな安易なものに成り下がってしまいました。
まあ、それでも"未知の巨大生物"なんて敵が居るのだから、そう容易く映画は萎えません。
メガロドンはそのテクノロジー故の脱出ホールを辿って、水の壁を越えてしまいます。
そうして繰り広げられる戦い、犠牲、勝利?そして大惨事へのカタストロフ...と一進一退の中、やきもきしながら超人ジェイソン・ステイサムとメガロドンのチェイスを楽しむ訳です。
その様はなかなかのスリリングで大迫力!ちょっと無駄死にが多いかなあ...とは思いますが、人間なんて海の上にも、当然、下にもちっぽけな物なのです。惨劇は私達への警鐘を孕みます。
山場は中国圏。始まりがマリアナ海溝ですし、仕方がないし...中国人の人口とミズスマシ並みの海事情から考えれば、そんなもの...なのですが、ご都合感は否めません。なにせ中国資本ハリウッド映画ですから。
韓国も中国も、お金出したからって、我が国ごり押しは映画をダメにします。正直、そこが最たる欠点でした。不思議なんですよね。リアルに見えない。
「リプレイスメント・キラー」や「レッド・ブロンクス」の頃が懐かしいです。中国はアメリカの中でも"中国"を誇りにしていました。
もとい。あちこちに散見される「ジョーズ」へのオマージュを目撃させながら、遥かに勢いに任せたクライマックスが繰り広げられます。しかしやはり水の中では魚が一番強い。更に凶暴巨大生物。人間の知恵と勇気とテクノロジーは太刀打ち出来るのか?!
怒濤の終盤は...ちょっと呆気ない。でも、それなりに満足しました。お腹は八分目。
ジェイソン・ステイサムにはやっぱり拳で戦う映画の方が良いのかなあ..

このお方はリー・ビンビン、スーイン役です。
以前、映画「判事ディー」で紹介した彼女です。ちょっと整形増したかな...と萎えながら、やっぱり綺麗万歳、ハリウッド大作参加に嬉しい限りです。
...が。深海から上がった途端にジェイソン・ステイサムとの恋愛が始まる不可思議さは...ちょっとね。
こんな生死を賭ける事情の最中に恋を意識してるほど、映画は呑気に流れ出します。でも人が亡くなるものだから、恋要素は軽薄度を増して行きます...
娘役の子は子まっしゃくれ。割合、可愛いので良いですが、こんな危険な状況に寄り添わせるのが怖くてなりませんでした。ホラーに子役は、居るだけで痛々しい。
比べてビーチで無用に画面に入ってくる中国人の男の子。映画とは...どのカットをキャプチャーしても絵に成るくらいであるべきです。ごめんね。美少年に変えて欲しい。きっとスポンサーの息子さんなんだろうなあ...なんて冷めて観てました。

画に映る印象として良かったのは、この子、ジャックス。タトゥーがすごくてちょっと距離を感じてしまいましたが、序盤の自信たっぷりの立ち振舞いはカッコよかったです。
メガロドンと対峙してからは、弱げな女の子然と成ってしまい残念でした。活躍もしませんでした...
