こんばんわ、トミーです。







ハンニバルという人を知っていますか?


羊たちの沈黙の、ハンニバルや 特攻野郎Aチームのハンニバルの
おそらく命名のもとになった人のことです。





つまり、元祖 ハンニバル(笑




彼は、今から2200年ほど前、現在の北アフリカ、チュニジアを首都とした大国 カルタゴ の将軍です。




高校時代、世界史の授業で、聞いていた内容をざっくりお話しますね。






当時、カルタゴにはライバル国がありました。当時世界最強の ローマ帝国です。

ですが、ローマ帝国は、北アフリカのチュニジアから、地中海を攻めていくには、鉄壁の守りをしいていました。




海からは絶対に無理・・・
ならば・・・






陸路で西から(チュニジア→モロッコ→スペイン→フランス→ドイツ・・・)
はるばると進んで、イタリアの北の、アルプス山脈を越えて攻め入ろう!それも、アフリカ最強の動物、象をつれて!!!!







そしてローマ帝国を相手に領土を蹂躙しまくったという、おそろしい作戦を実行した人なんです。
ハンニバルって。
2200年も前にですよ!






すごいなぁとは高校時代もおもっていましたが、
最近、図書館で目に留まった本を読んで考えが変わりました。




『ハンニバル戦記』塩野七生著





脳の皮がバリバリと破られるくらいのショックを受けましたね。目からうろこどころではない。

この男、すごすぎます!!!!




単にしゃにむに進んだわけじゃあないんですよ。この男。




自分の虎の子のはえぬきの軍団を、極力無傷でローマの領地に到着させるために、なんでもやったんです。


彼は、軍団を連れて、ローマの偵察隊に、スペイン付近で一度発見されそうになったときは、
はるばる、森深きルートを通って、偵察隊をまき、

さらに
当時ローマ帝国と敵対していたガリア人に、時にはカネをわたし、懐柔し、自分の敵はローマだけだと説得もし、軍団をひたすら温存して進んでいったんです。



途中、ローマ帝国の偵察隊に遭遇したものの、さらにイタリア方面に侵入。




そして、象をつれてのアルプス山脈踏破。











狭い山道です。
象も象使いも道を踏み外して落ちていきます。悲鳴とともに。兵士も無事ではありません。寒さ、飢え、疲労、そして崖下へ踏み落ち、4万6千人いた兵士と30頭以上いた象も、それぞれ2万6千と20頭前後にまで減ったそうです。




しかし!




ここからが驚かされたんですよ。



先ほど、ローマ帝国の偵察隊に遭遇と書きましたよね。アルプス山脈につく前に。




なら、ハンニバルの狙いがわかったローマは(できるわけないとは思っていたとはおもいますが)万一のためにアルプス以南に
兵を用意していれば、アルプス越えでヘロヘロな、ハンニバル軍など、軽く打ち破れると思うじゃないですか。





しかし、ハンニバルは、アルプスを越えて、平地で2週間も兵に休養をとらせ、英気を養えさせませることができました。





なぜ、そんなことができたか。



アルプス以南は(ローマに敵対する)ガリア人が勢力を占めていて、ローマの手が及ばないことを、『出発前の北アフリカにいた時点で』ハンニバルは知っていたんです。



すごい情報力じゃないですか?

今の携帯やらインターネットやらがある状態じゃないですよ。

2200年前ですよ、キリスト生まれる前の時代ですよ!




そこで十分に兵力を立て直せるということがわかったから、彼は北アフリカから、はるか西をまわってアルプスを越えようとおもったんです。




ローマが、待ち伏せできないことを、アフリカにいた時点で知っていた!そしてだからこそ、この作戦に踏み切った!!






この情報力、そして行動力、すごすぎる…









そして、彼のもっとすごいところは、
象(戦象といって、今でいうと、戦力的に戦車にあたるそうです。ローマ人には手も足もでない、無敵の部隊です)が、幾度かの戦いで1頭をのこして、いなくなっても、足りない戦力を、説得や、お金で、現地の人たちを組み入れて、ローマ相手に縦横無尽にあばれまくったんです。



当初の、無敵の戦象という、武器がなくなっても、その瞬間、瞬間で戦っていけるその適応力。すごすぎる…






さらに、当時ローマはいくつかの属州と協力国でできあがっていましたから、それらの切り崩しをねらいながら戦いをすすめてもいきました。捕虜をローマ帝国側は冷遇し、他国は厚遇し、解放したりして。



