待つこと1時間。

パレードが始まる。

それにしてもすごい人。

喫茶店で貰ったパンフレットによると、県内外から数十万人が来るそうだ。

今年は少ないとか。


ここの獅子は少し違っている。

幌獅子と呼ぶらしい。

獅子頭の後ろに荷車を繋ぎ、大きな幕でその荷車を覆ているので、小型トラック並みの巨大な獅子に見える。

その荷車には幌の下に隠れるよう、大勢の子供達が乗り、笛や太鼓を奏でている。

聞くところによると、石岡ではこの祭りの為、小学校で笛や太鼓を教えているそうだ。

獅子面は30kg有るそうで、激しく舞踊りさすがに疲れるらしく、時々交代している。

そして前には獅子を引っ張る隊列が有り、後ろからは若い女性が扇子を持って掛け声を掛けながら続いてくる。

その掛け声、伝統の祭りの中にも現代風で、それが若い人にも共感を呼ぶのかも知れない。


各町内で幌獅子を持っているという事で、20体程が通過した。

壮観さに疲れた気分も吹っ飛び、写真を撮りまくり。


ここの凄さは山車にもある。

荷台の上に二階から三階の櫓を立て、その上に聖徳太子や、静御前等、八幡太郎等町内ごとに色々な人形を立てている。

人形は2mも有り、高いものだと1千万円はするとか。

二階部分ではひょっとこやおかめの格好をした人が、ユーモアいっぱいに踊っている。

町内によって踊りは違うと言う。


元々石岡は商人の町でその贅を尽くし、山車に金を掛けたそうだ。

ビックリしたのは、その大きな山車が回転する事だ。

スピードも速い。

時計では計っていないが、15分以上も回している感覚。

乗っている人は太鼓や笛を続け、気持ちが悪くならないのか不思議だった。

聞くと慣れだそうだ。




その後は山車も来ないし、待ち時間ばかり。

夜には山車が中心部に集結すると言うが、待ちくたびれるし遠方から来る者にとっては、帰りの道路混雑も心配。

結局数台の山車しか見られず、それが心残り。

出来れば遠くから見に来ている観光客の為にも、十数台有る山車を交代でも良いので中心部でお囃子と共に、見せてもらえると有りがたのだが。

これは観光目的でなく、神事であるため難しいかも知れないが。


今日は茨城の石岡のおまつりに行って来た。

たまたま新聞におまつりの記事が有り、以前から凄いおまつりと聞いていたので、写真撮影でもと思って出掛けた。

出掛ける際妻が雑誌を見ていて、美味しいおそばが食べられるところが有ると言うので、おまつりを見る前昼食で立ち寄ろうと出かけた。


カーナビに店名や電話を入れるが登録されておらず、仕方なしに住所を入れる。

田舎だし住所で分かるかと思って出掛けたのだが、途中から、車がすれ違うのが困難な農道。

結局目指す店が分からず、雑誌を見て別の店に向かう。


そこから約20分。

やっと着いたと思ったら、本日はそばが売り切れて閉店したと書いてある。

石岡の市内に入ればファミレスか食堂でも有るだろうと向った。

途中から道路が混み始め、右を見ると小学校の臨時駐車場が有り、そこに車を入れた。


そこから会場まで1km位歩く必要が有った。

兎も角そこから先大渋滞で、早めに止めたのは間違い無かった。

おなかも空いたことだし、ファミレスを聞くがファミレスと言う言葉が分からないらしい。

ファミマと間違えているらしく、ファミマは有りませんがセブンは有ります言われる始末。

それも2回続けて。

一回は若い女性に聞いているのだが。


その後警察官に聞いたら、どうもファミレスや食堂は無いらしい。

これではファミレスと言う言葉は通じないだろう。

だが、喫茶店が中心部にあると言う。

屋台は一杯出ているが、どうも食べる気がしない。

警察官に教えられた喫茶店で、ナポリタンを食べ取りあえず空腹を満たす。


午後3時からパレードが始まると言う。

暑い中で待ちくたびれた。

途中で気分も悪くなり、家に帰りたくなった。

隣にいた見知らぬ人も、同じ様な事を言っていた。

昨日のブログで間違いが二点ほどあった。

一つは女子高生を押し倒したとされる人物、44歳で分別あると思ったのだが、障害が有る人物だったらしい。

警察が話を聞いてもつじつまが合わないと言うから、罪を問うのは難しいだろう。

弱者が加害者と被害者になる。

何となく複雑な事件だ。


もう一つは盲導犬は吠えないよう躾けをしているという部分。

盲導犬にそんな躾けはしてないと、新聞の報道が有った。

朝日新聞からの情報だから真偽は分からないのだが。

躾けをしなくても、吠えずに飼い主に心配を掛けないようにしたと思えば余計に可哀そう。


朝日新聞と言えば、吉田調書に間違いが有ったと謝罪会見が有った。

だがどうもその対応が気に食わない。

慰安婦問題の虚偽報道もそうであるが煮え切れない。

何故すっきりとしたお詫びなり訂正が出来ないのだろう。


元々朝日新聞の記事は会見などで話している事と違う事も多い。

橋下市長が慰安婦は必要と言ったと、大きく報道したことが有った。

しかし話の前後を聞くと戦時中は、どの国でも必要としたと話したに過ぎない。


この報道の仕方で、読者には慰安婦は今でも必要と発言したと捉えた。

当時自分もそう取った。

吉田調書でも命令に反し、所員が逃げたと言うから酷いと思ったのだが、そうでなかった。

そもそも、吉田調書は公開しないはずだった筈だが、どういう経路で手に入れたのだろうか。

今はそちらの方が気になる。


社内では、社員が上層部に対し批判発言をしていると言う。

退職者も同じように、会社の体質を批判している記事が有った。

だが今更と言う気もする。

そもそも、自分たちの取材の仕方にも問題が有るのではないか。

自分たちは問題ないと言うなら、編集長の権限が強く、記者の意向に反した記事や、タイトルを使用したのか。

その辺が明らかにならない限り、再度同じ事が起こりそうだし読者の信頼は取り戻せないだろう。