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気まぐれ日々

気まぐれに思った事、感じた事を綴ります。

先程、少し大きな地震がありました。
ここ1週間、いつ起こるかわからない地震に不安を感じながら過ごしてます。
今、まさに就寝しようとした時に大きな揺れがありました。
部屋の物が落下する程の大きな地震ではありませでしたが、
物が落下するギリギリ手前に相当する揺れでした。

これから就寝しようと思った時に揺れられると、不安で熟睡が出来ません。
そんな日が、ここ1週間の中で数日あり、ここ3日間は大きな揺れがなく『そろそろ落ち着いたかな?』と思った矢先に、先程の大きな揺れでした。
物品的被害が無くても、精神的に堪えます。
9月6日の大地震から、生活リズムが大きく狂い、精神的疲労からくる肉体的倦怠感が酷いです。

早く、安心したいです。

平凡でも平和に暮らせる事が如何に幸せかを思い知らされます。

今の地震で負傷者が出ていない事を願ってます。

私の住んでる北区は震度3ですが、お隣の東区は震度4でした。
東区に近い北区に住んでいるので、揺れが大きく感じました。

もう…眠りたいです…。

※モバゲー日記からの転載。

 

 

9月6日未明に起きた北海道地震。

私の住んでいる札幌市は当初の発表の震度5強から、震度6弱に修正されてました。

部屋の片付け、食料品の買い出し、金融機関の手続き、親戚・友人との連絡…。

あっという間に今に至りました。

避難所に行かなくてもよい状況で幸いです。

電気の復旧がほぼ解消し、日常の生活に戻ってます。

これも、復旧に力を注いでいた皆様のおかげです。
電気・水道・ガス・交通・物流・販売…様々な分野で復旧に奮闘して下さり、感謝でいっぱいです。

前日記でコメントを下さった、ミィさん・夢樣さん、お心遣いありがとうございます!

まだ、細かい余震が続いてますが、万が一また停電が起きても大丈夫なように充分な対応準備も終えました。

余波として、数日後の食料販売事情がどうなるかわかりませんが、災害時の多少の困難を乗り越える覚悟は出来てます。

自宅の損傷が無かった私の所は幸いな方なので、感謝して過ごしていきます。

色々と動き回って少し疲れたので、少々休みます。

本当に皆様、ありがとうございます!

大阪で台風被害に遭われた方に何も出来なくてごめんなさい。
 

tom.G、札幌在住。
北海道地震が9月6日未明に起こった。

くしくも、私が音楽界で一番大好きなヘビメタバンド[gargoyle](ガーゴイル)の3人が脱退の日。
[gargoyle]メンバーがKIBAのみになる日だった。

私のハンドルネームの[G]は[gargoyle]の頭文字を頂いてる意味合いも含んでいる。
[G]という頭文字は他に大好きな格闘ゲームキャラクター
[ギース・ハワード]
[豪鬼]
の頭文字の[G]でもある。


[gargoyle]結成から31年。

いまだにヘビメタでライブが出来ているのが凄い人達。

[gargoyle]としてはKIBAが残るので解散ではないが、実質解散状態。
せめて心の中で『お疲れさま』と祈りたかったが、地震により、それどころではなかった。

2018年9月6日。

忘れられない日になった。


メンバー脱退の日のライブDVDの予約が、ライブ翌日の9月7日から開始だったが、
地震の影響でできなかった。
発売自体は来年1月なので、発送云々は問題無いのだが、
地震の影響による金融機関など色々な混乱から避けて7日は予約手続きをあえてやらなかった。


色々が悔しい。

なにも9月6日に地震が起きなくても…。
と、思ったところで、どうにもならない。

自分の中で『特別な日』にしたかったが、『災害日』になってしまった。



『明日は何が起こるかわからない』という言葉が身に染みた日になった。


~tom.Gの独り言。
特に誰かに伝えてたい訳ではなく、書き記しておきたかった。

そして今夜も余震に警戒しながら眠りに就く…。

※モバゲー日記からの転載。

 

 

先程9月6日(木)、3時8分に北海道の胆振地方で強い地震がありました。
私が札幌に住んでから初の震度5強の揺れでした。
あまり強い地震が無い地域なので地震に対する防災意識が薄く、部屋には高く積み上げた物が結構多くありました。
そのほとんどが崩れ、現在部屋中落下物だらけです。
片付けようと思ったら案の定、停電になったので、真っ暗な夜中、落下物を踏んで怪我をしないように現在は電気の復旧待ちしてます。
今のところ、怪我はしてないので無事に過ごしてます。

 

本日、待望のWiiU本体を手に入れる事が出来ました!

