毎日病院に行った。サロンから病院は近かった。さっさんがそこにいる事を決めた。
みんなの近くに居たかったんだってさ。
次の東京大会も同じスタイルで行った。なんとか通過。練習はほとんどしなかった。
関東甲信越大会の直前、新しいカラーを教えてもらった。後にこれがオンリーワンと言われるようになる。
関越はまた賞を逃した。「地方審査員には分かってもらえない」なんて言ってた。
完成度が低いだけなのに。
ギリギリ全国への切符を手にした。
全国直前になっても俺は毎日毎日病院に行った。さっさんはどんどん弱っていって、笑顔も言葉も少なくなっていった。
でも毎日必ず俺に「日本一になって下さい!」と言った。
信じてるって。
で、全国大会。たいした練習もしてないのに、優勝する気満々でいた。本番で大きなミスも無かった。撮影クルーは集まっている。
でも心のどっかで、まさか俺がねって所があったんだと思う。
結果は4位。全国大会で賞が取れた。
帰ってまたさっさんに報告。「ごめんなぁ。」
今度はさっさんは真面目な顔して言った。
「なんかの間違いです。優勝だったはずです」
俺が自分自身信じてたよりもずっと強く、さっさんは俺を信じていた。
自分が情けなかった。
それから容態は悪化していき、さっさんは家に帰る事になった。歩く事さえ出来なくなっていた。ご飯も食べれなかった。
それでも、大好きで俺も連れてってくれた環八沿いのラーメン屋に行きたいと言い、お母様に車で連れてってもらい、一口も食べる事は出来ずにただ箸でかき回したあと「幸せだ」と言い、「海が見たい」と羽田まで行って大好きだった海を見て、
「病院に帰る」と言ったらしい。
そしてモルヒネなんかでだんだんおかしくなっていった。
冬になっていくある寒い日の朝4時くらいにメールが来た。
「いままでいっぱいのありがとう」
陽さんを起こして見せた。「こいつ先輩に向かってタメ語だよ!ハハハ!」
さっさんはそれからすぐに、天国へ行った。