『自分教』ガイド

『自分教』ガイド

世界の様々な思想・哲学・宗教を探査し、最後にたどりついたのは『自分教』でした。
『自分教』にたどりつきつつある人が増えていると思います。
そのような方々を応援し、かつ自身の『自分教』を磨き上げる為にブログを書いて行きます。

皆さん、こんにちは!とうしんです。ブログの方は大変御無沙汰しております。

内なる「探究リズム」と外への「発振モード」がうまく噛み合わず苦戦しております。根っからの引き籠もり体質ということでしょうか。

先日たまたま占星術研究家の方にアドバイスをもらう機会を得ましたが、こういうのって何やら「土星」が関係している様ですね。どうやら私、土星さんとの付き合い方を考える必要がありそうです。

そんな中でも毎月の勉強会とメルマガは、もう「職人魂」で一途に頑張っております。お陰様でヌーソロジーにおける顕在化(一般的には「覚醒」のこと)・・・の解像度は、今年に入ってさらにぐんぐんと増しております。

それで先日発振したメルマガがとても評判がよく、オープンにしても問題ない内容なので、今回のブログ記事として転載することにしました。

やや長文ではありますが、大変読み応えのある内容ですので是非ともお楽しみください。

「自分自神」を探究する「自分教ガイド」としてもピッタリの内容です。

※とうしんの近況が気になるという方は是非メルマガの方もご登録ください。

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それでは始めましょう。メルマガの転載、開始~。

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(以下、6/20発振の関西ヌースメルマガより)