ド派手なアクション、驚異的なVFXは見事としか言いようが有りません。テンポも良く、絵心もある。
ちょっと人の生死の扱い方がローランド・エメリッヒ的で、こっぱずかしく痛みが感じられないのは勿体無い。
過去の事故から仲違いしたメンバーとの和解や絆、スーインの父娘の絆、ジョナスと妻ローリーの関係、TVドラマ「HEROS」の「やった~!」で有名のマシオカ君扮した日本人調査員の妻への愛...など、大事にすれば作品の格を上げそうな要素がたくさん有ったのに、尽く切り捨てられてしまっています。
...もっと良い作品に成ったのに、と残念に思います。
まあ、夏ですし、スイカ片手にポップコーン撒き散らしながら観るには最適です。
ジェイソン・ステイサムが主演した映画「ブリッツ」も観ました。
私、ひと時期、映画を殆ど観ていなかった時期がありまして、その隙間に眠っていた作品でした。
2011年作品です。
法律を気にもしない荒くれ警官ブラント。彼は上司に目をつけられ、一般からも社会悪のように見られているが、人望だけは厚い。同僚の面倒を見、友の妻の死を悼みながら、彼は今日も現場に赴く。
そんな時、警官殺しが発生。犯行声明もあり犯人は自らを「ブリッツ」と名乗った。犯行は連続殺人と成り、捜査はある男への目星をつけるが、挑戦するかのように犯行は激化していく。
正義漢が多いジェイソン・ステイサムが、更に警察官なのに、今作ではあまりに悪辣で下品です。
ジェイソン・ステイサム。元々、下町ギャング役の出ですから、これぞ本分?なのかもしれません。
彼が言う「これぞ天職なんだ」は、似合わないとも思わず、結構、性に合って見えるから驚きです。
そんなブラントは意外にも人情家でもあります。妻が亡くなった同僚に付き添い、コネで花を用意したり。署の同僚からも慕われ、やり過ぎの彼を煙たがりはしません。だから安心して見られるどころか、意外にも愛らしさたっぷりです。
そんな時、警官を銃撃する事件が発生。ブラントは捜査を開始します。
捜査は、上司の命で捜査主任に任命されたポーター・ナッシュと組むことに成ります。彼はゲイとの噂がありました。ここが良いんですよ。( ´∀` )b☆
ブラントはポーターを散々馬鹿にしますが、「生き方を人に押し付けなければ気にしない。それどころかリスペクトしてるんだ」と伝えます。
今までのLGBTを取り上げた映画は「偏見良くない」を謳うものが多かった。当事者以外が身近に感じるキャラクターが、悪いことをしているのを見せられて「思い当たるでしょ」と言われる映画なんて誰も見たくない。見ないのでは偏見は取り除かれはしません。
偏見や虐げは絶対にそこにある。そして其処にはLGBTは存在している。でもみんな生きている。人生の90%は楽しく生きられている。
そう乗り越えている人を描くべきだ。人並みに間違いもし、負けもし、怒り、戦い、勝ち抜けるLGBTを描くべきだ。
ポーターはそんな男だった。
翌朝、ブラントは「俺に触ったのか?」と聞き、ポーターは「我慢した」と言う。ブラントは「お前は良い警官だ、ゲイにしてはな」と返す。
これでいい。良いシーンです。
体力、感覚、好み...誰にも違いは必ず有るんです。男と女にもある。だから良い脚本はこう綴る。
「やるじゃねえか、女にしては」
「そうねあんたも。男にしてはやるわね」
カッコいいです。
この「ブリッツ」のブラントとポーターのコンビは素晴らしかったです。こんなにも揚々として、肩を並べ、背中を預けたバディは久しぶりに見ました。
犯人は直ぐに分かります。だからって一斉対決!なんて形にはなりません。
犯人に目星を付けても、証拠はなく確信も見出だせていなければ、普通に、捜査と聞き込みで証拠を集めようとします。
しかし、犯人は目星を付けられているかもしれない!と勘ぐると、行動を、より迅速に過激にしていきます。
出遅れる捜査。苛立つブラント。
情報が交錯し、縺れ、最後の一手が犯人に届かない...
刑事ものにアクションがあまり無いと、地味に成ると思われるかもしれませんが、この映画にはテンポの良いテリングと音楽の妙が有ります。話運びがすごく良いのです。更にBGMがすごく良いんです。連続した跳ねる音が私達の心臓の脈動を高鳴らせ、誘っているように感じます。全編に渡り流れる緊張感を煽る音楽は、非常に素晴らしく、一瞬一瞬が焦れる興奮に満ちるでしょう。
何しろ焦れるんです。警察が振り回され、犯人は驕り始めます。何度も逆転のチャンスが撒き散らされ、警官たちは拾い集めようとしますが、人の欲や抜かりが犯人の方にチャンスを呼び込んでしまいます。
もう焦れる焦れる。始終、悔しくて堪りません。
また犯人役のエイダン・ギレン。まあ、憎たらしい。かの「ゲーム・オブ・スローンズ」や「メイズランナー」でも憎たらしい役をさらりと演じます。演じた悪役が"憎まれる"とは、きっと役者冥利に尽きることでしょう。:p
そんな犯人も人間くさく、自信たっぷりで殺しを楽しみながらも、犯行後には吐いてしまったり、舌打ちするわ、焦って逃げ回るわ、慢心がミスを招く。
それは逆もしかり。だからいい。
サイドストーリー的な女性警官の話も良くて、彼女の過去や孤独感、上手くいかない仕事、世話する情報屋の青年との縁、そしてささやかな恋...
