清々しい夏の露
心の中まで凍てつく冬の露
震災地の人たちのことを思います





冬ですねぇ~
枯葉や枯花や枯芒が美しい時ですねぇ~
新年早々たて続きに災害や航空事故のニュース
思わず枯れ葉の写真を撮りました・・・

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誰だって、きっと言いたい時もあれば、言いたくない時もある。
そうそう、そんな言いたい時は思いっきり言おうね。
そして言いたくない時は・・・ただただだんまり。
それでいいんじゃない?
そんなだんまりの時、
どうかどうか、非難しないでね。
そんなだんまりの時、
そばにいると居心地悪いかな?
でもそんなこと気にしなくていいんだよ。
ただただそばにいてくれるだけで、あなたの役割は終わっているんだよ。
きっとあなただってそんな時もあるはず。
ただそばにいてくれるだけで、ほっとする・・・
そんなひと時が・・・きっとあるはず 
ただそばにいてるだけで・・・
その時は声をかけてね。
いつまでもいつまでも、そばにいてあげるからね。
だって自分でできることはこれだけなんだからね。
だからちっとも気にしなくていいんだよ・・・
ぐうたら暮らしている間に今年もあわただしく終わった。
世界もなんかあわただしい。
日本もなんかあわただしい。
ウクライナでもう、うんざりなのに、
今度はイスラエルとガザ地区。
ウクライナはまだまだ先が見えない。
戦争は物量戦だ。
普通に戦うと物資や人的資源が豊かな方が勝つ。
日本は戦後、「アメリカの物量には負けたけど、精神面では勝っていた」なんて悔し紛れに言う人間がいたけど、あほか!と思っていた。
まったく、その精神面が最も劣っていたのだ。
戦争はまず物量。
物量ではるかに負けているアメリカに戦争を挑んだこと自体無謀、精神的にまったく劣っていた。
これじゃ戦争に勝てるわけない。
そしてそれは今、ウクライナでもいえるだろう。
ただウクライナは戦争をロシアに挑んだのではない、理不尽に侵略されのだ。
これでは戦わらずをえないだろう。
そしてこの後どれほど持久戦をすることができるかどうか・・・
もう神風を、ピーチンの死を待つほかないのだろうか?
それとも不利な休戦をして、次のチャンスを期待するか・・・
もっと耐えて先にロシアが破綻するのがもっとも望ましい、
ぜひウクライナに頑張ってほしいのだけど・・・

いえいえウクライナの問題ではなくイスラエルとハマスの問題。
今地上波テレビでは不思議なことにイスラエル批判の論調が主流らしい。
いったい被害者は誰か?それはイスラエル人とパレスチナ人ではないか。
ハマスこそ加害者なのだ。
それなのにどうしてハマスの報道は垂れ流しにして、イスラエルの報道は「・・・と、イスラエルは報道している」とカッコつきで報道する?
*ガザ地区の保健局はハマスの機関なのだよ
そして「ハマスは福祉団体だ」というとんでもない報道を平気でして、それを見てる視聴者は「へぇ~、ハマスっていい人たちだったんだぁ~」なんて思う。
「あほか!福祉団体がなんであんな残酷な殺人をやる?なんでたくさんの人を人質にとる?」なんでこんなことに何の疑問も思わない?
テレビの視聴者、あまりに素朴すぎないか?どうしてもっと自分の頭で考えない?
ガザ地区での空爆で破壊されたビルの映像ばかりを見せられて、すっかり扇動されてない?
ハマスはイスラエルに向けてロケット弾を住宅地のビルから撃っている。
これに対抗するにはイスラエルはビルを爆撃する、これは当然のことではないか。
悪いのはガザの住民を人質にしてイスラエルを攻撃するハマスの方ではないか。
ハマスは地下壕を張り巡らして基地にしている。
そしてその地下壕に住民を避難させていない。
そのためにイスラエルの爆撃により多くの住民が犠牲になっている。
もし住民を避難させていたら、住民の被害はもっと少なくて済んだだろう。
考えてみて欲しい、第二次大戦の時日本でもたくさんの防空壕が作られた。
そしてもしこの防空壕に軍隊だけが避難して一般の住民を避難させなかったとしたらどうだろう?許せるだろうか?
こんなひどいことが今、ガザで行われているのだよ。
それだけじゃない、今世界各地から支援物資がガザ地区に無償で送られている。
ところがその支援物資はまずハマスがとり、残りをガザ地区の人に有償で売られている。
そしてその利益はハマスの活動資金となり武器弾薬などの購入に充てられる。
またその利益の一部はオマーンに住む俗福なハマスの支配者たちの豪遊にあてられている。
これってむなしくないか、ガザ地区の人を支援しよう、という呼びかけが・・・その実ハマスを支援していることに・・・

