原発事故も少しは落ち着き始めたのか当時の様子を、最近テレビ放送で取り上げる事が多くなった。
この中で当日の作業内容が、正しかったのか否かが議論されている。
しかし、東京電力や原子力保安院は本当に原子力の専門家で有ったのか疑わしくなる。
原子力発電所の事故はアメリカのスリーマイル島でも起き、その時の問題点が報告されている。
その時温度計の異常が報告されていた。
原子力発電では温度計が重要な役割をする。
温度が上がり過ぎると、原子炉の水蒸気圧力が高くなり、その圧力で格納容器が爆発し、広大な面積が被ばくする。
格納容器が爆発すれば今の汚染地域の比では無い。

実際福島でも温度計が正しい数値を表していなかったとの話だ。
スリーマイル島の事故の際も、温度計が正しく表示されずその危険性が指摘されていたそうである。
温度が高ければ蒸気の圧力が高くなりベント作業をして、蒸気を抜き圧力を下げる作業に入るが、その作業判断が大幅に遅れ、危機一髪の状態だったようだ。
このベント作業も電源が落ち、手作業になったようだが、その訓練もされてなく必要になって、作業手順書を初めて見る状態だったとの事。
アメリカではベント作業まで訓練の対象に入っていると言う。
しかも、そのベント作業のバルブを開ける場所の放射線量が高く、作業に入る事が出来ない状態だったようだ。
スイスでは想定外の事故を見て、放射線の来ない別室を設けその部屋からもバルブ操作が出来るよう、建物が作られているとの事。

更にはベント作業をすると、水素が放出されるそうである。
その水素が今回大爆発を起こし、更に大量の放射性物質をまき散らす結果となった。

昨日の朝日テレビによると、ベントによる排気は排気筒までの間でダクトが共用され、室内にも水素が流れ込んでいたと紹介されていた。
ベントはそのものは、放射性物質がまき散らされる作業で有り、その廃棄ダクトが室内ダクト共用されていたと言う事は、ベントをすれば当然放射性物質も流れ込み、室内での作業が出来なくなる意味も含んでいる。
ダンパーは設置しているが、見るからに気体はすり抜けそうであり、実際に水素はすり抜けているらしい。

海外ではダクトは専用で排気筒につながっており、室内には流れ込ま無い。
驚いた事に、日本ではコスト削減のためか、他の発電所でも殆ど共用になっているらしい。
ストレステストを今やっているが、地震対策だけでなくそもそも設計自体がおかしく、今回の事故から見ても、全てやり直す必要が有るのではないかと思う。
東京電力の担当者に水素爆発の原因がベントに有るのではと質問していたが、その可能性もありますと悠長な事を言っていた。


今回は決死隊のお陰でベントが成功し格納容器の爆発は免れたが、安全性の過信で無く、危険性を見いだし対応を常に考えておかなければならないと思う。
放送関係からこんな話が次々出てくる事で無く、本来は保安院や東京電力から出てくる話で、未だに隠したいと言う気持なのかも知れない。
事故対応でも保安院は東京電力の代弁者に終始し、対応を指示した様子が無い。
現地でも事故時、保安院関係者が真っ先に逃げ出したとか。
管理する事も無く暇なのか部内での痴話が出る、こんな部署なら公務員費用の無駄遣いとしか思えない。

TOMのブログ
津波の影響から美しい海岸線に戻りつつも、放射能汚染で漁は自粛



今日は1年の無事のお礼と写真撮影を兼ねて、茨城県の鹿島神宮に参拝に行った
着いたのが12時過ぎで名物のはまぐりを食べるか、何を食べようか悩んだが、参拝に時間が掛かりそうなので、参道のそば屋に入った。
室町時代から続いている老舗らしいが、挨拶は暗く店内も暗く何となく陰気。
おすすめの蕎麦を食べるが今一。
家内が頼んだ鴨南そばはまずまず。
なんか先が優つ・・・
TOMのブログ