彼女からのプレゼントで、本当にありがたいです。

WiiUの本体は生産終了してるので、ずっと中古で探していたのですが、完品がなかなか無くて、一番近所の中古屋にしか完品が存在してなくて価格があまり選べませんでした。
モノがモノだけに、しっかりと実物の状態を確認したいというのがあったので、ネットオークションなどの購入は考えてなくて、
でも中古屋では、完品の安いのが無いどころか、完品がほとんど無い現状でした。
生産終了してから数年経っており、そろそろ完品を押さえないと無くなる可能性があるので、ようやく購入する決心をしました。

彼女から『誕生日やバレンタインなどの1年のイベントを総まとめとしてのプレゼントで良ければWiiUでもオッケーだよ』と言われていたので、ありがたくプレゼントとして戴きました。

昨年の彼女からの総まとめプレゼントは[新しい眼鏡]と、高級な物を戴きました。
去年はそれだけでも3年分くらいの高価なプレゼントで、ありがたくもあり、申し訳もなく、恐縮していたのに、
今年もプレゼントを戴いて、嬉しくも恐縮しながら、ありがたく頂戴しました。

中古なので、動作確認をしつつ、発売日に買った[零~濡鴉ノ巫女~]をようやく初プレイしました。

自分でプレイするまで、濡鴉ノ巫女の情報は、あえて避けていたのですが、シナリオスタイルがミッション形式で、オートセーブだったのに驚きました。

現在は、動画制作[零~刺青ノ聲~]の作業中なので、濡鴉ノ巫女を本格的にプレイするのは、かなり先になりそうですが、
とりあえず、絶滅危惧種のWiiU本体の動作確認が無事問題無かったので安心してます。


とにかく、彼女には感謝感謝で頭が上がりません。
動画制作作業が出来ているのも、彼女のパソコン・パソコン回線を使わせてもらっているおかげです。

私のパソコンは、数年前に電気回路のショートを起こし、御陀仏になりました。
それ以降はパソコン本体を買う経済力も無く、今現在は彼女の型落ちを使わせてもらってます。

このパソコンは、私は[使わせてもらってる]のであって、決して私の物ではない事を胸に抱き、常に感謝の気持ちで使わせてもらってます。

パソコンを使わせてもらう時はまず、彼女のアカウントのアメーバでのパソコン版からのアクセスでもらえるマネーを貰えるサイトへ行き、マネーが貰えるミッションのようなモノをこなしてから、自分の使う用事をするようにしてます。

私には些細なお返ししか出来なくて、本当に彼女には感謝、感謝に尽きます。


私が彼女に何かをプレゼントする事は、(経済的に)ほとんど無くなりましたが、
そのかわり、自分が彼女の為に出来る事、[行動]として、なるべく気持ちをお返し出来ればと考えてます。

大した事はしてませんが、彼女が忙しい時の食器の洗い物を片付けるとか、
忙しい時の彼女に代わって、彼女の必須食料(牛乳・食パン・ペットボトル飲料など)の買い物に行くとか、
コンビニで見つけた、彼女の好きそうなお菓子や飲料(新商品モノ)などをお土産で買って帰るとか、

本当に些細なお返ししか出来なくて申し訳ない気持ちもあるけど、
特に一番大切なのは、[彼女の通院や買い物での外出には必ず付き添う]事。

彼女の右目は[網膜動脈分枝閉塞症]により半分以上失明状態なので、外出には必ず付き添う。

彼女が見たいお店にはなるべく寄り、彼女のペースをなるべく優先させて、なるべく急かさない。
彼女のストレス解消の為にも、ウィンドウショッピングであっても、なるべく急かさない。