平和ボケした日本人には、地上波テレビに汚染された日本人にはきっとわからないだろう。
国として最低やらないといけないことは、国民の生命と財産を守ることだということが。
イスラエルはたくさんの国民を殺され人質にされた。
これに対して報復し人質を取り返すこと、これは普通の国家だったら当然やることなのだよ。
ところが日本は違う。
たくさんの日本人が拉致されても自分たちの血を流してでも取り返そうとは思わない。
もっぱら外国に取り返すことを御願いするだけそして何十年もそのまま放置する。
かって「人間の命は地球よりも重い」なんて言って、テロリストを釈放した総理大臣がいたが、その実、「テロリストの命は地球よりも重い、そして日本人の命は虫けらよりも軽い」ではなかったか?

もっともっと書きたいことはいっぱいあるのだけど、
日本のなにやらあわただしいことも書きたいのだけど、
ちょっと長すぎ、今年中には終わらないね。
それでは、良いお年を。



今日はわが家恒例の餅つき。
多くの人がやってきた。
でもこちらはというと、へたに顔を出して手伝わされてはかなわん、とばかり、家の中に引きこもっていた。
もう餅つきを喜ぶような年でもなかろう。

そう最近ますますぐうたらになってきた。
そうそう、ぐうたら暮らしこそ、もっとも性にあっている。
ブログだってずっとご無沙汰。
1か月ぶりだなぁ~。
もともと書くのそんなに苦にならない人間だったけど、
それさえも面倒くさくてならなくなった。
写真を撮るのはさらに面倒で、陶芸はさらにさらに面倒だ。
でも幸い、息をするのだけはまだそれほど面倒ではない。
心臓の方は意識しないでも勝手に動いてくれるので、これは全然面倒ではない。
趣味はというときっと最後に残るのは読書と飲酒だけだろう。
読書は居ながらにして、時空の旅ができるのでこれほど楽なことはない。
酒は、これだけは真面目に律儀にやっている。
ひたすらお国のためにとばかり、飲酒税に消費税を上乗せして税金を払い続けている。
まあともあれ、今年もぐうたらに過ごし、ぐうたら終わる。
すべてこの世は事もなし
今日で11月が終わる。
これから真面目に冬だね。
もっとも今までも冬日は続いていたけどね・・・
でも11月と12月じゃ気分的にはまったくちがう。
そうそう今年ももう1か月しかないのだものね。
困ったもんだね、今年もまたまた無駄に過ごしてしまったよ。
今日無事、今週も無事、今月も無事、今年も無事・・・
まあこれでよかったのかもしれないけど。

庭の紅葉は今年もまた紅くならないで、黄色いままで散ってしまいそう。
これが毎年の晩秋の悩みだ。
田舎暮らしをはじゅめたころ、裏山から40センチほどの実生苗の紅葉を掘ってきて、庭に植えた。
それが今では3メートル近くまで成長したけど、いつも黄色い葉のままで散ってしまう。
今年は紅くなるかな?
それが晩秋の楽しみなのだけど・・・
今年もまたまたこの楽しみは来年まで持ち越しそう。
来年こそ紅くなるかな?