みなさん、こんにちは。
関西ヌーソロジー研究会の川瀬統心です。

梅雨の季節ということで蒸し暑い日が続きますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

さて明日6/21には夏至を迎えますが、早いもので2022年も折り返し地点です。

冬至から夏至へ、この前半は開拓していく時期

夏至から冬至へ、この後半は収穫していく時期

と、ざっくり捉えても本質を外してはいないでしょう。


もちろん個々人のリズムや性質によってバリエーションは異なるでしょうが

夏至や冬至は「太陽と地球の関係」から来ているものであり

地球上に住む全ての人に深く関係があります。

どの時代であろうと、どの場所であろうと、これから逃れられる人は誰もいません。

※その意味で、今年前半に始まった某国の戦争が、後半には何らかのカタチに収束して欲しいと願う毎日です。早く終わって欲しい。


※ここ数回のメルマガは時事問題解説調が続きましたが、今回は「夏至を前にして思うこと」というテーマでエッセイ調に展開します。それではどうぞ。


●地軸の傾き

そもそも夏至や冬至をもたらすのは「地軸の傾き」です。

ところで、もしも宇宙空間に地球しかなければ「傾き」もへったくれもありません。

「傾き」は「太陽との関係」において生じています。

正確には太陽との「公転面」に対して傾いています。

「公転面」とは地球が太陽の周りを一周する時の軌道が作る「公転軌道面」の略です。


「地軸は23.4度傾いている」という数字を覚えている方も多いでしょう。

しかし実際は「公転面に対して傾いている」ことがその本質ですので

90度-23.4度=66.6度 ですから

「公転面に対して66.6度傾いている」となります。

「66.6」・・・オカルト好きなら外せない、実に興味深い数字が出てきましたね。

※実際は23.4度の傾きは固定ではなく、22~24.5度の間を約4万年ほどの周期で揺れている様です


そしてこの傾きが「夏至と冬至」の両極である対化を作り出し

・冬至(最も昼が短い) → 夏至の中央に「春分」があらわれ

・夏至(最も昼が長い) → 冬至の中央に「秋分」があらわれます。

傾きが四季のサイクルを作り出し、森羅万象の豊かさをもたらしています。

傾きとはアンバランスのことであり、世界の豊かさはこのアンバランスがもたらしていると言えるでしょう。


●バランスとアンバランスの関係

ところでアンバランスとはそもそもバランスがあってこそ成立するものです。

アンバランスはバランスが背後に隠れ、押し出しています。

バランスがなければアンバランス自体を認識することができません。

その意味で、アンバランスとはバランスのことでもあります。

アンバランス即バランス。


そして、バランス即アンバランス。その逆も言えてしまう。

そもそもバランスは「無」です。完全にバランスが取れるということは消えざるを得ません。

それ故、バランスはアンバランスの中に自己を表現することになります。


確かに私たちは球体や神聖幾何学に究極のバランスを感じますが

実際はその片側しか見れないということを失念しています。

「もう半分は見れない」と感じ取る時に、その感性の奥に「全体性のバランス」を直観することができます。

これが正しく「感性空間」の知覚形式です。


●アンバランスの奥にあるバランスを見ること・・・

私がこのことを切実に体感したのは、20代の終わり、例のアトピー地獄の、その最もヒドイどん底において、でした。

話すと長くなるので省略しますが(笑)・・・『ワンネスは2つある』にはその一端だけを書きました・・・。

実はあのアトピー地獄の中で、ターニングポイントというか、明らかに方向性が変わった(快復に向かった)ある一点を通過した時のことを私は明確に覚えています。

ドン底の底において「もうこれ以上は悪くならない」という「確信」を得るようなある一瞬を迎えたのです。

それはまったく不意に訪れました。

一向に良くならない身体中のアトピー傷を見つめながら、にじみ出る赤い血と黄色いリンパ液、鋭い痒みと鈍い痛み、だらだらと継続する不快感に顔をしかめながら

その日も心中はどんより曇り空、冴えない精神状態で希望なきアラサーの無職引き籠もり男は

ただ傷だらけの腕をじっと見つめていたのです。何も考えず、ぼ~と見ていただけでした。

「ああ、この傷はどれも、自分が掻きむしった傷だなぁ」という思いが最初に湧きました。

素直に「悪かったなぁ」と自分の身体に対して謝るような気持ちが出てきました。

事実、目の前に自分が掻きむしった傷だらけの腕があるのです。その時は素直にそれを見てそう思ったのです。

その様な思いになることは、それまでにも何度かありました。何しろスピリチュアル系アトピー苦行僧でしたから、そんな思いや祈りなど、見よう見まねの聞きかじりでよくやったものです。

ですが、この日は違ったのです。

そういうキレイ事というか、偽善的な祈りではなく、ただ気持ちが素直になって・・・

それで、その後に突如として「ある確信」が訪れるのです。

その時は言葉にならない思いというか感覚のようなものでしたが

いま敢えて言葉で表現するとすれば

「一瞬たりともさぼることなく、快復へと働き続ける細胞のビジョン」

という感じです。

「この身体は、この細胞は、一瞬たりともさぼっていない!」

そのような強烈な「思い」が勝手に湧いてきたのです。

その瞬間に「ああ、もうこれ以上は悪くならないな」・・・という確信がしたのです。

「理由無き確信」です。「そう思えるから、そう思える」としかいいようがありません。


●「確信」を得てから・・・

実際は、その後も2度ほどリバウンドをするのです。

最後の4度目の大リバウンドで緊急入院し、そこからは快復の一途をたどりました。

※この時の様子を『ワンネスは2つある』に書きました。


紆余曲折はありましたが、私の中ではあの時の「確信」と後の快復がしっかり結びついているのです。

道中の辛さもあの確信があったからこそ、乗り越えていけたように思います。

この時を思うに、何やら「夏至」と似ています。

夏至を越えると季節は折り返し、そこから秋分を経て冬至へと向かいます。

表面的にはほとんど違いがないとしても、内側ではもう方向性が反転しているのです。

それが「夏至」。

私があの時迎えたターニングポイントは、まさにそのような感じでした。


●病気の中に健康を見る

私はアトピーのかき傷でボロボロになった腕を見つめながら、その奥にある「身体の力」「真の快復力」を感じることができたのです。

アンバランスの中にバランスを、つまり「病気の中に健康」を見出したのです。

ここから「病気など存在しない」という確信を得ました。

病状はありますが、病気は存在しない。すべて健康、健康一元論です(笑)


変化の中に不変をみる。
一瞬の中に永遠をみる。
個物の中に普遍をみる。

あとで安岡正篤氏が座右の銘とする「六中観」を知りましたが、「表面の現象の奥に真逆の本質を見出す」という思考法は、これ以来私がもっとも大事にしてきたものです。
 

※六中観・・・陽明学者・安岡正篤氏の座右の銘。

「忙中閑」「苦中楽」「死中活」「壺中天」「意中人」「腹中書」の六つ。

一、忙中閑あり:ただの閑は退屈でしかない。ただの忙は文字通り心を亡ぼすばかりである。真の閑は忙中にある。忙中に閑あって始めて生きる。

二、苦中楽あり:いかなる苦にも楽がある。貧といえども苦しいばかりではない。貧は貧なりに楽もある。

三、死中活あり:死地に入って活路が開け、全身全霊をうちこんでこそ何ものかを永遠に残すのである。ならくらと五十年七十年送って何の生ぞや。

四、壺中天あり:世俗生活の中にある独自の別天地をいう。

五、意中人あり:常に心の中に人物を持つ。或いは私淑する偉人を、また要路に推薦し得る人材をここというように、あらゆる場合の人材の用意。

六、腹中書あり:目にとめたとか、頭の中をかすような知識ではなく、腹の中に納まっておる哲学のことである。

(Wikipediaによる「六中観」の解説から抜粋)
 


