光市の母子殺害犯人の死刑判決が確定した。
犯行当時少年は18歳と1カ月、18歳未満は法律で死刑にしない事になっている。
わずか1か月の違いで死刑が確定してしまった。
18歳とは言え、起こした事件は凶悪で少年が起した犯罪とは思えないぐらいだ。
弁護側は少年の精神的年齢は18歳になっていないと主張したが、それは取り入れられなかった。
又、母親が自殺する等家庭的環境も理由には上げていた。
家庭的環境が悪いとか良いと言うのは、何を基準にしているか良く分らない。
少年と同じような境遇に育った人も少なからずいると思う。
その人たちが同じような事をしたかと言うと、決してそうでは無い。
悪い境遇を乗り越え立派な人生を送っている人も多いし、殆どがそういう方だと思う。
今回の事件で非常に残念だったのは弁護側の対応だ。
少年が無期懲役が一審、二審で決まり、反省の色があれば、最高裁で無罪が決定されると思われた。
しかし、少年が友人に送った手紙の内容たるや唖然とするものだった。
全く反省の色さえ伺え得なかった。
弁護人はただ少年の弁護だけをして、反省や後悔を促す教えを常々しなかったのか。
この間に少年が反省の念を抱けば、あんな手紙は出さなかっただろう。
弁護士はただ単に自分たちの考えが裁判に通じなかった文句を言う前に、自分たちのやるべき事をやっていなかったとも言える。
彼らの仕事は、ただ裁判の弁護だけで少年の人間形成には取り組まないのだろうかと疑問を持つ。
弁護士にはそれまでの役割は無いのだろうか。
昔、記憶は定かでないがテレビで、検察官だったかと弁護士が死刑囚に取り組んだ放送を見た事が有る。
一人の若い男性が東京でで強盗に入り、主婦を殺害し捕まった。
その男性は、全容を自供し全て自分が全て悪いと話した。
当時は検察官は落ち度のない相手を一方的に刺し、死に至らしめ極刑の死刑を求刑し、国選弁護士からも余り弁護も無く、求刑通り死刑が確定した。
その後、検察官と男性とのやり取りが始まり、本当は相手の抵抗によって刺した事が分った。
検察官は殺意の無い殺人で死刑の取り下げに奮闘したが、一度確定した事は下げられないし、更には求刑をした側である。
上司に相談するも取り下げは拒否された。
その一方で男性には新たな弁護士が出来、その弁護士も死刑取り消しに奮闘した。
駅前で新聞売りをしていた母親からは、その蓄えの中から高級なお菓子を弁護士のところに持参したそうだが、もらう事は出来ないと返したそうだ。
男性から刑務所内で働いて溜めた500円札が弁護士料として送られて来ており、未だにその金と礼状は弁護士の遺族によって大事に保管されていた。
その後もその男性と検察官や弁護士は手紙や面会で連絡は取るが、最終的に死刑が執行されてしまった。
最後まで死刑を逃げる事無く、自分が悪く死をもってお詫びすると言い続けたそうである。
死刑執行後、新聞を販売していた母親も自殺をし、弁護士は苦労して溜めたお金で買ったお菓子を受け取って上げればよかったと、遺族によれば悔やんでいたらしい。
当時の裁判長も出ていたが、余りにも弁護が無く、検事の言うがままになったと話していた。
そして、弁護士は今は亡くなり、検察官は死刑廃止に取り組んでいるようだ。
自分自身も死刑制度は、今の法律上では被害者感情も有り必要と思っている。
残念ながら無期懲役と死刑の差が大き過ぎ、特に無期懲役は実際には社会に出て来れる。
その甘さが今回の手紙の内容となり、結局は死刑へと変わった原因とも言える。
日本でも終身刑の制度が出来ない限り、死刑判決は続くだろうし、死刑制度を取り入れている数少ない国として、世界から非難の的になるのも間違いない。
被害者の本村さんの言う通り、何が正義かわからない。