数日前から薪ストーブを使っている。
石油ストーブや電気ストーブよりもとっても手間がかかるけど、
なんともほんわり暖かい。
それに燃料代はただ!
でも・・・ただより高いものはない。
この薪を作るのにどれほど手間がかかることか!
でも・・・燃料代はただ!
そしてこの「ただ」がどれほど貴重なことか。
そのために、薪をちまちまちまちま、みみっちく使っている。
でももう薪ストーブを使うのも、きっとあと一年か二年、せいぜい数年だろう。
なんともなんとも面倒だから・・・

ホームページのプロバイダーから通知が来た。
「ホームページのサービスは来年3月でもうやめるからね~、後はもう知らんもんね~」という通知が。
今までメールもホームページもODNを使ってきた。
ODNって今では知らない人が多いだろうけど、もともとはNTTやKDDIと並ぶ日本の3大プロバイダーだった。
ところがソフトバンクに買収され、それ以後すっかり影が薄くなった。
きっとユーザーをソフトバンクに取り込むのが目的だったのだろう。
というわけで「ホームページのサービス、後はもう知らんもんね~」の通知。
でもまあ、こちらは少しも構わないよ。
もう10年以上も更新していないし、今更ほかのプロバイダーのホームページに引っ越すのもなんか面倒だし・・・
このままなくなっても、いいんじゃない?
田舎暮らしのことや山羊の話、鶏の話などいっぱい乗せてるけど、
でももうなくなってもいいんじゃないかな・・・
なんて思っている。
だからホームページ「ぐうたら里山暮らし」読んでない人、今のうちだよ。
もう来年度はなくなるかも知れないよ。
なんのためにもならないしょうもないホームページだけどね。
季節外れの夏日の後で、
突然冬がやってきた。
油断大敵雨霰、
そうそうあられさえも降ってきた(2日前の話だけど・・・)

こんなとき気になるのは気象予報の最低気温。
5℃を下がると霜が降り、そのまま外に出してたら、蘭や多肉植物が悲惨なことになる。
でも幸い、いつもは信じない気象予報士のお言葉を信じたおかげで、
前日に室内に取り入れていたので、鉢植えはみな無事だった。
たまには人の言うこともきくものだ。

いえいえそんなことではなくて、コンサートの話。
最近ますます無精になって、寒くなると、
まるでミノムシのように家の中に閉じこもっているのに、
なんと、一昨日、霰の降る中、コンサートに行って来た。
「町のイスキア記念コンサート」に。
同じ市の古民家でのコンサート。
コンサートはもうこれで9回目、そして来年10回目で終わりだとか・・・
そうかぁ~、間もなく10年目か~、
皆勤賞ではないけれど、ほぼ毎年行っている。

来年で終わりとはちょっと、とっても、残念だけど、
でも10年もよく続いたよね。
特に地元の歌手の長谷川萌子さんとピアノの岩崎宇紀さんはもとより、
チェロの 、東京で、最近はヨーロッパで活躍されてるという、諸岡由美子さん、とってもありがとう!感謝です!

・・・なんてことはおいといて、さてとっても寒い中でのコンサート、
最初はピアノ独奏「キラキラ星変奏曲」
えっ、この曲って、ピアノの発表会で小学生がよく弾くあの曲?
そうそう、そうなんですよ。
でもね、このコンサートではおなじみのピアノの岩崎宇紀さん、
なんか性格が変な(?)宇紀さん、普通に弾くわけないよね・・・
そうそう、やっぱり・・・!
やっぱりやっぱり、期待を裏切らなかった。
それはジャズ風な変奏を入れての演奏だった。
でも不思議になんの違和感もなかった。
この単純な主題がどんな変奏にもよく似合う。
バッハのフーガの技法の主題のように・・・
これだったら、もっといろんな変奏を入れても面白いかもしれない。
ジャズだけでなく、ロックや、タンゴや、ワルツや、ブギウギや、果ては演歌や、音頭まで・・・いろんな調子の曲を入れて、
最初は原曲の主題と変奏を3曲ほど入れて、それからはハチャメチャな変奏の後、最後は原曲で締める・・・なんて面白いと思わない?
こんな風にあの楽しい演奏を聴いているとついつい妄想は膨らむ。
さてそのあとずっと楽しい演奏が続いたけど・・・まあ、そんなこと書くのはおいといて・・・
だって最近はますますぐうたらになったので、書きだしたらきりがない、
面倒なので端折って、来年のコンサートの話。