「私は平生ひそかにこの観をなして、いかなる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」(安岡・談)


※ちなみに私のお気に入りは「壺中天あり」。壺の中にハマっていても、上を見上げれば「天」が見えるという内容。大好き。


●顕在化も同じく

ヌーソロジーで言う変換人型ゲシュタルト、その覚醒である「顕在化」もこれと同じではないでしょうか。

「現象」を表に出している、隠れた「潜象(存在)」の方を認識できるようになること・・・これが正しく「顕在化」です。

人間は現象の方しか見えない。現象に追われ、四苦八苦している。これが「潜在化」。

結果側である「偶数系観察子」が先手をとり、作り出す側の「奇数系観察子」が隠れてしまっている意識状態(空間認識)のことです。

そして現象と潜象は、反転して「真逆」の関係になっています。


●私は死なない

人間がこれに気づけば「永遠に生きる」ことも可能です。

既に「生命」が永遠なのです。

生命の系譜は決して途切れることがありません。

これが「持続」・・・存在と時間の本質であり、アニミズムにおけるトーテムです。

すでに「病気の中に健康」を見出したように

アンバランスの奥にあるバランスをみる目をもてば

「限られた短い人生」の奥にある「永遠の命」を見出すことができます。

その時あなたはきっと叫びます、「私は死なない」と。


従来の意味での「死」とはすべて「他者の死」であり

それは横から見た視線、すなわち「思形空間」での出来事です。

奥行きを見る視線、「感性空間」に死は存在しません。

だから、あなたは永遠に生きるのです。

いま既に永遠の命を生きているのです。

「奥行き」を見出すということは正にこういうこと。

これが「生きたまま死後の世界に入る」ということではないでしょうか。


●そして夏至の前日に思う

「地球が太陽の周りを公転し、その公転面に対して66.6傾いてるから四季があり・・・」

というのは「思形空間」での理解です。

それに対して「感性空間」では直接、現象の奥にある潜象を見出すのです。

それは奥行きに「現象とは真逆のもの」を見る視点です。

表面上は無変化でも、その奥に変化を感じる日。

明日迎える「夏至」とはそういう日ではないでしょうか。


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(以上、メルマガ転載ここまで)

ちょうど明日6/30は「夏越しの大祓」の日、1年の折り返し地点です。

今年前半のケガレをすべて祓い落とし、2022年後半に向かって新しい出発をしていきましょう。

私も7月からは、YouTube活動やらホームページリニューアルやら、新しい取り組みを開始しますのでよろしくお願いします。

ではまた次回に。

とうしん

 

 

◆5/14(土) 2022年統心オンライン講演会 第2弾を開催◆

4ヶ月もブログが開いてしまいました。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

この間もメルマガの方は月に一回、何とか更新を続けています。

とうしんの近況が気になるという方は是非メルマガの方もご登録ください。

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私に関しては、この4月より武蔵野学院大学ヌーソロジー研究所が稼働し、その初代研究員に任命して頂きました。近々、第1回目の発表動画がアップされますので是非ともご覧下さい。またこのブログでもリンクを紹介します。

さらりと書いてますが、これは凄い事なんですよね。ヌーソロジーがアカデミズムへの侵入を果たしたという、まだまだ小さな1歩に過ぎませんが「人類にとっては偉大なる飛躍である」という宇宙飛行士アームストロング氏の言葉を彷彿させるぐらいです。

そんなめでたい出来事があったにも関わらず、このトーシンが相変わらず引き籠もりモードを続けていたのは、やはり此度のロシア・ウクライナ戦争が原因です。いまもなお引き起こされている、実に残酷で残忍で残念な人間の情けない業、痛みと悲しみの波動がこの地球を駆け巡っている・・・多くのことを考えさせられる毎日です。

今週末予定のオンライン講演会では、この戦争についてトーシンなりに考えてきたことを中心に、それと今年のテーマである「ψ10感性の顕在化」とを絡ませて「自分教ガイドとうしん」らしく、自ら生きる現場における活力となるようなお話をさせて頂きたいと思います。戦争と活力なんて矛盾していますが、曇り無き目で現状を認識し、自らの現場における責任を「前向き」に果たして行く・・・という意味での「活力」です。