それがメインの猟奇殺人に絡んでくると、もう私達の同情と荒ぶる感情は最高潮。
唇噛み締めて、溜め息と憤りのままに、ちょっと皮肉でルール無用な終局へ...
ハリウッドとは少し違う、英国製ハイテンポサスペンスです。人間ドラマと捜査の妙、そして駆け引きの利いた良作でした。もう、ドキドキしっぱなしでした。
☆今、BSでTVドラマ「きのう何食べた?」が追放送されています。私は第六話からしか観ていなかったので、楽しみに観ているのですが...
ちょっと気になる点が。
第二話のこと。
街のスーパーで西島君扮するシロウさんとご近所さんの佳代子さんが出会い、安売りの丸ごとスイカを「半分こしましょう」と結託します。ふたりは彼女の家に向かいスイカを分け合うのですが、その際のことです。
佳代子さんはシロウさんを見て、つい自分がひとりなのに見知らぬ男性を家に連れ込んでしまったと気付きます。すると唐突に怯え始め、シロウさんがティッシュペーパーを探す姿に家を物色していると思い込みます。更にシロウさんがティッシュペーパーが切れていたので声をかけようとすると、彼女は「犯される!」と騒ぎだします。
正直、私、唖然としました。「ティッシュペーパーが無い」と直ぐに口に出さなかったシロウさんもいけませんが、男と見たら犯罪者、更に性犯罪者扱いだなんて...酷すぎます。それもあまりに品の無い演技...
打開は告白「私はゲイです」
すると「怖いよ~!」と更に激しく騒ぎ出し、シロウさんは自分が弁護士だと伝えてようやく佳代子さんは気を落ち着かせます...
ゲイは恐怖を煽り、弁護士なら良いの?
更に家族の帰宅に「大丈夫よ、この人ゲイなのよ」
更に更にゲイ絡みの質問を続け、珍しいものを楽しむかのように家族総出で騒ぎ立てる始末。
そして、父が「ゲイですか、さぞや苦労されたでしょう」と口にすると娘が「やだ、そんな事を言ったら、この人、お父さんの事を好きになっちゃう」...だって。
人によってはカミングアウトを人との繋がりに成るなら気にしない...くらいに思っているでしょうけれど、多くの人はわざわざ話すことではないと思っているし、ましてやそんな話で盛り上がりたいとは思っていません。それどころか嫌悪を感じる人も少なくない。なのに。
話は第三話に続きます。
佳代子さんはシロウさんのことを尽く「ゲイの人」扱いします。更にお節介にも身近のゲイの方を紹介する下世話なことをします。
更に、シロウさんが40代と知ると、独り身の40代なんて気持ち悪いと、腐敗したゴミでも触ってしまったかのような態度を見せます。
...このドラマは、私、今でも素晴らしいもので満ちている作品だと思います。でも、ゲイの、人並みの繊細な心を描こうとしているくせに、作り手はそんな心など笑いかネタ程度にしか思っていなかったのでは?と感じました。
私、言葉を失い、視聴後、どう口にしていいのか分からず、ただ、悲しい気持ちになりました。
ゲイだと晒されて命を絶った若者が居る現在で、こんなシーンと演技に何も感じなかったのかと、寂しい気持ちになりました。
原作からあんなだったのかな...原作者よしながふみさんの作風や「アンティーク」などにも有る、ゲイに対する「可愛い子、愛らしい子」として見るような視点が好きだったので、きっと原作は違う!と信じております。
「グッドドクター」と言うアメリカの医療ドラマがあります。その第14話でトランスジェンダーの女の子(遺伝子男性)が運ばれてきました。自閉症と言う障害を抱える主人公は彼女の考え方、トランスジェンダーと言うものを理解出来ないからと、頭ごなしに否定します。心無い言葉も口にします。それは最後まで変わらず、察する事もしませんでした。
ただ、彼女の語る"トランスジェンダーであること"の"感じ方"だけは自分に当て嵌めて理解しようとします。それでこの話は円満解決の体を成します。
原作は韓国ドラマなのでその時からそう言う話があったのか分かりませんが、人が"人を知る"より、"LGBT"は人を決めつける。それがLGBTに纏わる問題の本質なのではないかと思うのです。
私、今でもドラマ「きのう何食べた?」が好きです。でも今、すごく悲しい気持ちです。