犯行当時少年は18歳と1カ月、18歳未満は法律で死刑にしない事になっている。
わずか1か月の違いで死刑が確定してしまった。
18歳とは言え、起こした事件は凶悪で少年が起した犯罪とは思えないぐらいだ。
弁護側は少年の精神的年齢は18歳になっていないと主張したが、それは取り入れられなかった。
又、母親が自殺する等家庭的環境も理由には上げていた。
家庭的環境が悪いとか良いと言うのは、何を基準にしているか良く分らない。
少年と同じような境遇に育った人も少なからずいると思う。
その人たちが同じような事をしたかと言うと、決してそうでは無い。
悪い境遇を乗り越え立派な人生を送っている人も多いし、殆どがそういう方だと思う。
今回の事件で非常に残念だったのは弁護側の対応だ。
少年が無期懲役が一審、二審で決まり、反省の色があれば、最高裁で無罪が決定されると思われた。
しかし、少年が友人に送った手紙の内容たるや唖然とするものだった。
全く反省の色さえ伺え得なかった。
弁護人はただ少年の弁護だけをして、反省や後悔を促す教えを常々しなかったのか。
この間に少年が反省の念を抱けば、あんな手紙は出さなかっただろう。
弁護士はただ単に自分たちの考えが裁判に通じなかった文句を言う前に、自分たちのやるべき事をやっていなかったとも言える。
彼らの仕事は、ただ裁判の弁護だけで少年の人間形成には取り組まないのだろうかと疑問を持つ。
弁護士にはそれまでの役割は無いのだろうか。
昔、記憶は定かでないがテレビで、検察官だったかと弁護士が死刑囚に取り組んだ放送を見た事が有る。
一人の若い男性が東京でで強盗に入り、主婦を殺害し捕まった。
その男性は、全容を自供し全て自分が全て悪いと話した。
当時は検察官は落ち度のない相手を一方的に刺し、死に至らしめ極刑の死刑を求刑し、国選弁護士からも余り弁護も無く、求刑通り死刑が確定した。
その後、検察官と男性とのやり取りが始まり、本当は相手の抵抗によって刺した事が分った。
検察官は殺意の無い殺人で死刑の取り下げに奮闘したが、一度確定した事は下げられないし、更には求刑をした側である。
上司に相談するも取り下げは拒否された。
その一方で男性には新たな弁護士が出来、その弁護士も死刑取り消しに奮闘した。
駅前で新聞売りをしていた母親からは、その蓄えの中から高級なお菓子を弁護士のところに持参したそうだが、もらう事は出来ないと返したそうだ。
男性から刑務所内で働いて溜めた500円札が弁護士料として送られて来ており、未だにその金と礼状は弁護士の遺族によって大事に保管されていた。
その後もその男性と検察官や弁護士は手紙や面会で連絡は取るが、最終的に死刑が執行されてしまった。
最後まで死刑を逃げる事無く、自分が悪く死をもってお詫びすると言い続けたそうである。
死刑執行後、新聞を販売していた母親も自殺をし、弁護士は苦労して溜めたお金で買ったお菓子を受け取って上げればよかったと、遺族によれば悔やんでいたらしい。
当時の裁判長も出ていたが、余りにも弁護が無く、検事の言うがままになったと話していた。
そして、弁護士は今は亡くなり、検察官は死刑廃止に取り組んでいるようだ。
自分自身も死刑制度は、今の法律上では被害者感情も有り必要と思っている。
残念ながら無期懲役と死刑の差が大き過ぎ、特に無期懲役は実際には社会に出て来れる。
その甘さが今回の手紙の内容となり、結局は死刑へと変わった原因とも言える。
日本でも終身刑の制度が出来ない限り、死刑判決は続くだろうし、死刑制度を取り入れている数少ない国として、世界から非難の的になるのも間違いない。
被害者の本村さんの言う通り、何が正義かわからない。




