まだ猛暑の記憶が残っているのに、
明け方はもう晩秋の寒さ。
彼岸花が枯れると、すぐにコスモスが咲き、
庭には金木犀の香りが漂っている。
栗の収穫が終わったら、今度はシイタケや柿の収穫。
季節は目まぐるしく移り変わる。
もっとゆっくりまったりのほほんとしたらいいのに・・・
と、思うけど季節はまってはくれない。
シイタケの榾木つくりや、薪ストーブの煙突掃除や・・・
やりたいことはいっぱいあるのに、

 忙しきことばかりの世を
 のんびりと(するのは己が心なりけり)
もう10月です。
赤とんぼが飛んでいます。
それで赤とんぼの写真です。
どうやらこの枝がお気に入りらしく、
近づいても逃げません。




かって50羽近くいた我が家の鶏が・・・
2年前にテンにやられて3分の1に減って・・・
そのほかにも色々あって・・・
今ではわずか9羽!
そのうちなんと5羽が雄鶏!!
残りの牝鶏ももうかなり年取っているよ。
だってこの2~3年、ヒヨコが育っていないのだから。
これじゃ卵の自給にも事欠くよね。
牝鶏は毎年律儀に抱いてるけど・・・
21日間もほぼ飲まず食わずで献身的に抱いているけど・・・
孵らないか、孵って育てても途中で死んでしまう。
昔の日本も、少なくとも明治・大正くらいまではそうだったよね。
子供が生まれても、3歳、5歳、7歳までに半分は死んでしまう
我が家の鶏小屋は今でも江戸時代か?
これが自然なのかな?
自然に育てるってこんなことなのかな?
でもさすがに今ではそんなことはなくなったけど・・・
ほとんどの子供は大人に成長するけど・・・
七五三の願いは今でも残っているけど・・・
う~~~ん、ため息交じりに思う。
鶏、飼うの止めようかな?
それとも産卵器を入れて無理やりヒヨコを産ませようかな?
それとも野良ヒヨコが近くにいないかな?
今日で9月も終わる。
昼間はまだ暑いけど朝は肌寒い。
ところがツクツクボウシがまだ鳴いている。
まったく往生際の悪い奴だ。
いい加減に観念して成仏しなさい!

今日で9月も終わる。
今月もまたまたやり残したことがいっぱいだ。
ここは3つの選択がある。
来月に回すか来年に回すか諦めるめるか。
この中で最も懸命な選択はあきらめること。

今日で9月も終わる。
来月も最後はあきらめて過ごすことになるだろう。
そして秋はますます深まる。


彼岸花がやっと真面目に咲き出した。
日曜日くらいには満開になるだろう。
今年はいつもの年より1週間くらい遅い。
彼岸花が終ると真面目に秋になる。

 暑さ寒さも彼岸花まで






今度の日曜日は新宮 ひがん花まつり。
会場の弥生遺跡公園に行ってみたけど・・・
やっぱり彼岸花はちらほらだね・・・ 

でもまあ、それなりに・・・
彼岸花の写真です。






一期一会は人との出会いだけでなく、本との出会いもまたあるのかもしれない。
もちろん人とは再会できるかもしれないし、本も再読できる、
でも読んでる自分自身すでに昔の自分ではない。
本も人も出会うべき時期というものがある。
「若きウェルテルの悩み」など今ではきっと読むのに耐えないだろう。
「チボー家の人々」は中高時代に読んでなくて、それがずっと気がかりだったので、数年前に読んでみた。
するとやっぱりたいして心に響かない。
一方、モンテーニュの「エセー」は学生時代に読んだときはたいして面白くは思わなかったけど、数年前に再読した時はとても面白く読めた。
やっぱり本には読む時期というものがある。
特に古典は、その大部分は若い時に読むに限る。
もしも読む時期を逃したら一生後悔することになるだろう。

こんなことを書くのも実は最近セリーヌを読み痛感したからだ。
セリーヌの「夜の果ての旅」を読んだのは学生時代。
とっても衝撃を受けた。
当時セリーヌは日本ではあまり知られていなくてこの本が初の邦訳。
筋はほとんど覚えていないけど(筋なんてあったのかな?)第一次大戦後の不安な世情が伝わってくる、悪意に満ちた作品だった。
その後、ほかに翻訳作品がなかったこともあって、セリーヌから遠ざかりほとんど忘れてかけていた。
ところが最近図書館で世界文学全集の中にセリーヌを見つけて、躊躇しながらも借りた。
きっと読み終えることはできないだろうな、と思いながら。
納められている作品は、セリーヌ最晩年の作品、「城から城」「北」「リゴドン」の3編。
「夜の果ての旅」がセリーヌのデビュー作なのでこれで最初から(途中を端折って)最後まで読むことになる。
内容はいずれも第二次世界大戦の末期から大戦後の不安な時代。
その上セリーヌはナチス協力者とされ敗戦間近のドイツに亡命し、さらにドイツからデンマークに脱出してそこで逮捕される。
そして1500人に上るナチス協力者の一人と次々と死刑になる中、何とか特赦で生き延びてフランスに帰ると、家の中のものはほとんど略奪されて、無残な姿になっていた。
そこで医院の看板だけは上げたものの、患者はほとんど誰も寄り付かない・・・
そんな状況で書かれた3部作。
「城から城」はなんとか読んだものの、「北」は途中で読むのを放棄して、「リゴドン」は、あったく読んでいない。
昔だったらこの3作品はもっと面白く読めただろう・・・
とこあれこの作品からはやっぱり「不安」を感じる。
そして「今」を感じる。
ロシアと中国の影を
そして日本の卑しい「サヨク」の影を
日本が奈落に落ちていく姿を。


いかん、このままじゃ彼岸に間に合わない!
とばかり、彼岸花があちこち咲き出した。
でも今週中に満開は無理かな?






