★そして始まる自分教の時代 | 『なかいま自分教』ガイド

『なかいま自分教』ガイド

世界の様々な思想・哲学・宗教を探査し、最後にたどりついたのは『なかいま自分教』でした。
『自分教』にたどりつきつつある人が増えていると思います。
そのような方々を応援し、かつ自身の『自分教』を磨き上げる為にブログを書いて行きます。

皆さん、こんにちは。とうしんです。

間もなく2024年が終わろうとしています。

ヌーソロジーの文脈において、この2024~25の越年には特別な意味があります。

それは以下のオコツト情報があるからです。

・2013年 位置の変換開始
・2025年 位置の転換開始
・2037年 入神(2039年が現在の説)


2013年に始まった「位置の変換」という宇宙的オペレーションが区切りをつけ、次の「位置の転換」に移行するというのです。

そのクライマックスが『入神』。何やらラスボスチックなニオイがプンプンしています。「人間の歴史」がほぼ終了するようなニュアンスを感じます。

なお『入神』ですが、現在のヌーソロジーではこれを「2039年」としています。

「(2013から始まる)変換期は、1年に1観察子ずつ同期する」という半田さんの解読により、以下のように説明できます。

・2013年~2024年まで ψ1~ψ12
・2025年~2026年まで ψ13~ψ14(→ψ*1~ψ*2に重畳)
・2025年~2036年まで ψ*1~ψ*12
・2037年~2038年まで ψ*13~ψ*14
・2039年『入神』…「ψ13~14」と「ψ*13~*14」が顕在化して「Ω7~8」が完全浮上。


観察子の数理構造と見事に整合性がとれています。

ヌーソロジーは、本当にあらゆる角度から探究しても、必ず整合性がとれて合致します。

かつて半田さんはこのことを「良い理論の証」だと語られたことがあります。

私がレクチャーでよく表現するのは、これは人間がゴリゴリ作り出した理論体系などではなく、ちょうど考古学者が化石を発掘するかのように、慎重にノミと金槌をつかって、石を丁寧に削り落としながら本体を浮かび上がらせてきた…ということです。

すなわち、すでにあったものを思いだそうとしているだけなのです。

ヌーソロジーに対して、知らない言葉やジャーゴンが乱用され、そこに物理数学が覆い被さって、一体何がしたいのか?人々に理解してもらおうという気があるのか?…などという批判がされることがあります。

そのような批判は的外れです。決してそのようなものではありません。人間が自我とご都合主義でゴリゴリ作り出した体系ではないのです。

繰り返しますが「最初からそこにあったもの」なのです。考古学者の化石発掘作業をイメージして頂けると幾分親近感が湧くのではないでしょうか。

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ささて、今回もメルマガから「今月の大阪教室PR文」を抜粋するのですが、そのタイトルが

「そして始まる自分教の時代」

2013年に「自分教」を標榜してスタートした川瀬統心ですが、途中からそのトーンが後退してしまいましたね。

それはこのブログ更新の減少にも影響していました。

しかし今では全て必然のプロセスだったように思います。

私にとって「2013年~2024年」の12年間は「修業時代」と位置づけていました。

人々を導こうとするものが、行き先も分からないならば、聖書の「盲人を導く盲人」そのものになってしまいます。そんなことをすれば「二人とも穴に落ちてしまう」…です。

そのため私はひたすら2024年ラストを目指して歩んで来ました。顕在化のプロセス…ヌーソロジー版「ヤコブの梯子」のすべてを見届けて、直観&体感ベースで十分な納得を得てからでないと堂々と人前に立つわけにはいかない…と思ってきたからです。

そして…その12年間がいまや終わろうとしています。結果はどうだったでしょうか…?

はっきり申し上げて、大成功でした。想像を遙かに超えて、いまや「顕在化プロセス」全体の見通しが明らかになりました。

途中の路線変更は何度もありましたね。当初は「西洋スピリチュアル偏重」だった私が(元クリスチャンですから仕方がありません)、日本的霊性や「モノ」の方向性に目覚めるようになり、ベルクソンの「持続」概念を悟り…何度も何度も、まるで餅つきのように、なんども裏返しては搗き、裏返しては搗いて、一応納得のいく状態に仕上がったように思います。

2025年からは、この出来上がった「お餅」を皆さんに美味しく食べて頂きたいと思います。

そしていまの心境が…「そして始まる自分教の時代」…だというのです。

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2013年の「自分教ガイド」と共にに始まった川瀬統心&関西ヌーソロジー研究会の「顕在化の道」。

歩み進むにつれて当初の「自分教」色は薄れ、捨て去ってしまったところに、いま一度回帰してきました。

今年最後の大阪勉強会では、そのような話をしていきたいと思います。

2024年の最後であり、2013年から始まった顕在化12年を締めくくる勉強会です。

興味のある方はどなたでも遊びに来て下さい。

といっても、もう明日の開催ですから、1ヶ月後には公式ホームページから動画コンテンツとして発表しますので、気になる方はぜひともチェックして頂きたいと思います。

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年内のブログ更新はこれで最後でしょう。

次回は2025年を明けて、1月1日に年頭のご挨拶にてお会いしましょう。

それでは皆様、よいお年をお迎えください。


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◆今月の定例ヌーソロジー教室/大阪・京都◆

テーマ:2024年総決算「そして始まる自分教の時代」


2013年のスタート時から、統心は「自分教ガイド」を名乗ってきました。

以下はその原点ともいえるブログ『自分教ガイド』第1回の記事(2013年9月19日)の一部です。

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さてさて『自分教』・・・
私がこのブログで皆さんと分かち合って行きたいのは究極の『自分教』です。
とてつもない『自分教』。例えて言えば、「自分自神」を信仰するような境地です。