結果、ローマ帝国側のうち、2国はカルタゴ側につくことまでしました。








最終的に、本国カルタゴからの補給がほとんどなかったので、さすがの無敵のハンニバルも無念の最期をむかえるのですが…(しかも一時、本国に帰って政治家になったりもします)










こんな、すごい人がいたんですね、2200年も前に・・・








世界は広い、深い。そう感じました。






それではまた。



こんばんわ。



おひさしぶりです。トミーです。






実は、私、あまり言っていなかったんで、知らない人がほとんどなんですが、言っちゃいますね。
興味ない人には、『なんだ変な趣味だな』ひかれると思いますけどあせる




実は、私の今の一番の趣味は、古武道の稽古なんです。

柳生新陰流剣術、という古武道を習っています。
もうすぐで、習い始めて一年と八カ月になります。





空と雲の写真を撮ることと、サッカーは公言していましたが、それと同じくらい昔から好きなのが
古武道なんですキラキラ






繁忙期や、病気など、どうしてもいけないときは除いて、週に二日、近くの道場で汗を流しています。





ひきはだ竹刀(別名 袋竹刀)といわれる、皮に赤い漆をぬったものでの攻防を教わっています。
諸先輩の方の打ち込みをうまくさばけた時の嬉しさは、なんともいえない、スカッとした喜びを与えてくれますアップ






・・・とはいえ、先輩方はすさまじく手加減して教えてくださっているので、まだ全然なんですけどね、私^^;
ヨロヨロしてるんで、ほんとまだまだ修行が足りないです汗


せっかく教えて頂いたことをなかなか理解できていないし…(汗






もとから伝統的なものが大好きだった私。

かれこれ20年も前から、柳生新陰流剣術の名前は知っていました。






が、目の状態に不安があったりして、なかなか入門することにふんぎれなかった自分ですが、

「やらない言い訳を探すばかりでは、人生なにもできない」




そう気づいて、門をくぐった次第です。








いいものですよ。古き時間の流れに身を投じてみると、普段とは違ういろいろなことが想起されます。






この流派は室町時代末期から、かれこれ430年以上、代々伝わっています。

ですから、稽古をつけていただくにつけ、
あぁ、この剣術を、古き日本人は身につけていたんだなぁとか

維新の時、高杉晋作(柳生新陰流 免許皆伝)の心の内は、剣を修めていたから穏やかだったのだろうか、とか、いろいろと考えさせられます。



高杉晋作の辞世の句が、「面白き こともなき世を 面白く」というのは有名な話ですが、辞世の句にこれはなかなか、言えないですよ^^;



肝がすわっていたんだなぁと思います。








そんな、非日常の世界、すごく好きです。





えっと、今日言いたかったのは、


さっきも違う言い方で書きましたが、

「人生、やれる理由をさがさなきゃ、何も味わえなくて終わってしまう」




・・・そう、ここしばらく、深く感じていることです。





いつもと違う道、踏み出してみませんか?ニコニコ







それではまた。
おとついのことです。




月曜日の昼下がり、おだやかな日差しの中でのこと。





わたしが1階でとある作業をしていると、ふと、そとのアスファルトの上を

桜のはなびらが、ゆるゆると風に舞っていました。




『きれいだなあ』




そう思い、見とれていると



ひゅるるっ



そんな音がきこえたかのような気がしました。






その、ゆるやかに地面を這っていた花びらが、

小さなつむじ風にまきあげられて



そうですね

高さでいうと50センチ、直径も同じくらいの大きさで
きれいに、花びらが舞い上がったんです。しゅるるっと、うずを巻き上げながら。





まるで、映画やアニメのワンシーンのような、ひとこまでした。





『なーんもいえない』


わかってくれますか?なにも考えたくないくらい、きれいなシーンを見たとき、人って、
余計なことばを使いたくなくなるんですよ。きっと。



言葉にじゃまされたくないっていうか。








そんな貴重な瞬間をみつめていた私に、通りかかったJNさんが、声をかけました。




「風流なものを見ていただけですよ」


私が答え、視線で、そのつむじ風を教えた瞬間、もうその小さな花嵐は、ひゅるるっと解けて
なくなりました。





ほんと一瞬でしたが、春の妖精が、いいものをみせてくれました。


JNさんが残念ながらみれませんでしたが(笑)





あなたのそばに、いい春の妖精があらわれますように。