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禁断の別居生活

溜まりにたまった心労から、別居を提案しました。
この先、離婚に進むのか、復縁するのか、全く分かりません。

通っていた病院では、体外受精に進む前に夫婦で説明会に出ることが必須だった。

(今は分かりませんが、当時、戸籍上婚姻している夫婦間の体外受精しか受け付けていなかったので必ず夫婦で参加でした)



説明会は土曜日だが、夫は前日まで仕事を休めるかどうか分からない。

病院で、説明会の予約をしたくても、空きがなくて一ヶ月先の予約しかできない。

休めることが分かってからでは予約ができないので、一か八かで予約日を決めた。


一度目は仕事となりダメだったが、二度目はなんとか参加できた。




会場はホテルの宴会場。

25組くらいが集まり、学生のようにプロジェクターで映し出されたスライドを見ながら説明を聞く。

参加者は、病院の待合室の中から特に上位の年齢層だけを集めたような、私から見たらお姉さまばかり。

20代はたぶんうちだけ。。

内容は、妊娠の仕組み~人工・体外・顕微受精とは~具体的な進め方~費用のこと、、、。


私達は開始時間のギリギリに着いたので、一番前の真ん中の席しか空いておらずそこに座った。

説明会が始まるとすぐに、
プロジェクターを映すために暗くなり、、
医院長先生が話す、、、
心地よい先生の、、こ、、、え、、、


説明会のほとんどを、私は寝てしまった。




病院の方々、参加した方々、一番前のど真ん中で、その節は大変失礼いたしました…。





後で夫に言われたのは、、

『あのとき、周りの女の人がみんな真剣にメモとってて、ペンの音が凄くて、正直うわーって思ったんだよ。
うちの奥さんもそうだったらどうしよーと思って怖々見たら…
頭ガックンガックンして寝てるから一気に力抜けたよね。ホッとしたわー。』




たぶんあの説明会って治療に向かう姿勢を夫婦で同じ温度にするために重要なものだと思うけど、我が家では主催者の意図とは違う形で、一応同じ温度になりました。
わけあって人工授精から始まった私達。

それまでの検査で原因は双方にあるが、これといった決定的な原因というほどでもない、ということがわかっている。

だから取り敢えず前に進むしかない。





1回目の人工授精、大きな期待をもって望んだ。



まだ20代だし、タイミングだって合わせてくれるんだし、問題がクリアされる人工授精ならすぐできるはず。

そう思っていた。



妊活あるあるだと思うが、施術の直後、できた気がする(笑)

なんとなく、帰りの電車もゆったり乗って、なんとなく、世界がカラフルに見えて、なんとなく、夫に優しくしたくなる。

そんな感じ。



でも、妄想膨らむ幸せな二週間はあっという間に過ぎ、あっさり生理。

落ち込む間もなく、次の周期開始のために予約する。



この繰り返し。

今まで40日周期だった生理が、薬のお陰で28日前後でくる。

だんだん、生理が面倒くさくなる。

本当は、生理があるってことは妊娠できるってことで、それは喜ばしいことなのだけど、、

またあの病院に行かなきゃいけない…。

また、内診台に上がらなくてはいけない…。


たったの3回目で、既に心は穏やかではなくなっていた。



長く続けている人には怒られるかもしれないけど、3回目にして、(もう、私は妊娠できないんじゃないか)(できないならできないとはっきり言われて、別の道を考えたい)と思っていた。



その頃、ちょうど仕事も繁忙期になっており、周期に合わせて通院するには、相当な気合いが必要だったので、今回は休もうって勝手にお休みした周期もあった。




4回目にダメだったとき、先生から『ご主人と次のことを考えておいて』と言われ、一年やってダメだったら次に進みたいと伝えた。

6回目にダメだったとき、次に進むためのスケジュールを聞き、
8回目の周期と同時進行で説明会に行った。
私はマニュアル人間で、何事も見通しがたたないと不安なので、不妊治療を開始するに当たって色々な本や説明、ブログを読んだ。

その中で治療中の人を悩ませると分かったのは、ステップアップとやめるタイミング。

お金のことはその両方に関わる。




①他人の妊娠が素直に喜べなくなったら不妊治療をやめること

これは、やめどきを明らかにしたもの。

今考えると、妊娠しないままに年を重ねていたら、別のやめどきが必要になったと思うが、当時はまだ20代。

妊娠していく友人たちも多い年代だけに、心からおめでとうを言えなくなるのは悲しいことだと考えていた。

いいなぁーとは思うけど『なんで私は』とか『そんな報告聞きたくない』とかそういうことは全く思わなかった。

むしろ、治療が進むにつれて、こどもができるって奇跡なんだ!すごい!デキ婚?でかした!!と思っていた。

不妊治療をしている一年の間に、ハネムーンbabyの報告、二人目妊娠報告、デキ婚…。

本当に私の周りは妊娠ラッシュで、私の周囲に赤ちゃんの気配があることが嬉しくて幸せだった。

妊娠したと聞けばあやかりランチだの、ディナーだの、と今思えば妊婦連れ回して迷惑なことをしたもんだ。(笑)

でもお腹を触らせてもらったりとか、本当に、幸せをわけてもらっていたんだ。


②人工授精は一年続けること

これは仕事の都合で決めたこと。

通常、人工授精を3~6回してダメだったら体外受精に移行する。らしい。

一年、は通常12回、やることになる。

不毛な、無駄遣いの12回になるかもしれないが、来年の同時期まで、体外受精のスケジュールの様な頻繁な通院は無理だから。