以下、Peatixページの案内文を掲載しておきますので、何か感じるところがあれば是非ともご参加ください。

初めての方も遠慮無く。講演後、希望者のみで少しズームミーティングもしてみたいと思いますので、交流会としてもご検討ください。

それではまた。

とうしん




★2022 川瀬統心オンライン講演会 第2弾★

日時:5/14 14:00~17:00
方法:ズームミーティング
※オンデマンドで後日視聴もできます。

テーマ:永久平和のために、内在探求者が果たす役割とは
~この戦争を「最後の戦争」とするために~

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2022年・・・いま私たちに突きつけられている課題は間違いなく「戦争」です。

本年2月24日に始まったロシア・ウクライナ戦争は、従来の地域紛争や民族紛争とは明らかに一線を画しています。

ウクライナの背後には欧米諸国の思惑があり、それとロシアが衝突しています。

しかしながらそれは、ウクライナを舞台とした欧米とロシアの「代理」戦争などではありません。

なぜなら大国ロシアが「代理」ではなく「直接」侵攻しているからです。

これは「西側欧米勢力」と「反欧米勢力」の直接衝突を意味しています。

戦争開始より2ヶ月が経ち、戦況は停戦どころかますますエスカレート、長期化必至の様相を呈しています。

ここで「真珠湾攻撃」のような象徴的イベントが起きてしまえば、最悪の第3次世界大戦となりかねないぐらい、危険な状況にいま私たち人類全員が置かれているのです。

核兵器を有している国同士が戦争することなど想像することもできません。あり得ないし、あってはいけない。

しかし事態は刻一刻と悪化の一途を辿っています。

この様な状況下で、ヌーソロジーをはじめ精神世界の学びを深める「内在探求者たち」は一体何ができるのでしょうか。


2022年はヌーソロジーにおいて「ψ10感性」の顕在化、「位置の融和」の年と言われています。

昨年「ψ9思形」と今年「ψ10感性」は「調整質」と呼ばれるペアであり、この両者は対立して「ねじれ構造」の関係にあります。

この「思形と感性」のねじれ対立は、人間世界におけるあらゆる争いの根本にある構造的要因となっています。

また「思形と感性」はそれぞれ、Ω9(アーリマン)とΩ10(ルシファー)という二種類の「悪神」の働きを象徴しており、ここでアーリマンは「物質的悪」、ルシファーは「精神的悪」をもたらします。

物質的悪は科学技術や資本主義の暴走となって現れ、精神的悪はファシズムや全体主義、独裁政権や宗教的妄想として現れます。

すると西側欧米勢力に潜む悪がアーリマン(物質的悪)、反欧米勢力に潜む悪がルシファー(精神的悪)であると読み解くことができます。

この度の戦争は「正義と正義のぶつかり合い」というよりも「悪と悪のぶつかり合い」と認識した方がより正確であるということです。

ψ10顕在化の年にこのような戦争が起きたことは必然であり、かつ、ここには私たち内在探求者が乗り越えるべき宇宙的課題が提示されているとみて間違いありません。


『2022年「感性」の顕在化への道シリーズ』の第2弾となる今回は、時事問題としての戦争を取り上げながら、それを内在的視点から深く読み解き、そこから「ψ10感性」の顕在化の方向性を探って行きます。

私たち一人一人はこの世界の惨劇に対して決して無力な存在などではありません。それどころか、一人一人がその解決への可能性と責任を明確に有しています。

また今回の戦争は「認知戦争」と言われるほど、マスコミ・ネットを通じて有象無象の情報が飛び交い、両陣営からフェイク情報が無責任に拡散し、両者の間で一体何が真実なのかと戸惑われている方も多いと思います。

情報戦レベルで惑わされる段階を乗り越えて、不動の内在的視野でいま起きていることの意味を理解し、各自が内的な責任を果たし意識進化の道を歩んでいけるよう、今回のオンラインセミナーを通して皆さんと見識を深めて参りたいと思います。