近年は、私の持病の背骨(脊椎?)と腰椎の痛みで、彼女が見てるお店の近くで座って待たせてもらう事が多くなって彼女には申し訳ないけど…。
本当は、お店でも一緒にカワイイ商品や面白い商品とか一緒に見て会話するのがベストだと思うけど、年齢を重ねてしまい(運動不足・筋力不足もあるけど)、私はすぐにバテ気味になってしまう。

痛み的には、発病した30歳代の方が遥かに痛みは上(毎日痛み止めの薬を服用していた)なのだが、若さと気合いで何とかなった所があったけど、
40歳代になってから、気合いが長続きしなくなって、(30歳代と比べて)踏ん張りも長続きしなくなってきた。

逆に、若い頃はせっかちで待ち時間が長かったらイライラする事もあったけど、
年齢を重ねたら、多少待ち時間が長くなっても全然イライラを感じる事が激減した。
現在はイライラよりも[外出先のお店で彼女が楽しんでストレスが軽くなりますように]と思う事がほとんどを占めてる。
あと、私の体力がジジイ並みでゴメンね、と彼女に申し訳なく思う。


こんな感じで、また話がまとまらなくなってしまったので、ここらへんにします。


とにかく、今日は彼女からWiiU本体をプレゼントしてもらって感謝で、何か言葉を残したくてブログを書きました。

本当に、毎日、今日もありがとう。
いつも触れさせてくれて、ありがとう。外出先で手を差し出してくれる時は、とっても嬉しいです。

でしたが、
私は行けませんでした。

今日は予約制の病院の通院日だったのもあり、行けませんでした。

元々、母親からも四十九日は『孫の分まで拝んでまいります』と言われていた。



今日の天気は穏やかだった。
暑すぎず寒すぎず、優しい太陽の暖かさだった。


空を見ると、あの日を思い出して言葉にならない。


おじいちゃんは、無事に天国へ行けたかな?

行けたに違いない。
そう信じている。

穏やかな天気がその証拠。


少し離れた場所に住んでるけど、きっと向こうも穏やかな天気だったと思う。


昼間、海鳥が青い空を翔ていた。

青い空を気持ち良さそうに2羽、歌いながら翔ていた。


『ありがとう、知らせてくれて』

※モバゲー日記からの転載。

 

 

6月15日(金曜日)は祖父の四十九日法要になります。

私は、自身の定期通院と、連れの通院2科(予約制)に行かなければならないので、法要には出席出来ません。
親には、私の分もよろしくと伝えました。

私は、離れた地から祈りを捧げます。

未だに涙が滲む事もあるけど、105年も生きたおじいちゃんだから、天寿を全うしたから『ありがとう』と送りたい。

大正・昭和・平成を生きたおじいちゃん。
あと1年ちょっとで、もう1つの元号にたどり着けたけど、おじいちゃんの身体はもう限界だったから、無理は言えない。

聞いた話では、命日となった日の午前中は、偶然にも遠く(本州)から風邪で入院していたおじいちゃんのお見舞いに来た孫と会っていて、おじいちゃんは『孫の顔が見れた』と喜ぶように言った。
それから、孫が『またね』と病院を去ってから数時間後に亡くなった。
その孫は、おじいちゃんが亡くなった時間あたりにはすでに飛行機で本州へ戻ってる最中だったらしく、逆とんぼ返りで北海道へ。
通夜と葬式にも来てくれた。


その孫とは、おじいちゃんの末っ子の息子の娘であり、二番目に若い孫である。

私のいとこにあたるその孫に感謝してる。
最期のおじいちゃんに孝行をしてくれた。
おじいちゃんを最後に喜ばせた奇跡。
その孫は普段は本州に住んでいるので、滅多におじいちゃんとは会えない環境だけど、
いや、だからこそ、おじいちゃんが会いたかった孫だったのかもしれない。
結婚をして、立派なお嫁さんになった孫。
おじいちゃんは安心してくれたのかな?