TOMのブログ
鹿島神宮境内と要石

境内に入り、本殿に参拝し地震が来ないよう、要石に参拝。
周辺を散策し、本殿に再度参拝。
一人で駐車場に向かって歩いていたら、参道横にひなびた鳥居が見え、写真を撮ろうと思って向かった。
工事用の車が鳥居の前に止まっていたので、後ろに回って撮影しようと歩いていたら、突然何が起きたのか分らなくなった。
気が付いてみると、片足がマンホールに落ち残りの片足と腕で道路を支えている状態。
這いあがったものの、支えていた方の足の筋が痛くて動かない。
数分位横になってうずくまっているところに、工事関係者が駆けつけてきた。
足はヅブ濡れになったが、大きな怪我も無いようだったので、痛い足を引き摺り、途中の海岸線に出て波を撮影し帰宅へ。
工事関係の人はマンホールの蓋を開けたら必ず回りを囲う事を忘れないように。

途中霞ヶ浦のほとりにある道の駅に到着。
美味しい焼き芋の試食が有り、ピーナツも試食が置いて有った。
それらを買い込み、家内がピーナツの炒りながら実演をしていたので、それを見ていたら殻をはずし剥いていたので、試食でくれると思っていたら、売り子が食べだし、ビックリしたと話していた。
売り子に聞いたら、私はピーナツが大好きでここで炒りながら食べて、家に帰って又ビールを飲みながら食べるとの事。
ここのピーナツは美味しいく評判が良いよとの話。

TOMのブログ
霞ヶ浦ほとり
全く両方ともプロ意識が無い、全く呆れた話である。
賽銭の金額が少なすぎて、神様の懲罰かな。
まあ漫才のような話で済んで良かったのかも知れないが。
明日これ以上痛くならなければ良いが・・・・
今年も残りわずか。
本当に今年は色々あった。
この中で良くも悪くもリーダーシップや政党のけん引力を感じた年は無い。
日本の政治は戦後の混乱期を、強引や傲慢な首相に導かれ、少なくとも敗戦のどん底から世界2位までの地位を築いてきた。
当時の首相は独自のキャラクターを持ち、分り易いビジョンを説明し、ぐいぐいと国民を引っ張って行った。
所得も増え、貧富の差も他国とは比べ物にならない程少なくなった。
その豊かさ、自由さに誰もが日本人で良かったと思ったものだ。

しかし、その豊かさの中で安心感に酔いしれ、足元を見直す努力を忘れ、汚職や税金・年金の無駄使い。
金が有ると思い、ばら撒き公約で民衆を引きつけたが、金庫を開けてみたら空っぽどころか借金の山。
公約は次々と反故となり、首相の発言も現実を無視した理想論。
政治が乱れる中、千年に一度の大災害に加え人災とも言える原発事故。

大同団結して立ち向かわなければならない事態に、絆、絆と口では叫びながら、政治家も経済界もマスコミも国民も総論賛成各論反対で、何一つ決まらないし決められない。
我慢し早く立ち直らなければならないのに、我慢しているのは被災者のみ。
今では何が正しく、何が間違っているのかさっぱり分からなくなってしまった。

国のリーダーである首相は、ビジョンを決め国を引っ張らなければならないのに、与野党国会議員のご機嫌取りで、後退する一方。
マスコミや野党は失言探しに躍起になり、首相は口を閉ざしナマズで無く貝になってしまった。

こんな中、橋下大阪市長は強烈な個性やビジョンをハッキリさせ、閉塞感漂う市民の共感を得た。
選挙後各党は橋下氏を揃って大歓迎でのお出迎え。
対立候補まで出し戦ったのにも関わらず、手のひらを返したようで節操がない。
平松氏の哀れさが目に浮かぶ。

国のリーダーは民衆の心が読めなければならないし、それを実行する力が無ければ務まらない。
残念ながら今の制度では首相は国会議員で決まる。
国会議員は組織の利益代表で有ると言え、国民の代表とはなかなか言い難い。
知事や市長は国民の直接選挙で決まる。
やはり選挙制度を変え、直接首相を国民が選ぶ体制を作らない限り、真のリーダーは生れて来ないかも知れない。

TOMのブログ