ご縁のある方のご参加をお待ちしております。

統心はあなたの中の「変換人」を産み出すお手伝いを致します。


※ヌーソロジーについては全くご存じでない方でも、どなたでも聞いて頂ける内容です。

※イベント終了後、少しだけですがオンライン交流会をしたいと思います(希望者のみ)。


※申込み・詳細はPeatixページより

★1/16(日) 統心オンライン講演会2022 第1弾あり★

日時:1/16 14:00~18:00
方法:ズームウェビナー
※オンデマンドで後日視聴もできます。

2022年「感性」の顕在化への道シリーズ第1弾

テーマ:2022年の展望とトリニティの覚醒
~現実版「とりかえばや物語」のはじまり~


 

いよいよ今週末日曜日、2022年最初の統心講演会が迫ってきました。

2013年より一貫して「顕在化の道」を歩んで来た関西ヌーソロジー研究会・統心による「2022年度の展望を語る」会です。

※顕在化の道とはヌーソロジーが出自ですが、2013年から2039年までの26年間にわたる「人類全体の意識進化」のプロセスのことです。

春になると一斉に花が咲き始めるように、ヌーソロジーにおける顕在化(覚醒)とは全体と同期して生じてくる出来事です。個人的なものではありません。

この方向性に意識を合わせていけば、ほどなくシンクロ・ミラクル日常茶飯事のフローの嵐が訪れることでしょう。これは実に心地よい嵐です。

2013年から10年目にあたる本年は「ψ10(感性)の顕在化」の年にあたり、ヌーソロジーではこの働きを特に「位置の融和」と呼んでいます。

ψ9(思形)とψ10(感性)は対化の関係です。それぞれ2021年と2022年の顕在化の働きに相当しています。

思形と感性は「思考(考える)」と「感覚(感じる)」にも相当し、一人の人間においては左脳と右脳の働きとして現れています。

またこれは男性性と女性性のことでもあります。思形が男性性・父性の働き、感性が女性性・母性の働き。言語と知覚の関係でもあります。

では2022年はいったいどのような年になるのでしょう・・・統心が直感するに、それはずばり「トリニティの覚醒」が起きる年だと睨んでいます。

トリニティの覚醒・・・映画『マトリックス』女性主人公の名前がトリニティ。

つまりそれは女性性の目覚めのこと? それが感性の時代の幕開け?

いえいえ、そんな単純な話ではありません。

ヌーソロジーではいまの世界(非本来的な世界)に「女はいない」と見ています。

いまの世界の「女」とは、男性社会のまなざしによって認識された女性性だからです。

もちろんこの男性社会を作り出す男性性も本来的なものではありません。

そのような男性優位の風潮に抗うジェンダーフリーも、残念ながらその領域(非本来的な領域)を出ているとは思われません。

そこで「とりかえばや物語」の登場www

※「とりかえばや物語」・・・平安時代後期に成立した物語、作者不詳。関白左大臣には2人の子供がいた。1人は内気で女性的な性格の男児、もう1人は快活で男性的な性格の女児。嘆く父は2人の役割を取り替え、男児を「姫君」として、女児を「若君」として育てる・・・。

奇しくも『マトリックス』の監督であるウォシャウスキー「兄弟」は、本作『マトリックス4』からはウォシャウスキー「姉妹」になっています。ウソのようなホントの話です。

男性性と女性性を逆転させる? 奇異に思われるかも知れませんが、その先に見えてくるものがあります。

ジ・レンマ(陰陽二相)からテトラ・レンマ(正反四相)へ。

「A=A」の「同一性」を解体して「A=非A」の「即非の論理」へ。


考えてみれば当たり前ですが、人間は2種類「男性と女性」しかいません。ですが人間はこの驚くべき事実を空気のように忘却しています。

「2種類しかいない」ことと「2種類の種族の圧倒的な差異」に全く無頓着でいます。人間が感じている「性差」はごく表面的なものでしかありません。中性的とかジェンダーフリーもその範疇に縛られています。

そんな2種の種族が、単なる「結婚」だけで一つになれるなど問屋が簡単に卸しません。

男性性と女性性の統合・・・精神世界で言う「聖なる結婚」ですが、これは大変難しいものとされています。

もしもそんな「全く違う2種」が真に統合されるようなことがあれば

それは「思考と感覚」「左脳と右脳」「言語と知覚」・・・さらには「精神と物質」「心と身体」の統合へと繋がっているに違いありません。

本来的な意味での「分離から統合」へ。年初より統心節が大炸裂します!

この2022年を有意義に過ごしたいと願う全ての人にお贈り致します。


※今回が初参加の方も問題ありません。むしろ、ちょうど良いタイミングです。

※ヌーソロジーについては全くご存じでない方でも、どなたでも聞いて頂ける内容です。


お申し込みはPeatixページから。