何十年も前、真理探求初期の段階から直感的にそうではないかと思っていました。そういう結論になるのではないかと。

しかしながら私は回り道をしました。それ以外の石橋をみんな叩いて壊して来たような道程でした。その一方で、理論的な基盤がなければ力は生まれませんし、人と分かち合うこともできません。

ですがようやく確固たる自信と理論的基盤が整いました。
それはおいおいこのブログの中でシェアしていきたいと思います。


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これがデビュー当時の統心の心境だったんですね。自分教、自分教、ただひたすらに自分教…だったのです。

自分大好き。趣味は何ですかと問われたら、迷わず「自分です!」と答える統心でした。

もちろん、これは流行のセルフヘルプ系スピリチュアルにかぶれたからではありません。それどころか、幼少期、園児の頃から「自分=存在」という感覚があり、ハイデガー哲学や実存主義、例えばキルケゴールの「単独者」といった思想には自然と共感していました。

さらに、後に知ったフィヒテの「絶対自我」の哲学は、統心の「自分教」と思考線が一致していると感じます。


●「自分教」の変容と回帰

しかしながら、ヌーソロジーの探究を進める中で、自己の位置が「前」へと移動し、現実界やモノ自体との一体感が深まるにつれて、それまでの自我感覚が薄れていきました。

それに伴い、「自分教」への情熱も一時的に後退していったように思います。

ところが最近、再び「自分教」というテーマに立ち返る必然性を感じています。

それはヌーソロジー本論における解説でよく出てくる以下の言葉

「自我とは「他者の他者」である」とか「他我化」…に関してなのです。

ヌーソロジー解説の流れの中で、偶数系・潜在化の領域において、他者視線や言語、客観性が先手を取る中、後手として存在させられる「自我」感覚とは、やはり「他者の他者」となるわけです。

そんなワケで、レクチャーの中でも「人間は他者の他者として自我を感覚化させる」とよく伝えて来ました。

ところがです…どうも私自身を内省するに、勝手が違うようなのです。

私の場合は「自分が見ている自分」という感覚の方が、どうみても近いのです。というか、ほとんど「自分が見ている自分」なんです、24時間・365日。

まぁ2013年からはコ○ナ禍に先行すること7年の「引き籠もり」生活をしてきましたから、ますますその傾向が研ぎ澄まされていきました。

私が感覚化してる「自分」というのは、キルケゴールの「単独者」やフィフテの「絶対自我」に近いものだった…と今にして思えるのです。これは「他我化」の「自我」ではありません。


●「AdS/CFT対応」と「自分教」

現在、コーセンさんが熱中している「AdS/CFT対応」理論とも関連があります。私の「自分教」は、まさに「CFT空間」に該当するものでした。

一般的な「dS空間(自己先手)」としての自分教は重要ですが、それを強調しすぎるとスピリチュアル的な「一人一宇宙」と混同され、真の帰還点である「CFT空間」とは異なる方向に進んでしまう危険があります。

「dS空間」で自己の感性をイキイキと発見することは重要ですが、統心の「自分教」はそこからさらに反転し、「CFT空間」の視座を取り戻す必要があると考えます。

それがいよいよここにきて「自分教」に回帰する時が来たのだなと思う理由です。


●12年の旅路の締めくくり

2025年から始まる「位置の転換」が開始する前に、いま再びこの出発点に戻って来たのはやはり必然だったのではないかと思っております。

2013年より出発した「自己側顕在化12年」の道は、2024年を経て、すべて出発点に戻って来ました。それは次のような回帰を象徴しています。

・ユダヤ一神教を捨てて…真の一神教(偶像崇拝禁止)に戻る

・言語(人間の内面)を捨てて…真の言語(生成する言語)に戻る

・自分教を捨てて…真の自分教(絶対自我・単独者)に戻る

同様のことは他にもあるかも知れません。

皆さんにおかれましても、出発時点に捨てたものをもう一度振り返るというプロセスがきっと生じていると思います。


さてそんな2024年の締めくくりとして、そして顕在化12年の集大成として、このようなテーマを今月の教室で共有したいと思います。興味のある方はぜひご参加ください。

忘年会も兼ねて、12年の旅路を共に振り返り、新たな一歩を踏み出しましょう!

初めての方、久しぶりの方、大歓迎。お待ちしています。



★12/28(土) 大阪教室ヌースレクチャー
場所:江之子島芸術文化センター ルーム8
午後1時半~5時

※今回はいつもと同じ「阿波座」のルーム8です。

◎大阪教室はビデオ撮りするレクチャー形式
テキスト・スライドを作り上げ、構成しっかりで臨みます。
時間もゆったりで、アフターも楽しいです。

※構築美の大阪レクチャー、懇親会も盛り上がります!

※忘年会をやりましょう!


・定員20~30名(制限はありません)

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