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| 好きな人と意思疎通できないとかって良く聞く話だと思います。 | |||
何故かなと考えてみましたが、
話が通じないという事に対して、
例えば「こういう時には謝るべきじゃない?」と言ったとして、「
それが一般的にずれていても、自分とは違う考えであっても、
「なぜそう思うのか?」
必要以上に言及していかない、
ちなみに、
かっこつけない言葉が一番ハートの真ん中に響いたりしますね。
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| 好きな人と意思疎通できないとかって良く聞く話だと思います。 | |||
何故かなと考えてみましたが、
話が通じないという事に対して、
例えば「こういう時には謝るべきじゃない?」と言ったとして、「
それが一般的にずれていても、自分とは違う考えであっても、
「なぜそう思うのか?」
必要以上に言及していかない、
ちなみに、
かっこつけない言葉が一番ハートの真ん中に響いたりしますね。
時間という概念についてここ最近考える機会が多かった気がします
そこで2つ思っていることがあります。
1つ目は、物事に反応するスピード感。
ビジネスは質より速さという話もありますが、これは本当だなと思
基本的に質の高さは求める姿勢は失わないことは重要。これは絶対
人間関係も恋愛も、仕事でも、完璧を求めすぎない、これは過程だ
むしろ、長期的な目線でいまの地点をみることが出来れば、道半ば
完成系、完璧を求めない、考えながらやって高みを目指すと言うの
そして、それが一番純粋な気持ちでピュア、誠実さに繋がっている
2つ目は、時間を置く大切さに関して。
生きていれば、もう自分の力ではにっちもさっちもいかない出来事
他人を動かすことはできませんから、当然と言えば当然です。
そうなった時、意図的に手放していく、放置する、時間を置くって
執着するから生まれる悪循環って実際にあります。
だから、本当にどうにもならないことは一旦置く。
これは、私の経験値ですが、そうするとあちら側から歩み寄ってく
とにかく「自分だけだなあ。」と感じることとは一旦距離を置くこ
この感覚がすごく大事で、両方を感じることが出来るととても歯車
時間は有限ですからね。
大切に扱いたいものです。
本当の事を言わないのは愛を拒否している。
と思います。
もし、私が愛している人から本音を言われなかったら、ものすごくものすごく寂しいと思うのです。
本当に些細な事でも。実は醤油は好きじゃないとか、例えばね。笑
もしかしたら些細な事の方がショックかもしれない。
本当の事を言わないのは、私が受け取れる器がないと言われているような気がする。
そんな愛のない人間だと思われた事に哀しくなるのかもしれない。
会話が薄っぺらく上辺だけになってくると、本当にその関係性って意味のないものになってくる。
でも、やっぱりそこに進むにはその人の器が必要。
これはあり得ないという考え方がある人には本音は言いづらいし。
「えー。それはないっしょ。」と言われながらも、「でも、そういう考え方もあるのね。」って楽しんでくれるなら、なんだか話しやすい。
本当の事を言ってもらえる人でありたいし、本当の事を言う勇気がある人でありたい。
愛ある人生を。
どこに行きたい?
自由だよ
どこに行くの 誰に会うの
だけど、自由は時に残酷だよ
ひとりぼっちを感じたりするね
でも、本当はみんなひとりだよ
友達がいても恋人がいても家族がいても
どんなにお金を稼いでいても
どんなに外から見て幸せそうでいても
胸の真ん中が満たされていなければ
寂しい気持ちで足から頭まで満タンになってしまうよ
どこに行きたくても 誰に会いたくても自由だよ
ひとりだということを分かりながら
自由を理解すれば
きっとひとりでも孤独じゃないね
好きというのが怖い?
伝えるのが怖い?
表現するのが怖い?
・・・・・
じゃあどうやって生きていくのだろうか。
好きなものを好きと言わずに、自分の気持ちを言わずに、表現せずにずっと生きていくのだろうか。
秘める美しさもあるのかもしれない。
だけど、表現せずにいるのと、ひた隠すのとは全く違う。
やっぱり、人生は交換の連続だと思う。
人間関係は、交換の連続。
感情も表情も知識も面白い話もKissだってそう。
交換の連続。
その中で仲良くなっていく。
好きや表現はゴールではない。
入り口であって、その一歩を躊躇したら、その先には行けない。
好きも表現も全く怖くない。
ビビっているとビビっている人しかよってこなくなる。
好きを受け入れる度量のある人と恋愛したら幸せ、そう思います。
恋愛って自分でも意識していない何かがたくさん溢れるとても面白い営みだなと思うのです。
私ってこんなにわがままだったの?
私ってこんなに意気地なしだったの?
私ってこんなに泣き虫だったの?
私って 私って 私って・・・etc
その気づきって絶対にとても大切
自分が何者なのか知る人生の旅の中で
自分の何かを受け入れたり、乗り越えたり、そういう事って友情とかの中では流されがち
だけど、やっぱり無視できないのが恋愛
好きだから無視できない
好きだから考えずにはいられない
というか、好きな人と幸せな時間を過ごすには
どういう自分でいるのがいいのか、考えるのって私は好きです
人間なんて十人十色だから
その中で、自分という存在を受け入れられたらきっともっと輝けるね
たとえずっと一緒にいない人でも
他では味わえない気づきが恋愛には用意されている気がしてならないです
綺麗ごとしか並べられない。ってなるともう人生の全てすごくつまらなくなる気がしています。
でも、人は綺麗ごとを並べたがるし、そもそも本音を出すって言うのは勇気がいることではある。
私はあまり本音を出す事に躊躇するタイプではないけど、あまり言わないようにする事もあって、どういう時かというと、相手が綺麗ごとだけで会話したい人の場合。
それは、すごく端的に言うと、自分の都合のいい世界だけ見ていたいというような気がする。
その時は夢の中にいるような会話をするのもいいかな?と個人的には思っています。
だけど、そればっかりだとやっぱり物足りないなと感じますね。
事実は小節よりも奇なりとはよく言ったもので、リアルを一生懸命に生きるのが最も楽しいと感じます。
クレイジーでも矛盾していてもそれが人間だから仕方ない。
すかして結局何も受け取れない人生にしたくないなと思うんですよね。
だから、哀しい時も嬉しい時も楽しい時も100%感じきるのが、結果的には一番充実している。
それってやっぱりピュアに正直に自分に誠実にって事だと思うのです。
くそまじめに生きよう!とかではなく。
無茶苦茶な自分とかをきちんと受け止めて、クレイジーならクレイジーなりにピュアに生きてこうってしたいのです。
綺麗ごとだけでは、それは難しいから、そんなつまらない人生は自分に失礼だなと思う。
もっと自分に忠実に生きる事を探求したいものです。