それなりにそれなりに、野良仕事や鶏の世話を終わって、家に入ると、
テレビでは大相撲中継が始まっている。
それを横目に風呂に入り、ふろ上がりに酒を飲むと、ちょうどいいから加減に相撲は3役の取り組みが始まっている。
別にひいきの力士はいないけど、
日本相撲の復活を望んでいる身にとって、
モンゴル力士には悪いけど、モンゴル力士が負けると大喜び。
今日は3大関が負けた~ちょっと負け過ぎかな?
でもまあそれはそれ、混戦場所は面白い。

ところでまったく関係ないことなれど、
きょうもまたまた「満員御礼」
でもね1階席は一杯だけど2階席は空き席が目立つよ。
それでも満員御礼?
でもまあ、それはそれでいいか・・・勝手にやってよ。

ところで、またまたまったく関係ないことなれど、
あの四股名~昔ながらの「・・・海」とか「・・・山」とか・・・
もっと他にないのかねぇ~?
最近では野球場やサッカー場がスポンサーの名前を付けているように、
後援会その名前を付けたりしたら?
例えばキャリーパミュパミュパミュがひいきの力がいたら、その四股名をつけると、
呼び出しは「ひが~~~し、キャリーパミュパミュパミュ~~~」
すると相手もまけてはいない。
今度は後援会とは関係なしに、呼びにくい四股名をつける。
「に~~~し、カエルぴょこぴょこ3ぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこ6ぴょこぴょこ~~~~」
そして行事もしかつめ顔で、
「かたや~、キャリーパミュパミュパミュ~~~
こなたカエルぴょこぴょこ3ぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこ6ぴょこぴょこ~~~~」
もうこうなると歯止めが利かない。
すっかり悪乗りした力士がなんと四股名に
「寿限無寿限無~五劫のすりきれ~・・・長久助の久助」なんてつける。
こうなると呼び出しも行事も大変だ。
「ひが~~~し、寿限無寿限無~五劫のすりきれ~・・・長久助の久助」なんて呼び出すと、今度は、行事が
「かたや~、寿限無寿限無~五劫のすりきれ~・・・長久助の久助」.
そしてようやく対戦がはいじまって、寿限無寿限無~が勝ったと思い行事が軍配をあげると、よせばいいのに物言いがついた。
そして長い長い協議の末(その協議の時間のほとんどは、寿限無寿限無・・・の四股名を呼ぶことに費やされたのだが・・・)
そして審判委員長が「ただ今の相撲について説明します。寿限無寿限無・・・~の足が先に出たのではないかとの物言いがつき、協議したところ寿限無寿限無・・・~の足と・・・の手がついたのが出たのが胴体とみて、とり直しとしました」
そこでまたまた始まった。
「ひが~~~し、寿限無寿限無五劫ごこうのすりきれ、海砂利水魚水魚の、水行末・雲来末・風来末、食う寝るところに住むところ、藪ら小路のぶら小路、
パイポ・パイポ・パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの、長久命の長助~~~」
行事も
「かたや~、寿限無寿限無五劫ごこうのすりきれ、海砂利水魚水魚の、水行末・雲来末・風来末、食う寝るところに住むところ、藪ら小路のぶら小路、
パイポ・パイポ・パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの、長久命の長助~~~」
今度は日本保守党(百田新党・仮)がアレしてしまった。
まだ確か2週間前にできたばかりの政党が~正確にはまだ正式な党の結成も綱領もなく党員の募集もしてない中で~X(ツイッター)のフォロアー数が自民を越えて第1党になってしまった。
これってやっぱり変だよね。
既存のガラパゴス 政党~共産・公明・立憲民主・そして自民、
こんな古い古い政党の中で既存のメディア(新聞・地上波テレビ)をまったく無視して第1党になったってことは、とっても注目していいことじゃない?
今、気になってる勢いのある政党、維新と参政党、この両政党でも未だ既存のメディアや昔ながらの井戸端選挙に固執しているように見えるのと違って、
そんなこととはまったく違ったNET選挙を展開しているように見えるのも新鮮に感じる。
もちろんネットのフォロアー数が選挙の得票数にすぐに結びつくわけではない。
でも若い世代の人たちの新聞・テレビ離れが進んでいる今、その将来を見据えたとき、いまだにこの旧メディアに頼っている政党が没落してくのは明らかだ。
共産・公明の戦後のどさくさに成長した政党・・・その支持者の高齢化とともにその使命はとっくに終わっている、
ところがソ連の崩壊とともにとっくに世界遺産になってしまった共産党と違って、
未だに自民に寄生して国土交通省の利権をむさぼり、
憲法改正に賛成のふりをしてその実、慎重に慎重に慎重に!とばかり憲法改正を妨げてきた。
さらに日本を中国に売り渡そうとするこんなこんな体質が許せるか!

うむ、いかん!
まだまだ言いたいことはいっぱいある、立憲民主党にも維新にも、それにもっともっと、まったくどうしようもない腐れ切った自民にも!!
でももうそろそろ限度です。
続きは明日書く事にします。

ウィ~~~!!