おじいちゃんの死因は[老衰]。

亡くなる1ヶ月程前に、風邪をひいて入院して、そのまま亡くなるまで病院暮らしだった。
高齢で免疫力が低下してたので、普通の人と会うだけでも風邪をひく可能性が高くなっていた。

でも、風邪による肺閉塞などではなく、老衰で人生を終えた。

おじいちゃんは病気に負けなかったのである。

スーパーおじいちゃんだよ、凄いよ。
そんなおじいちゃんを私は誇りに思う。
そして、自慢のおじいちゃんだ。

それだけ凄いおじいちゃんが故に、寂しさが日々訪れる。

四十九日法要行けなくて、本当にごめんなさい。
この日は、出来るだけ、おじいちゃんの事を想ってます。

 

今日のこのニュースを読んで、酷く嘆いた。

ニュースの内容は検索してもらいたい。
特にリンクは貼りません。
東京都の事件。


亡くなった結愛ちゃんの遺した言葉が衝撃的で重い。
警察が押収したノートに書いてあった。
虐待され、殺された子供の言葉が残っている事は珍しいので、このニュースは多くの人の目に留まったようだ。


『ママ もうパパとママにいわれなくても
しっかりじぶんから きょうよりか
あしたはもっともっと できるようにするから
もうおねがい ゆるして ゆるしてください
おねがいします
ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして
きのうまでぜんぜんできてなかったこと
これまでまいにちやってきたことを なおします
これまでどんだけあほみたいにあそんだか
あそぶってあほみたいだからやめる
もうぜったいぜったい やらないからね
ぜったい やくそくします』



この年頃の子供が書く内容の文章ではない。
虐待に対する全面的な降伏と、苦痛からの救済を、幼いながらに必死に訴えている。
読んでいて涙が出てくる。



人の命とは、
人生とは、


私は今年の4月末に祖父を亡くしてから『命』や『人生』について考える事が多くなった。
私の祖父は105歳という長寿を全うした。


しかし、世の中では様々な形で『死』が訪れる。
決して万人が人生を全うするとは言えない世の中。
それは私も含めて言える事。



わずか5年しか生きる事を許されなかった結愛ちゃん。
死亡した東京のアパートより以前に、香川県で2度も児童相談所に保護されて、2度も鬼のような親元に返されたという。

結愛ちゃんは3月2日に肺炎による敗血症で死亡した。
5歳女児平均体重20㎏に対して、結愛ちゃんは12㎏しかなかったという。
体には殴られた痕もあった。



奇しくも今日という日と同じくして、もう1つの虐待死のニュースが報じられた。

『岩手県で、北上市大堤南の解体作業員・高舘拳容疑者(25)が、今年4月、長男・優人くん(当時1歳9か月)に対して十分な食事を与えず、死なせた疑いがもたれている。
優人くんは亡くなるおよそ1週間前から通っていた保育施設を無断欠席していたという。北上市は、2月に保育施設から通報を受けていたものの、対応が甘かったとしている。』


「対応が甘かった」で済まされるのか。



世の中は恐ろしい。
人間が恐ろしい。
社会が恐ろしい。


人間は独りでは生きられないが、他の人間によって『死』を選択させられる事も起きている。



私は過去、社会で『忙殺』された上、捨てられた。
命までは奪われなかったものの、心を病んでしまい、死のうと思った事もあったが出来なかった。
しかし、現在は『命』とは1つしかない尊い事として、命に感謝するようになった。