最近ますますぐうたらになったので、来年はきっと最後のコンサートだろうけど、行けるかどうかわからないけど・・・
もしもいけたら・・・ぜひバッハの無伴奏チェロ組曲を聞きたいな、何番でもいいけど・・・ひっそり、しみじみ、聞きたいな・・・最後に最後に聞きたいな・・・

晩秋とは思えなような暑さが続いている。
でもね、冬は確実に来ているんだよ。
冬の準備をしねければね。
というわけで昨日は柿の収穫。
今日は薪ストーブの煙突掃除。
柿は今までで最悪の不作だった。
おかげで1日で終わった。
柿だけじゃない、柚子の収穫もめっためた。
ポポーもめっためた。
もっともポポーは我が家の嫌われ者。
収穫しても誰も食べようとしないので、これはこれでちょうどいいのだけど。
煙突はそんなに煤はたまってなかったので、これもまあまあそれなりに早く終わった。
かくて冬の準備もそこそこ終わり、後はシイタケの榾木作り。
これはちょっと迷っている。
今年やるか、今年は止めて1年後にやるか・・・
でも1年後には榾木つくりの体力がまだ残っているかな?
でもまあ、何とかこれで今年も終わり、明日は明日の、来年は来年の風任せ。
やりたいことはいっぱいあるけど、やり残したことはいっぱいあるけど、
それをやらないで、あとは呑んで呑んで怠けて暮らす・・・これぞぐうたら道の極意というべきか。
今年もまたまたぐうたらに終わりそうだ。
そうそう、すべてこの世はこともなし。
ぐうたら百姓もこともなし。

昼真はもっぱらぐうたら暮らし、夜はもっぱら読書で過ごす。
晩の8時ころにはもう寝て朝の7時には起きる。
その間、寝ては起きたり、起きたり寝たり・・・
浅い浅い眠りの中で夜を過ごし本を読む。
そのため長い睡眠時間の割には睡眠不足。
それで昼食後は1時間ほど昼寝をする。
なんともなんとも、どうしようもないぐうたら暮らしだ。
でもまあこんな暮らしこそ最も自分に向いた生き方。
そうそう子供のころから、まったくどうしようないぐうたら人間だったのだから。
子供のころにあこがれていた職業は灯台守。
暗くなったら灯をつけて、明るくなったら灯を消す。
あとは小屋にこもって本を読んだり、飽きたら釣りをしたり、ぼけ~っと海を眺めたり・・・そんなことして暮らしをしたいなぁ~なんて小学生のころから思っていた。
そうそう子供のころから、まったくどうしようないぐうたら人間だったのだ。

いえいえこんな話じゃなくて読書の話。
今、色々ある趣味の中できっと最後に残るのは読書だろう。
なんせ寝転んでてもできる。
うつらうつら・・・居眠りしながらでも・・・時空の旅を楽しむことができる。
これほど自分に合った楽しみはない。

本はなんでも読むけど、好きなのは西洋の古典。
現実の日本とかけ離れれば離れる話ほど時空の旅の楽しみが増す。
その一方で時代小説や戦争物やミステリーは避けてきた。
なんせ根が平和主義者なので人を殺して喜ぶ、人の殺し方を楽しむ・・・そんな趣味は到底持ち合わせていないから。
時代小説はなんとも殺伐とした世界、仇討ち、お家騒動、捕物帳、斬ったはったの任侠の世界・・・こんなものには到底馴染ない。
戦争小説・・・これはまったくひどい。
時代小説も推理小説も所詮、一人、あるいは数人、あるいはせいぜい十数人殺すだけの話だ。
赤穂浪士だって、見方によっては、一人の老人を47人が寄ってたかって惨殺した・・・まあ他にも巻き添えになった人は何人かいただろうけど、それだけの話だ。
ところが戦争ものとなると何百何千何万という人が死んでいく・・・到底読むに堪えない殺伐とした世界だ。
殺伐とした世界というと、時代小説も殺伐とはしているけれど、それなりに仁義がある
 お控えなすって、お控えなすって、手前生国と発しますところ・・・
なんてそれなりの挨拶をしてから殺し合いに参加するとか、
戦の時には、
 やあ~やあ~我こそは坂東一の剛の者、熊谷次郎直実なるぞ、
 いざいざお立会いあれ~!
なんて風にお互いに名乗り、今ではサラリーマンが初対面の折、名刺を交換して、「わたくしこういう者です」、なんて名乗りあうようにいきたいもの。
もっともこの最低限のマナーも蒙古相手にはまったく通用しなかった。
 「やあ~やあ~我こそは・・・」なんて言ってる間に取り囲まれて矢を射かけられたちまち殺されてしまった。
そうそう、だって相手は日本語をまるで分らない人たちだったのだから。
そこでまずは、日本語教育をして、せめて「やあ~やあ~我こそは・・・」なんて言葉の意味が理解できる人たちだけに入国を許し、まずはそんな人達とだけ戦をすべきだった。
これは今でもいえる。
今多くの事実上の移民がやってきている。
その移民にまずは日本語教育を受けることを勧めている。
でもそんなこと無駄なこと、日本語教育は強制ではないので、日本語がまるで分らなくとも外国人だけで通用するコミュニティー社会でもきていける、
そこでは日本の法律を守らなくても生きている。
それなら最初から日本に来てから日本教育をさせるのでなく、最低限の日本語ができる人だけ受け入れたらいい。
せめて「やあ~やあ~我こそは・・・」と自己紹介できる人間だけでも受け入れるべきではないか?

