流石に日本の消防、警察、自衛隊、医師、市町村関係者。

二次災害が恐れらている中、危険を顧みず噴火している御嶽山に救助に向かった。

自分は状況を見るため、様子見思ったのだが、日も明けぬ早朝から出発したそうだ。

救助に向かった方々のご家族も不安この上なかっただろう。

本当に頭が下がる。


山小屋に避難した人は全員下山できたそうだ。

かなりの人が怪我をしている模様だ。

ただ残念ながら、心肺停止の方は硫黄ガスが強く収容出来なかったとか。

明日また再度登り収容すると言う。

ただ31名方が確認されていると言う。

危険と隣り合わせの作業、収容には困難と時間がかかるだろう。


連絡の取れない人が40名位いると言うから、まだ犠牲者は増えるかもしれない。

ただ今日の下山の途中、山小屋以外の人が合流したと言うから、どこかで避難している可能もある。

捜索がどの範囲か分からないが、逃げるとき登山道から外れた人が居るかもしれない。

何とか一人でも無事助かってほしい。


気象庁の判断は水蒸気噴火という事だ。

火砕流も有ったようだが、低温だったようだ。

とは言えリュックが燃え、火傷したともいう。

雲仙普賢岳で見たように、火砕流は高温で何物も焼き尽くすと思っていたので、こんな火砕流も有るのだと思った。

マグマが影響した高温の火砕流だと更に犠牲者が増えただろう。


水蒸気爆発とは言え、その威力は凄まじく、山体そのものを崩壊させる。

会津磐梯山の山体崩壊も水蒸気爆発だそうだ。

富士山でさえその恐れがあると言う。

今の美しい円錐形が変わってしまう。

ただそこまでの爆発だと、事前激しい地震等予兆は有るはずだから、避難は出来るはずだ。

自然相手には逃げるのみで、打つ手は無さそうだ。





御嶽山が噴火した。

昔は死火山と言われていたが、1979年に水蒸気爆発を起こし、この爆発でそれまでの活火山、休火山、死火山の定義が見直された。


当時も死火山のはずの御嶽山が噴火したという事で、大騒ぎになった。

今回の噴火がマグマによるものか水蒸気によるものかは分から無いと言う。

御嶽山の噴火は数千年毎と言われている。


NHKが御嶽山で取材していたようで、爆発瞬間の映像は凄まじかった。

ネット時代、山頂での状況が次々と同じような映像で送られてくる。

凄い状況を見ていると撮影していた人がよくぞ無事だったと思う。


今回の噴火で、多くの人が怪我をし、死者も出ている様だ。

紅葉シーズンで登山者も多く、怪我人も多くなった。

まだ山荘などに取り残されている人も多く、恐怖の時間を過ごしていると思うと本当に気の毒だ。

明日以降に下山すると言うが、噴火が収まってくれることを願うだけだ。


自衛隊に救助要請を出したと言うが、二次災害が予想され向かえないと言う。

雲仙普賢岳の時も、警戒していた消防団の方々が犠牲になった。

耐火の装甲車と言えども、火砕流では持たないかも知れない。

そういう前例が有っただけに、安全な場所までしか救助に向かえないだろう。


御嶽山は9月頃から微振動を観測するなど異常を感じていたようだ。

阿蘇山や草津白根山は警戒をしていたのだが、御嶽山に関しての報道は余りされなかった。

それだけに突然何故と言う感じだ。

登山規制が出来なかったのかと思うのだが、これが自然の恐ろしさだ。


マグマの上昇で山体が膨らめば警戒できるのだが。

今回はそのような兆候は無かったと言う。

噴火により航空機も影響を受けている。

火山灰がエンジンに吸い込まれると溶けて、エンジンを傷つけ止まってしまう事も有る。

東西の主要航空路に近いだけに、風向きによっては危険だ。

当然の事ながら、ヘリコプターで救助も難しそうだ。

全員が早く無事下山できるように祈るだけだ。

10年ぶりに高校の学年同窓会に出た。

参加者は卒業者の約半分だ。

個々には各地で集まっているのだが、全てを集めるのは5年ごと。

10年前初めて開催され、その時は参加したので久しぶりだ。


当然の事ながら、卒業以来一度も会っていない人も多い。

今回事前に参加者名簿を貰ったが、会いたいと思っていた人は殆ど欠席になっている。

会いたいのは圧倒的に女性なのだが。

会場に行って受付を済ます。

久しぶりに級友と会い話は弾む。

名札を見ないと思い出せない。


ロビーで開場を待っていると、女性から○○さんでしょうと言われる。

私を覚えていますかと聞かれるが、顔を見ても分からない。

名前を聞いてビックリ。

自分が片思いしていた女の子である。

学年のマドンナで男子生徒憧れの一人で有った。

自分の事は知らないだろうと思っていただけに、余計にビックリ。


クラスは三年間一緒になったことも無く、相手は自分の教室と一番離れている。

当時学年でフォークダンスをしても、何故かその女性の前で音楽が終わる。

不思議と毎回で、手を握れなかったその悔しさを今でも思い出す。


テーブルが近ければその事を話してみようと思ったのだが、懇親会場もクラスごとで又もや一番離れている。

結局その後、話すことは無かった。

ただ、当時のマドンナの面影は全く残っていなかった。


欠席のはずだった、会いたい女性は全員参加に変わっていた。

大学時代一緒に食事をした女性も来ていたが、すっかり変わっていて、これまた気が付かなかった。

可愛さから妖艶な女性に変わっており、級友から色っぽいねと冷やかされていた。

そして普通の女子高生が、年を取ってから想像以上に綺麗になっていた。

男性軍からも同様の話が出ていたので、自分の感じだけでは無かったようだ。


多くの人から一番会いたかったと言われた。

どうも多くの人が、自宅に遊びに来たらしい。

女性群が来たのは覚えているのだが、男性は覚えていない。

クラス担任も出席して呉れ、翌日はゴルフ会にも参加すると言っており、元気で安心した。

5年後またやりたいと言うのだが、楽しいかったのでやっぱり参加はしたい。