命に感謝するようになってから、命に関わる事柄に敏感になり、苦しむ事が増えた。

そんな中で今日の結愛ちゃんのニュースは、ここ最近では衝撃的だった。

先にも書いたが、虐待死した子供が発した言葉が残っていた珍しいケースは多くの人が関心を抱いたようだった。


そして、少なくともこのニュースを知った人は、似たような事件が周りで起きないように立ち回って欲しいと思った。



…数時間かけてこの記事を書きましたが、書いては消しての繰り返しで、まとめる事が出来ませんでした。

大変失礼しました。
高須院長のニュースをキッカケに自負の過去を思い出し綴ってたけど、ニュースから日にちも経ったので、題名は省略して続きを書きます。



ある年のゴールデンウィーク前日、私は仕事場で大怪我をした。

第2工場の2階に冷凍室が2基あるのだが、その冷凍室に完成した数の子の製品を冷凍保管する為に、パレットに乗せたまま手動リフトで冷凍室に運んだ。
1階で数の子を製品化したパレットをエレベーターで2階に乗せた製品は荷崩れ防止の為に、ラップを巻かれている。
しかし、冷凍保存するにあたって、ラップをしたままだと冷気が通らず製品が凍らないので、冷凍室の中に運んだらラップを剥がす。
2階の冷凍室の前は坂になっていて、冷凍室に入る前にラップを剥がす事はしない。
その坂で荷崩れする可能性もあるからだ。
なので、冷凍室の中でラップを剥がしていたら、ラップが冷凍室の冷気を循環させるプロペラに巻き込まれ、
ラップに絡んでた私の右手も、ステンレス製のプロペラに巻き込まれた。

一瞬の出来事だった。

私の右手は弾かれて、その右手を見たら今まで見た事の無い裂けた傷が開いていた。
冷凍室というのもあってか、血はすぐに出なかった。
とりあえず、自分での怪我の処置は不可能だと感じたので、冷凍室のある2階のししゃも工場にいた社員に救急車を呼んでくれと頼んだ。
すると、私の右手を見た社員(私より2~3歳下)は血相を変えて『待ってろよ~』と走って行ったのが印象だった。
あまり感情を表に出さないタイプの彼が、あんなに慌てるのは初めて見た。
そんなに驚くほどの怪我か?と自分の右手を改めて見たら、人差し指と小指が、あり得ない方向を向いている。
人差し指の根元から親指の根元がパックリ開いていて、親指のすぐ根元の手のひらの筋肉が見える。
小指の根元から、手のひらの中央にかけてパックリ開いている。
小指の根元の骨が見えて、骨が折れているのは一目で判った。
人生初の骨折だが、こんな骨折になるとは思わなかった。
人差し指と小指は動かそうと思ったけど動かなかった。
他の指は普通に動いたが、何せ指2本が、あらぬ方向を向いていたので違和感が酷い。

私はその時の右手の状態を説明するたび[手が破けた]という表現をして伝えている。

その時は痛みがほとんど無かったので、そんな観察をしていた。
そのうち、傷口から血が溢れてきた。
先ほどまで見えていた骨や筋肉が血液で見えなくなった。
出血の量が多くなって、ヤバいと思い1階へ階段で降りる。

出血がヤバいと思った時から、傷口を心臓より上に掲げ、右腕の動脈を左手で押さえて、と割りと冷静だった。
1階に降りて数分後、遠くから救急車の音が聞こえてきた。
「こっちに向かってくる」 と思った次の瞬間の記憶が無い。

私は大量出血の為に意識を失っていたらしい。
気付いたら私の右腕の根元には、次長が持ち前の馬鹿力で縛ったであろうタオルで応急止血されていた。
あれ?次長は第1工場の方にいるはずなのに、なんで第2工場にいるんだ?
周りを見ると階段から、今私の倒れている床が凄まじい血液の量が散らばっていた。
それを見たあたりの記憶があまり無い。
失血の為、脳が血液不足(酸欠)で、半失神状態だったと思う。
救急車の中の記憶はほとんど無い。いつ救急車が到着したかも記憶に無い。


気付いたら、何処かの病院にいて、右手を縫われている最中。

私は横になっている。
右手の感覚は無いけど、糸で皮膚が引っ張られてる違和感だけがあった。

そして、さらに記憶が飛び、気付いたら病院のベッドの上で目を覚ました。

看護師に『今は傷口をふさいだだけで、指の骨折部分を安定させる為にチタンのピンを数本入れる手術を4日後にやるから』と。


少し重さのある痛みが右手にあったが、さほど痛くない。
縫われた数をかぞえたら65針だった。
4日後に手術って、筋肉や皮膚の癒着とか大丈夫か?と思ったけど医者が言うには問題無いらしい。時期がゴールデンウィークというのもあり、手術を出来る日がその日が一番近いそうな。

友人などによく、手を縫った時に、神経繋ぐ手術とかしたんでしょう?とか尋ねられるが、そんな精密な手術は一切無しです。
手は、ただ傷口を縫っただけ。
医者は『切れた神経は伸びて繋がるから大丈夫』と。