いえいえこんな話じゃなくて時代小説の話。
最近時代小説も読んでいる。
戦国時代やそれ以前のあるいは幕末・明治維新前後の歴史小説の話ではなく、江戸時代の話。
 印籠をとりだして、「これが目に入らぬか~!」「ははぁ~~~!!」
なんて話や、
 酒を飲みながら~越後屋や越前屋に「おぬしも悪よの~」なんて言いながら底が重い菓子箱を受けとるシーンや、
「あれぇ~~~!」と叫ぶ町娘の帯といてくるくる回しながら楽しむおなじみの名シーン。
そんな時代小説の話。
こんな小説にうんざりして今までほとんど読んでこなかったけど、ふとした機会に、ふとしたきっかけで読み始めた。
それは西條奈加、梶よう子という作家の作品を読んで、これなら読めると思ったからだ。
どちらもホームドラマ風時代小説。
そんなにおどろおどろした場面は少ない。
それでこの2~3年、2人の作家の作品を中心に時代小説を読んできた。
その一方で同様に今までほとんど読まなかったミステリーにも手を出した。
ミステリー小説に特に欠けているのはユーモア。
ところが東川篤哉のユーモア・ミステリーともいうべき本を読んで、これなら読める、これなら書けると、と思った。
実際には書けるわけないのだけど、そんな感じのする作品だ。
でもまあミステリーの話は置いといて、時代小説の話。
二人の作家の小説をいろいろ読んだ後、今度はもっと本格的な時代小説を読んでみようと思った。
代表的な時代小説家というとやっぱり山本周五郎や藤沢周平・・・かな?
なんかそんなイメージがある。 
どちらも初めてだけど代表作を2~3本読んだらいいかと・・・
そこでまず山本周五郎「ながい坂」を読んでみた。
ながいながい小説でもう少し短くできたのではないか?
3分の2くらいの長さだったらもっとしまったのでは?
それに週刊誌に連載されてた小説だとか、
連載の場合だと連載ごとに小さなピークをもっていくことだけでなく、
連載の継ぎ目を気づかせないことがポイントだと思うけど、そこらへんがどうだろう?
なんか継ぎ目が気になった。
そのてんアレクサンドル・デューマの「三銃士」、これも連載小説だったそうだけど、見事だと思う。
まっそんなことは置いといて、お決まりのお家騒動などもあり楽しく読めた。
これからはあんまり毛嫌いしないで時代小説も読んでいこうね。
藤井聡太 八冠制覇~すごいねぇ~!
でもこれからは・・・八冠のタイトルを防衛するしかない。
やがて、そのうち、少しずつ・・・タイトルを失って・・・
そして・・・やがて無冠になる。
でもその時こそ歴代の名人の仲間入りをする。
升田・大山・中原・羽生・・・
この歴史に残る名人たちの仲間入りすることに・・・
その時が来ることを、
そしてそれ以上にその時が来ないことを・・・
ず~っと願っている。