そして、知らせを聞いた当時の恋人が泣きながら病室に入ってきた。
私は「ゴールデンウィークの約束、守れなくてゴメンね」と言った。
彼女はその事については怒ってはいなかった。
むしろ65針も縫われた右手を見て絶句していたように感じた。


4日後のピンを入れる手術の日には、親が来てくれるそうで、その日に私のいる会社の総務課の人が親に説明するらしい。

数の子工場のパートのおばちゃん達も代表して数人、お見舞いに来てくれた。


親に会う予定の人とは別の総務課の課長も来たがその課長は『おまえ、あんな所に手を入れたらダメだべや』と言い放った。
この総務課の課長とは、よく言い合ってるので驚かない。
この課長は会社優先に考える人だから、何言っても聞かない。
さらに『外傷による出血があったから警察の立ち入りもあった』と聞いた。
多分、課長の頭の中は私の[労働災害申請]やら警察への報告の事で、頭がいっぱいなんだろう。

たしかに迷惑・手数はかけているけど、私への心配の言葉ひとつも出て来ないこの課長が嫌いだ。
警察への報告に使う質問くらいしか聞いて来なかった。

そんなこんなで、あっという間にピンを入れる手術の日が来たけど、全身麻酔で行うという。
右手を縫った時は、私の意識もあったのもあり、そんな全身麻酔するほど大がかりなのかな?と思った。

初の骨折から、初の入院、初の手術(全身麻酔)、イメージがわかないまま手術室へ…。


…続く。
長編ブログ記事を一休みして、動画制作の話をします。

現在は、ホラーゲーム零シリーズの3作目【零~刺青ノ聲~】のプレイ・パソコン取り込み作業をしている。

この刺青ノ聲は、PS2の[零三部作]のラストである。

シナリオの中に1作目・2作目の要素があるので、私は1作目の無印からYouTubeに[やり込み系のプレイ動画]として動画をゲスボ解説でアップロードをしてます。

3作目の刺青ノ聲は、1作目の無印と2作目の紅い蝶を足しても、それ以上のシナリオやイベントの密度が高い作品である。

故に、やり込み動画を作るのに三部作の中で、刺青ノ聲は一番リテイクが多い。

刺青ノ聲は2005年の作品なので、初見プレイ形式は沢山存在している。
そもそも零シリーズが好きな私には初見プレイ形式のリアクションは出来ない。

有名な作品なので巷に多くのプレイ動画・実況動画が存在してるので、差別化を図る為にも私には[やり込みプレイ]の選択しかない。

零シリーズは、ホラーゲームとはなっているが、ストーリーを紐解くと、ヒューマニズム要素が高い。

現在作業を進めている[刺青ノ聲]は、大切な人と死別した人物が沢山出てくる。
その死別した人が、その亡くなった霊に夢の中で誘われ、どんどん深みに入って行くという話が中心なのだが、
その大切な人と死別した人々のほとんどが、事故や行方不明など、突然の別れにより、残された者は闇を抱えるようになる。


刺青ノ聲のプレイ収録をしている最中(さなか)、私自身に祖父が亡くなるという事態に遭ってしまった。
祖父は100歳を越えた大往生で、親戚一同も[覚悟]は出来ていたので、刺青ノ聲の[大切な人を突然失う]それとは全く違う。

しかし、私はおじいちゃんが大好きで、いまだに思い出を返すと涙が流れ、時々放心状態になる事もある。

そんな精神状態で、よりによって刺青ノ聲をプレイするのは、精神的に正直キツい。
でも日常は非情にやってくるもので、出来る範囲内で少しずつでも作業を進めている。
進める作業量がゼロだと、この先全く進まないので、微量でもいいから何かしらの作業を進めるようにしてる。


過去2作品より内容が濃い、刺青ノ聲。
かなりの長編になる事が予想されますが、完成度の高いモノにするように、じっくり進めて行きます。
解説の声、ゲスボなのは直しようがないので、諦めて下さい(苦笑)。

tom.GのGは[ジジィ]のGでもあるから(自虐)。